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少年のウソと彼女のホント

少年のウソと彼女のホント

 四時限目の授業が終わりクラスメイトたちは各々のグループに別れて昼食を始める。ボクは一呼吸おいてから教室を出た。

 早すぎると目立つし遅れると扉周りを塞がれる可能性があるのでタイミングはシビアだ。


 教室を出る瞬間、一瞬だけ振り返るが、誰もボクを見ていない。

 別にいいさ。ボクが気にしたのは、廊下側の一番後ろに座る初音さん、彼女だけだ。

 しかし彼女は心ここにあらずといった様子で呆けていたように見える。『らしくない』ボクは勝手にそんな事を思った。

 

 ……彼女の部活仲間はすでに集まり、なにやら盛り上がっている。だが、初音さんはその輪に加わろうとしないし、バスケ部の女子たちも誰も彼女を気にしていない様子だ。

 

 ボクはその姿に少し違和感を覚えつつも、『そんなもんなのかな』と結論付けてから軽音部の部室へと向かう。


 ――今のボクには時間が惜しい。

 今まではずっと自分の好きに弾いてきたのだが、今回はタイムリミットがある。

 

 嘘……いや、見栄を張ったんだ。その嘘の分、完璧に仕上げないと。


 勝手な想像ではあるが――きっとこの曲は彼女にとって大切なもののはずだから。



 なんてカッコ付けながら足早に校内を進む。

 朝から借りたままの鍵を使って部室に入ると窓の外から話し声が聞こえてくる。

 きっと校舎裏でいちゃつくカップルか不良がタバコでも吸っているのだろう。

 

 「……それこそ南さんや品川さんみたいなヤツかもな」

 まぁいい、ボクには一ミリも関係ないヤツらを思う時間すらもったいない。


 ケースからアコギを取り出しチューニングを合わせ、ヘッドホンから原曲を流しつつ練習を始めるがすぐに右手で弦を抑えて止める。

 ……大きな音を出すと外のヤツらに何を言われるか分からないからだ。

 

 高校生なんてもんは基本的にみんなガキだ。

 とくに群れて気の大きくなってる奴らなんて最悪だ。


 あんなヤツらはどうせ『流行ってる曲』を『流行ってるから好き』とか言い出すんだ。

 いいものかどうかを自分の感性じゃなくて赤の他人の感性に丸投げしてる。そんなヤツ……。


 なんて偉そうで、くだらないことを考えているとなにか音がしたのでヘッドホンを外す。

 と、同時に扉が勢いよく開かれ、そこには初音さんが立っていた。


「田中くんいる?ってどうしたの?変な顔して」

「……、心臓に悪いんで返事する前に開けないでくださいよ」

「あ、ごめーん!でも、昨日と違ってノックしたよ?成長したでしょ?」


 あどけなさの残る笑顔でそんなことを言われて、ボクは『あっ、うん。』だなんて我ながら情けなく思う返事をしてしまう。

 ……なんだ今の、もっと気の利いた言葉が出てこないもんかね!ボクってやつは本当に!

 同じクラスの南さんは朝っぱらから女性教諭と音楽室で情事に耽っていたというのに!ボクはなんだ?!マトモに女子と話すことすらできないなんて!!


「ねぇ、私ここでお昼食べてもいい?」

「――え?」


 よく見ると初音さんは手に何か荷物を持っている。

 話の流れ……というか勝手に机と椅子を動かし、今まさに開け始めたそれの中身は弁当だった。

 

「こ、ここで食べるんですか?」

「あ……もしかして、……飲食厳禁だった?」

 初音さんは手を合わせて『いただきま――』と言いかけて止まる。


「一応、電子機器が多いので禁止です。音漏れ防止で窓や扉も開けっぱなしはダメで、換気もできませんし……」

「あー、じゃあ大丈夫だ!今日サンドイッチなんだぁ。良かった良かった」

「良くないですよ?」

 ボクは即座にツッコミを入れたつもりだったが初音さんが少し驚いた表情をしたので居た堪れない気持ちになった。


 冗談のような、軽いツッコミのつもりだったのだけど、……うまく伝わらなかったようだ。

 もしかしたら傷つけてしまったかもしれない。慣れていないことはしなければ良かった……。


「……そうなんだ。えーっと、田中くんはお昼、どうしてるの?食べないの?」

「はい、ボクは三限と四限の合間にいつも軽食をとるだけで、昼休みは基本なにも食べません」

「ええ?!そんなんじゃ午後の授業、持たないよ!」


 しっかりと圧を感じる声量でそう言われてボクは戸惑い、リアクションが取れなかった。

 

「……あ、ごめんね。お腹空いてて、ちょっと大きな声出しちゃった。はは、……外、聞こえてないよね?」

「あ、はい。最低限だけど防音シートとか貼ってあるから大丈夫だと思いますよ。まぁ最低限なんですけど……」


「そっか、良かったぁ。……うん。……じゃあ、私は外で食べるね」


 初音さんの言葉にボクは無言で頷き、部室から出ていく彼女の背中を見て、――後悔した。

 

