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少年のウソと彼女のホント 2


 

「朝も思ったんだけど、田中くんっていい自転車乗ってるよね?私は詳しくわからないけど、高そうにみえる!」

 初音さんはボクの自転車を見ながら感心したように言った。

 

「ギターと一緒でこれも叔父さんからのお下がりなんだ。仕事関係のパーティでビンゴがあったらしくて。叔父さんは自転車乗らない人だから、高校の入学祝いも兼ねて、貰いました」

 

「そうなんだ。凄い優しい叔父さんだね!羨ましいなぁ」 

「……あの、とりあえず、どこか……川の方でも行きませんか?ここだとほら、目立つので……」


 さっきから何人もの人がボクらの傍を通り、こちらを訝しむような目で見てきた事をボクはずっと気にしている。

 ボクみたいな陰キャが一軍女子と話しているのがそんなに気になるのか?


 ……まぁ、うん……気になるな。

 もしボクが傍観者側だったら、嫉妬と羨望でワケのわからない妄想をしていたことだろう。我ながら恥ずかしい奴だ。


 だが、今ボクは当事者。

 青春の傍観者は卒業したのだ!

 

「どうしたの?河原の方へ行くんじゃないの?」

「ごめん、少し勝ち誇ってて……」

「……?なにに勝ったの?」

「……なんだろ、……過去の自分、とか?」

「……うん?」初音さんはぽかんとした顔をする。


 今すぐ頭を抱えて悶えたくなるほど、完璧に失敗したっ!もっとマシなこと言えただろ!だからボクはダメなんだっ!


 平気な顔を装いながら、初音さんに並んで自転車を押しているが、ボクはスベったことで心臓がバクバクしている。


「あー、そういえば、さっき聞き損ねちゃったけど、金曜日は部室使えないんだね。他の部員が使ってるとか?」


 致命的なスベり方をしたボクを気遣ってくれたのか、初音さんは話題を変える。ボクはその優しさに甘えつつも、2度と変なボケはしないと心に刻んだ。

 

「……いえ、そういうワケではないんですよ。単純にボクが使用申請をしていないってだけの話でして」

「使用申請?」


 あっ、そうか。運動部はそういうのないのか。

 

「軽音部は他の部活と違ってバンド単位で活動をするんですよ。だから前の月の中頃までに顧問の先生に使用申請を提出して、先生がスケジュールを決めるんですよ」

「そうなんだ。バンド単位で……、ってことは今日は他の人が使っているんだね?」

 分かった!と言わんばかりに手を叩く初音さん。


「あー、……いえ、ウチの軽音部で部室を利用してるのはボクだけです」

「んん?!……それは、どういうこと?――」

 

 学校の敷地を出て、駅とは異なる方向。

 すぐ近くを流れる大きな川に向かいながらそんな話をする。……意外と初音さんが軽音部に興味ある雰囲気でビックリする。もしかしたら、本当にバンドを組む未来もありえるのか?

 

 ボクは浮かれながらも、心の奥底では昨日約束した一曲だけの付き合いになるかと思っていたので嬉しい誤算だ。


「――軽音部は部員がいないってこと?」

 頭をほぼ水平まで傾けながら『うーん?』と初音さんは唸る。……体幹トレーニングかな?

 

「いえ、いるはいるんですよ。でも、みんな外で活動してます。音無東駅前にあるライブハウスと併設してるスタジオをみんな利用してる感じですね」

 

「スタジオ?……スタジオ??」 

 初音さんは単語に聞き馴染みがないのか、小さく繰り返す。


「えっと、スタジオっていうのは平たくいうと練習場です。防音のしっかりしてる個室を時間で借りることができて、ライブハウスも併設してあるので通っていると『実力にあったライブ』への出演を誘ってもらえるらしいんですよ。だからみんなそこで練習して、部室は利用してないんです」

 

「ええ?!それって、高校生なのにライブするってこと?凄くないそれ?!」 

「どう、なんでしょう?……ボクは経験ないんですけど、先輩たちは2、3ヶ月おきにライブしているみたいですよ。複数のバンドで割り勘にしているみたいです」

「あ!そんな話してる先輩いたかも……」


 それを『対バンライブ』と呼ぶのだけど今、伝える必要はないか。もし、いつか初音さんとバンドを組めるような日が来たら、その時に伝えよう。


「へー!凄いなぁ。ライブか……、同じ高校生とは思えないや」

 

「でも、初音さんだって凄いじゃないですか。……一年生なのに試合に出てるなんて、ボクは凄いと思いますよ……っ、」


 と、ボクなりに好感度の上がるようなことを言った気になって、――すぐに後悔した。


 ――今のは失言だ。

 

 彼女が今、バスケ部の仲間たちとの関係がうまくいっていないことを察していながら、軽率に話題にしてしまった。

 何も知らないボクが、触れるべきじゃなかった。少なくとも彼女が自ら語り出すまでは……。


 ――今からなにか、フォローになるようなことを言えれば取り返せるか?いいや、無理だ。

 そもそもそんな都合のいいことを思いつけるほど、ボクの経験値は高くない。


 閑静な住宅街に、虫の足音すら聞こえてきそうな沈黙が訪れた。


「……そう、かもね」

 永遠にも感じる沈黙を破ったのは初音さんだった。

 ……っ、次の言葉が思いつかない。


『何も知らないボク』が謝るというのも違う気がするし、……まだ、何があったか訊ねるほどボクらの距離は近くない。


 ……ボクの不用意な発言のせいで暗い雰囲気になってしまい、そんな重苦しい空気を変えることができないまま、お互い無言で住宅街を歩き続ける。

 

 住宅街を抜けると一気に視界が広がり目の前に土手が現れた。 

 堤防とでもいえばいいのか、それは川の氾濫を防ぐために盛られたもので、その上にサイクリングロードにもなる道がある。

 

 いつもは自転車でただ通り過ぎるだけの場所が、誰かと一緒にいるだけで、とても印象的に感じるんだから不思議だ。

 ……こういう経験がいつかオリジナルの曲を書く時に活きるのかもしれない。

 今の見た景色や、感じたことを忘れないでおこう。


 後悔や反省も含めて、いつか……いい思い出になると信じて。


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