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彼女にとっての変わり映えのない一日


「ふぁあああ……」

 登校中、自然と大きな欠伸が漏れた。

 隣で電車を待っているサラリーマンの人がこっちを見た気がする。

 

 ついこの前まで部活の朝練をしていた時間だっていうのに、頭は未だに冴えていない。


「……まだ慣れないな」


 5歳から始めたバスケを、私は今週――辞めた。

 

 約10年。ずっと私の生活の中心にいた存在から離れた今、私には何が残っているのだろうとガラにもなく不安になる。

 恋人と別れた友人の言っていた『心に穴が空いたような感覚』というものをコレでもかというほど痛感した。


「あれ?初音じゃん?なんでー?」

「……、あっ品川さん。おはよ」

「ういーす!」

 電車に乗った瞬間、声をかけられた。

 

 派手な金髪に気だるげな喋り方、クラスメイトの品川さんだ。

 いつもよりメイクが薄い……あぁ、今まさにしている最中なのか。揺れる電車内でメイクができるなんて器用なんだなぁ。


「どしたん?部活は?話聞こか?」

「ええ?なんでそんな喋り方なの?」

「いやぁ、あーしさ、SNSに『だりー』って書いたんよ?そしたらさ、他校のしらねぇメンズから『どしたん?話聞こか』ってクッソイカ臭いメッセ送りつけられたんよ。いや、つーかお前誰だよ?みたいな?」

 

 ……イカ……?


「そっか、大変だね」

「あるあるでしょ。……って、あーそっか、初音はSNSやってないんだっけ?」

「うん、部活で禁止されて……」

 いた。

 今は違う、辞めたんだから……やってもいいのか。


「そうそれ!部活さ、マジな話どうしたの?辞めた?いじめ?あーし、運動部の連中から避けられてっから、その辺の事情よく知らないんだけど?」

「……いや、そういうのじゃないよ」


 私は咄嗟にウソをついた。……ウソというと語弊があるかな。

 ――イジメってなんだろ。


 私はただ、楽しくバスケをしたかっただけなのに、背が高いという理由で先輩を差し置いて試合に出され、ミスをすれば怒られ、私のせいでベンチから外された先輩は涙した。


 試合に出られるのは嬉しい。でも……。

 

 ――きっと勝負事に私は向いていなかったのだろう。もっと早く気が付いてたら……。


「……なんか暗くね?らしくないじゃん。……まぁ、なんでもいいや。あー!ガッコーだりぃ、なんか面白いことねーかなぁ」

 

 途中だったメイクに戻り、品川さんは膝に乗せた鏡に向かいながらそう呟いた。

 

「……そうだね。なにか面白いこと起きないかな」


 多分、品川さんは聞いていないだろうけど私もそう呟いた。

 

「で?なんかさ、部活の代わりに始めんの?」

 っ?!

 ……もう私の話に興味を失ったと思っていた。

 品川さんは鏡の前で眼球だけをこちらへ向ける。

 ……ちょっと怖いな。


「いっそバイトとかどうよ?紹介するよ?」

「え、うーん。たしかに……いいかもね」

「あとはさ、初音はさ、せっかく背高いんだからそういうのが活かせる道選べば良くね?」

 ……みんなそう言うよね。


 背高いんだから、運動できるんだから。……悪気はないんだろうけど……そう言われるたびに『道を決められている』ような気持ちになる。贅沢だって言う人もいるかもしれないけど、私だって好きで大きくなったわけじゃないんだ。


「それこそモデルとかどーよ?」


 ……え?!

 

「いやいやいや、そんなの無理だよ!」

「そう?まぁ少し肉があるけど、顔は……少し幼いけどどうにかなんじゃね?」

「もうちょっと手心というか……」

 品川さんの言葉ってすっごいストレートだなぁ。

 

「てかメイクとかしてる?」

「え、いや、部活やってると汗でどうせ――」

「――でも辞めたんだべ?」

「うっ、……」


 《次は〜音無(おとなし)駅、音無駅、音楽なくして人生なし、お降りの際は……》


「え?!今の何?」

 学校の最寄駅への到着を知らせるアナウンスが聞こえたが、なにか変な事言ってたような……?

 

「んじゃ、降りんべ」

 品川さんは今のアナウンスについて何も言わない。……この時間はあんな感じなのかな。

 

「品川さんっていっつもこの時間に登校するの?」

「《アキ》でいーよ。あんま名字で呼ばれんの好きじゃないし」

「……うん!アキちゃん」

「あーしも……あれ?初音って下の名前何?」

「由衣、初音由衣」

 

「おっけー由衣ね、把握。あーしこれからコンビニ行ってからガッコー行くから」

「あっそうなんだ、じゃあまたあとで」

「おう、したっけ〜」


 した……?