 さっき教室で見た景色、昨日の出来事。

 今の表情、……パズルのピースがハマるように、少しだけ紐解けていく。


 なぜ、彼女はこんな誰も興味を示さない場所に来たんだ。

 なぜ、彼女はボクなんかに話しかけてくるんだ。

 なぜ、彼女は……バスケ部の仲間たちと昼休みを共にしないんだ。

 なぜ、昨日も『約束の月曜日』もバスケ部の活動日なはずなのに……。


 ――ボクより背が高いはずの彼女の後ろ姿はとても小さく見えた。


 ギターを急いで置き、廊下へと出ると、初音さんはまだ見える。


 だけど……言葉が出ない。

 なんて言って声をかければいいか正解が分からない。正解なんて、きっと無いのに。


 それに、ボクの考えていることが、もし違ったら?

 彼女なりの優しさで、ボクみたいなクラスから浮いてるやつを優しく構ってくれてるだけだったら?そんな言い訳ばかり浮かぶボクの頭を誰か引っ叩いて直してくれ。


「……あ、あの…………、」


 ボクの絞り出した声は当然のように届くことなく虚空に消え、初音さんの背中も見えなくなった。


 彼女がなんらかの事情で『らしくない』ことに気づいていたのに、どうしてボクは……。


 ……ボクは物語の主人公なんかじゃない。

 ここで必死になって追いかけるキャラクターを演じれるほどちゃんと生きていない。そのことが急に恥ずかしくなる。


 今、大きな声で呼び止め、追いかければきっと恥ずかしさで後悔しただろう。……でも今抱いてるそれよりはマシだったかもしれない。


 激しい後悔と自己嫌悪に陥りながら部室へと戻るが、今日は残念ながらアコギを持ってきたのでギターに逃げられない。

 

 周りのことなんて気にせず、大音量で演奏すれば、この感情と向き合わずに済むのに……。そうはいかない。


 ――その後は結局いつもの如く部室に篭り、昼休みが終わるまで大きな音を鳴らさないよう気をつけながらギターを弾いていた。

 練習だなんて言っても、……なんのための練習なんだろうか。


 ただ惰性で指を動かしただけ。

 逃げて逃げて逃げて、今日もまた逃げた。

 沈んだ気持ちを断ち切れぬまま受けた午後の授業は何も記憶に残っていない。

 ……そのまま、気づいたら放課後になっていた。


 部活に行く生徒や帰ることなくダベってる生徒を横目に帰路へ着く。

 部室に寄ってギターを回収した後、職員室に鍵を返しに行くと、知らない教員から怒られた。一日中鍵を返さなかったから当然とはいえ、どうせボク以外誰も利用しないのだなら良いじゃないかと……少しだけイラつき、そんな自分に嫌気がさす。


 そして、駐輪場についてから自転車の鍵がないことに気づいた。


「……え?なんで?……どこかに落とした?」

 鞄の外に入れて……動かさないよう常に気をつけているのに……。

「焦るな……焦るな……。朝のことから考えよう……今日はなにをし……あっ――」


 今朝はそうだ。

 初音さんと音楽室へ向かって……。

 あの時、ボクは自転車をキチンと停めなかった。

 でも今はしっかりと駐輪場の中に……。


「……初音さんが動かしてくれたのか?」

 そういえばあの時、ボクより後に上がってきていた。もしかしたら彼女が鍵を持っているかも。


 ……気まずい。

 今、彼女に会うのはなんだか、とても気まずい気分だ。

 それに今は部活の時間。

 ボクが一人で女子バスケ部の練習しているところへ行く?そりゃ無茶だろ。

 彼女たちは明るく元気で、……群れてる。

 およそボクの対極に位置する連中だ。

 致死量の青春オーラでボクは消滅する恐れすらある。


「……歩いて……いや、そしたら週明けはどうするんだ……。っ、叔父さんに合鍵を持ってきてもらう?……しかないか」


『――ただいま、電話に出――』


 ――くそッ!ダメだ、繋がらない。

 寝てるか、仕事中かは分からないが、連絡がつかない。


 ……こうなったら、後輪を持ち上げて運ぶしかない。

 汚れないようにしないと、なんて思っていると背後から声をかけられた。


「……ごめんなさいっ!……自転車の鍵、渡し忘れちゃってて……」


 振り返ると制服姿の初音さんがそこに立っていて、……ボクの想像よりもちょっとだけ暗い表情をしているように見えた。


 昼間は間違えた。

 自分をどうにか『良く』見せようとした気がする。

 でも、今は違う。

 ボクがどう思われるか、なんて関係ない。

 優先するべきは……彼女だ。



「……あの、もし良かったらさ、……今から少し合わせてみない?」


 ……言った。言ったぞ。

 我ながらよく言った。

 心臓は今にもオーバーヒートしそうなほど強く動いてる。


「……え?いいの?」


 ちょっとだけ口角を上げてそう言った初音さんを見て、昼間から抱えていた暗い感情が薄れていくのを感じた。

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