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白黒の英雄 ~ちょっと記憶力の良い俺が、魔法を無効化しながら異世界を救う話~  作者: アキラ・ナルセ
第三章 風の国編

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第98話 シスター ―転移―


 ザンッ!


 翼を切り裂かれたゼロの悲鳴が、空中神殿に響き渡る。


「ギ、アアアアアアッ!!」


 翼を失ったゼロが空中に飛び上がることは無く、地上でもがき苦しむ。

「ぐっ……クソが……俺の翼が……ッ!」


 狂気を宿す赤い瞳が揺れる――だが、その姿を見ている俺の胸にも、痛みが走っていた。


「……ゼロ……」


 俺は剣を強く握ったままつぶやく。


 ――ゼロは仲間を、妹を、容赦なく狙う“敵”。そのはずだ。けれど、それでも――かつてハクと共に戦った“仲間”だったというのなら。


 もし、今も心のどこかに繋がりが残っているのなら――ハクなら――


「……ゼロ、もうここで終わりにしないか?」

 それは、隣に立つハクの声だった。


 まっすぐに、ゼロを見据えたまま、言葉を紡ぐ。

「俺は……お前を殺したくはない。お前と対立したことは事実だがそれでもずっと……俺はお前を仲間だと思っている」


 静かなその声に、ゼロの表情がぴくりと動いた。


「……甘いなァ、ほんと。昔っから、そうやって……」


 そして――笑う。

 痛みに顔を歪めながら、それでも苦笑のような、どこか捻じれた笑みを浮かべて。


「そういうとこが、ムカつくんだよ……だったら――せめて目の前で見せてやるよ!」


 ゼロが手を天へと掲げた瞬間――


「ぐ、うあああああっ!!」


 空中に囚われていたレイの身体を縛る黒の鎖が、さらに強く締めつける。


 少女の身体がのけ反り、悲痛な叫びが天へと突き抜けた。


「や、め……ッ!」


「レイッ!!」

「やめろゼロッ!!」


 俺とハクの叫びが重なる。だが、黒の力は止まらない。

 今にも、あの細い命を砕いてしまいそうなほどに。


「やむを得ん! 凪、ゼロを斬るぞ!」

「く、うん!」


 ――その時だった。


「……っ……あ……」


 レイの瞳に光が宿った。


 必死に痛みに耐えながら、意識の奥を探るように、微かに震える唇。


 兄たちの声。

 戦いの音。

 叫び。


 ゼロの言葉――そして、ずっと守ってくれていた兄達の記憶。


(私は……“お兄ちゃん”に……助けてもらってばかりじゃ、だめ。“私”が……“私”を、取り戻すんだ……)