 んん??

 品川さん、……じゃなくてアキちゃんは喋り方がコロコロ変わるしノリが軽いからすごいパワフルだ。

「朝から元気だったなぁ」

 

 朝練の時の私もあんな感じだったのかな。

 まだ1週間も経ってないのに、もう忘れちゃってる。


 駅から学校までの道のりを歩いていると自転車通学の生徒を何人か見かけ、その中に、彼がいた。

 まるで棺桶みたいな大きな黒い荷物を背負って自転車を必死に漕いでいるその姿は、なんだか可愛らしかった。


「田中くん!おはよー!」

 キチンと信号を待つ彼に思わず声をかけてしまう。

 昨日の放課後もそうだったけど、あまり考えずに行動を起こしちゃうのは私の悪い癖だなぁ。と少し反省。


「あぶっ、……おっふ。おふぁよっす……」

 自転車から降りて田中くんはかなり独特な挨拶を返してきた。

 なんなんだろう、田中くんを見てると少しからかいたくなってしまう。

 

「えっと〜、なにそれ?新しい挨拶?」

「……いや、おはようございますって言いましたよ?」

「いやいやいや、言ってないでしょ?」

「……朝から誰かに話しかけられるなんて思っていないので、準備できてなかっただけです」


「……卑屈だなぁ」

 少しだけ……アキちゃんを見習ってストレートな表現をしてみた。

 どうだろ、嫌味に思われたりしないかな。

 

「そ、……それもボクの個性だと認識してます」

 自転車を片手で押しながらメガネをクイっと上げるその仕草に、私は思わず口角が上がった。


「なにが面白いんですか?」

 自転車を押しながら田中くんがそっぽを向いた。

「なんだろうね〜。仕草かな?私もわかんない」


 昨日の放課後、初めて喋ったはずなのに田中くんは話しやすい。いつも休み時間のたびにどこかへ行くらしいけど……どこに行くんだろ。聞いてみようかな。


「ボクは自転車あっちに停めにいくので」

 昇降口が近づくと、田中くんはそう言って向こうを指差した。

 あーそうか、自転車置き場って裏の方なんだ。

 

「うん、ここで待ってるね」

「え?……はっ……えええ?」

 すごい形相だ。本人に自覚があるかはわからないけど、田中くんの顔芸はなかなかに面白い。

 

「えっと、その表情は驚いたんだよね?」

「そ、そりゃ驚くでしょう……。普通今の流れなら『じゃあまたね』ってなるのがテンプレで……」

「『したっけ〜』ってやつだ!」

「なぜ北海道の方言を?……、じゃなくて!先行っててください。ボクは部室に寄ってから教室へ向かうので」


 部室?

 軽音部も朝練が……って今からじゃ30分もできないし、違うか。

「なんでっ、……なんでついてくるんですか?!」

「え?!……いやぁ〜部室で何するのかなって」


 ……意識していたわけじゃないのに、自転車を押す田中くんの後ろを追っていたらしい。


「コレを置いてくるだけです」

 田中くんはそう言って頭を振る。

「……棺桶?」

「……ギターケースです。もしこれが棺桶ならどんな形の人が入るんですか……」


 なるほど!言われてみればそんな形だ!

 

「初めて見た!」

「普段は部室に置いてますからね。教室まで持って行っても邪魔になりますし」


 そんな事を話していると新校舎と旧校舎の間にある駐輪場へ着く。

「……なにか聞こえませんか?」

「え?!なんの話?怖い話だったら嫌だよ!私苦手だから!」

「……違います。ピアノみたいな音が」

 ……ピアノ?旧校舎の音楽室から?!

「今日は金曜日だから吹奏楽部の朝練はないはず」

「……えっ、やっぱり怖い話じゃん!やめてよ!」

「カノン……、カノンロックだ」

「なにそれ?!怖いやつ?!」


「え?いや、かなり上手い人が演奏してると思う。ピアノの技術は分からないけど、それこそ《子どもの頃からちゃんとした指導を受けてる人》、とかのレベルに思える。うちの学校にこんな人が……誰だろう」


 田中くんは自転車から手を離し、旧校舎へと走っていった。

 私は倒れそうになる自転車を掴み、鍵をかけて田中くんの後を追う。…………か悩む。

「旧校舎、ちょっと怖いんだよなぁ」


 周りに人がいるから平気だけど、どうしよ。

 ……でも、田中くんがあそこまで焦ってまで演奏していた人の正体を見たがるってことは、きっと凄い人なんだよね。

 ……ちょっと見てみたいかも。


 そして私は自転車の鍵を握って旧校舎へと足を踏み入れた。 


 

 

 

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