ふたりと
今日も、兄貴は変わらなかった。
昔から、何度も繰り返している。
何度も何度も繰り返している。
期待して、絶望して。
……俺も懲りないな、と思う。
諦めてしまえば、楽なのに。
兄貴のことも、周りのことも、放り出してしまえば、自由になれるのに。
傍目に、ベッドの上から外を眺めている兄貴を盗み見る。
また、くだらない物語でも紡いでいるに違いない。
兄貴は昔からそうだから。
繊細すぎて、あらゆることが自身を打ちのめしているように感じてしまう。
事実、そうではなかったとしても、兄貴の世界には『俺ではない俺』がいる。
優しくて、強くて、ひたすら前だけ向いて突っ走る、人間。
俺は……そうじゃないのに。
俺は……、人間は……、そんなに良いもんじゃない。
そんな完璧超人なんて、どこにもいない。
どこを探したって存在しない。
でも。
兄貴の中にはいるみたい。
完璧な、理想的な、弟。
『兄貴……。俺さぁ、そんなに出来た奴じゃないよ。今日だって、仕事……クビになっちゃったし……』
直に顔を見る勇気はなくて、ベッドを覆うカーテン越しに背を向ける。
『ねぇ、聞こえてる? 兄貴』
「シロはいい子だなぁ……。よしよしよしよし……。何でお前、そんなに可愛いの……。あっ、うわっ、やめっ……くすぐったいだろ!」
『ねぇ……兄貴。俺はシロじゃない』
「いやぁ、お前ふっわふわだな! もしかして、洗濯直後!? 俺も……洗濯したらふわっふわになれっかな……」
『一体、誰と話してんのかなぁ。それに、洗濯なんかしたら、黒兄ぃ、ヨレヨレになると思うんだ。俺』
「ふん……。どうせ、俺なんて……洗濯したって真っ黒のまんまさ……。真っ黒の……。あー……なんで他の色選ばんかったかなぁ、過去の俺ぇ……。」
『黒兄ぃ……。そろそろ恥ずかしいんだけど。周りの目が』
「いやぁ、お前は俺と違って、優等生だもんな? どっかの窓ガラスを(うっかりで)割ったりしないもんなー? いいよなぁ……」
『……どんな顔して、会えばいいのか分かんねぇよ、俺ぇ』
「だから、さ。お前は俺とは違って、いいとこいっぱいあるんだから、そんなに落ち込むなよ」
『……分かってんの、かな』
「落ち込んでも、引っ張り上げてやるから。だから、そんなシワシワになるまで、頑張んなくてもいいだろ。イケメンが……台無しだろ?」
『それって……!』
「なー、タオルケット……! お前くらいだよ、俺の涙を受け止めて、逃げないでいてくれるのは……! もう、一生一緒にいよ。いっそ、結婚する!? 結婚しちゃう!?」
『……。うん。分かってた。分かって、た。分かりたくなかったけど……。兄貴は微塵も変わっちゃいない。物とラブラブしてる方が、俺なんかと関わるより……』
「おーい、そろそろ声かけてもいーかー?」
『!?』
「おっまえ、いつまでそんなとこで立ってんだよ。俺に用事あるんじゃなかったの?」
『兄貴……! やっぱ、俺のこと……』
「せっかく俺が最大限ふざけて話しやすい空気作ってんのに、無駄にする気かー?」
『あれ、気遣いだったの……?』
「俺ー、こう見えて暇じゃないんだけどー?」
『兄……間違えた』
「兄貴ー!」
声をかけながら、勢いよくカーテンを開ける。
「……っ!? 鈴乱!?」
「……え?」
そこにはスマホに映る白兄ぃと、パジャマのまんまの黒兄ぃがいた。
「……なんか、お邪魔した感じ?」
「おま、おまおま……まさか、全部聞いて……?」
「え……あ……うん」
俺が言った途端、黒兄ぃが両手で顔を覆って、うつむく。
「俺……、もう嫁にいけない。こんな恥ずかしい姿さらして……どこにも、お嫁にいけないっ……」
「え……あ……(理解)。ごっめーん!!」
『あはははは……!』
スマホの方から、盛大な笑い声が聞こえる。
『はー、傑作。これ、傑作だ。クロ、やっぱ事を起こすなら3人は必要だって』
「そんなことより、こんな……こんな……はしたない姿を弟にさらすなんて……俺もう生きてけない!」
『おい、クロ』
「はい、すみません。まっことすみません」
「会議中……だった感じだよね? ごめん、仕事中に……」
『いいよいいよ。クロが気づかないのが悪いし』
「俺のせいかよー」
『目上たるもの、目下の動向には目を光らせておかないとね』
「へいへい。……鈴乱、気にすんな。大体、分かってる」
「……なぁんだ、せっかく驚かせようと思ったのにー。お見通しってわけ?」
『そりゃあね。伊達に長く生きてないよ』
「お見通し、までいかねぇけど、何となくそろそろかなとは思ってた」
「あぁ、そう。じゃ、話が早いや。……ネタ、持ってきたから、加工よろしく!」
『……これはまた』
「大漁なことで……」
「じゃ、俺、他に行かなきゃだから。あと、よろしくねぇ〜」
「了解」
『できる限り、速やかに報告上げるね』
「うん。頑張ってくれたまえ、目下ども!」
「……こっの。チビん時は可愛かったのに」
『しょうがないよ。父ちゃんと母ちゃんがあぁだもん。しょうがない』
「いや、きっと、こいつは元の性格の悪さだろ……」
「はっはっはっは! 目上ってたーのしー! ……じゃあね。成果に、期待してる」
『……はー。また、計画練り直しだ。……腕が鳴るね』
「あーぁ、ガチでタオルケットと結婚して……家庭に入りたくなってきた……」
『クロ……』
「わーってるよ。やります。やりまーす。……やりたくねぇけど」