 その瞬間、レイの目が見開かれる。


「……思い出した……! 私……私はレイ! 転移(ジャンプ)――!」


 黒の鎖の中心に、淡い光が走る。

 空間に黒い魔法陣が展開され、その中心から彼女の身体がふっと掻き消えた。


「なッ……!?」


 ゼロの目が見開かれる。


 次にレイが姿を現したのは、俺たちの目の前だった。

 傷だらけの身体で膝をつきながら、それでも確かに――彼女は、自らの意思で黒の檻から脱け出してきたのだ。


「……やっと……戻れた……兄さん……!」


 痛みを(にじ)ませた息遣いと、それでも浮かべる微笑。

 それだけで、張り詰めた戦場の空気が一瞬、やわらいだ。


 ハクはすぐに駆け寄り、レイの肩を抱き寄せる。


「……良かった。レイ……!」

「うん……兄さん……来てくれてありがとう」


 静かに交わされるその会話は、俺にとっても救いだった。

 けれど、同時に――複雑な感情も胸に渦巻いていた。


 ――彼女の記憶が戻ったということは、あの時の記憶も、すべて消えてしまったのだろうか。


 レイが、そっとこちらを向いた。

 その瞳には、もう迷いはない。彼女は、すべてを思い出している。


 目を伏せながら、俺へと語りかけた。


「私、“お兄ちゃん”との記憶も……ちゃんとあるから」


 一呼吸置いてから、少しだけ頬を赤らめて続ける。


「……その、お兄ちゃんも来てくれて……ありがとう」


 その言葉に、俺の胸がいっぱいになる。


 思わず笑って、うなずいた。


「……うん。本当に……よかった!」


 思わず駆け寄り、彼女の肩にそっと触れる。

 レイは少しだけ身を預けるように寄り添い、微かに微笑んだ。


「……二人とも、ありがとう」


 その言葉に、ハクも歩み寄って、レイの頭を優しく撫でる。


「俺たちは……兄妹だからな。助けるのは当然だ」


 その声にレイがうなずく。痛みに耐えながらも、どこか安心したような顔だった。


 ――ようやく、三人がそろった。

 バラバラだった絆が、ようやくひとつになった瞬間だった。


 しかし、その温かな空気を引き裂くように――


「……チッ」


 ゼロが(うめ)くように声を漏らした。

 黒い瘴気をまとい、翼を失った身体で、なお立ち上がる。


「茶番は……終わったかよ……」


 その声には、怒りでも憎しみでもない、ただ深く沈んだ虚無が滲んでいた。


「やっぱりよぉ……お前らは、ムカつくほど眩しいんだよ……」


 赤い瞳が、震える。

 血を流し、瘴気をまき散らしながら、それでもゼロは言葉を続けた。


「そうやって……手を取り合って……心が通じ合って……」


 拳を握り、地面を蹴り上げる。


「だったら――その絆ごと、全部ぶっ壊してやるッ!!」


 咆哮と共に、ゼロの身体から凄まじい黒の魔力が噴き上がる。

 失ったはずの翼からも、瘴気が爆ぜ、戦場の空気が激しく軋む。


 この男は――まだ、戦うつもりだ。

 ゼロの咆哮と同時に、ゼロの身体が闇の瘴気をまとって膨張し始める。


 ドクン、ドクン、と脈打つように黒い魔力が周囲を圧迫し、重苦しい風が辺りを包む。


「ッ……なんだ、この圧……!?」

「ゼロ……!? まさか……」


 突如、彼の背中から――バサッ!と音を立てて、新たな翼が生える。

 さきほど斬り落とされたはずの翼。漆黒の鱗に覆われ、先端は鋭利な鉤爪のように変化している。


「グ、グルルル……!」


 ゼロの喉から漏れる唸り声。

 その眼は赤からさらに濃く染まり、黒い縁取りの中で燃えるように光っていた。


 ――次の瞬間、彼の全身に変化が走る。


 皮膚がひび割れ、全身に鱗状の装甲が現れる。

 手足はごつく変形し、指は鋭い鉤爪に。

 その身長すらも一回り、二回りと大きくなっていく。


 右腕のモンスターの顔は更に巨大になり、まるでそちらが本体かのように俺達を睨みつけた。


「ゼロ……。それ以上は……!」


 ハクの制止にも、ゼロはもう反応しない。

 完全に理性を失った二組の眼が、俺たちを睨み据えていた。


「グアアアアアアアアァァァァ!!」


 雄叫びとともに、地面が震える。

 空中神殿の床石が砕け、亀裂が奔る。


「ッく……もう、止まらないのか……!」


 ゼロの身体は、もはや人間のものではなかった。

 異形と化した肉体――モンスターの鱗に覆われた“黒の暴走体”。


 その姿は、力を求めすぎた代償。


「ゼロ……っ!」


 俺は剣を構えながら、言葉を飲み込む。

 あれは、もう、ゼロじゃない。


 ――だから。


 今ここで、止めなければならない。

☆今回の一言メモ☆

レイの記憶が戻りました。彼女の記憶のなかった期間。水の国編の出来事の記憶を失くすことはありませんでしたので、彼女にとっては「兄さん」と呼べる存在と「お兄ちゃん」と呼べる存在の両方が残ったということになります。

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