Ready for THE Monday
「ただいま!」
カバンを自室の前に放り投げ、ダイニングへと急ぐ足を止めずに叫ぶ。
「おっ、おかえり。メールしたけど見てくれたか?」
「ごめん、いっくん見てない!」
「えー、それじゃ明日の朝食どうすんだ――、ってどうした?なにを焦ってんだ?」
ボクは母の弟、つまり叔父でありギターの師匠である《いっくん》の話を無視し、テーブルの上に無造作に置かれたタブレット端末を掴む。
焦りもするさ、月曜日まで時間がない――。もし間に合わなかったら初音さんに合わせる顔がなくなっちゃう。
制服のネクタイも緩めないままソファで初音さんの好きな曲について検索を始める。
「おいおい、わが甥よ。なにをそんなに血走って……って今のわかるか?『おいおい』と『甥』が掛かってるんだけど……」
「いっくん!アコギ貸してくれる!?」
「無視かーい!……って、ん?アコースティック?珍しいな」
普段エレキギターしか弾かないボクが急にアコギへ手を出そうとしたことに違和感を感じたのか、叔父が背後からタブレットを覗き込む。
「懐かしいもん調べてるな。名曲だよなぁ……あれ?でも、トラの好みじゃないよな?」
「……別に。自分から聴こうとしていなかっただけ」
「ふーん。まぁいいや、いつも言ってるけどさ、ギターはもう全部トラにあげたんだから勝手に使っていいって……、なぁお前まさか……彼女とか出来たワケじゃないよな??」
「ぶっッ!!!」
思わず吹き出すボク。
飲み物を口に含んでいたら大惨事だったぞ。
「ははっ、違う、違うよ!そんなんじゃないって!いっくんなら分かるでしょ!?ボクは彼女とかそういうのとは無縁な属性だってこと」
「ちょっ、……お前それ、図星の人がするリアクションじゃないか。……まぁいい、散歩がてら明日の朝食分のパンは俺が買いに行くわ」
「――え?ゴメンなんて?」
ボクはタブレットに夢中で叔父の話を聞き逃してしまったので聞き直すと叔父は肩をすくめて笑った。
「そうだトラ、これだけは聞いてくれ」
「うん。なに?」
「あんま自分を卑下すんなよ?そうやって何かに夢中になれて、必死になれるお前を好きになってくれる人といつか会えるかも知んねぇんだからさ」
「おぉっ……」
なんか急にドラマチックなセリフを吐く叔父にコッチが少し照れてしまう。
「なんだそのリアクション?」
「いや、いっくんらしくない、素敵なセリフだなって感動したよ」
「なんだそりゃ、まあいい、行ってくるわ」
そう言って叔父は何処かへ出かけた。
ボクはその背中を見送らずタブレットに視線を戻す。
「……とりあえず試さない事には始まらないな」
タブレットを片手に叔父の寝室へお邪魔し、クローゼットの端に立てかけられたアコースティックギターを持ち出す。
リビングだと防音が弱いので自室に戻り、ベッドに座ってタブレットから音源を流しながら耳コピを始めた。
「…………、たしかにいい曲だ。リリースされたのは…………え?2010年っ?!凄いな。こうして聴くと15年近く経ってからでもCMで使われてるのもわかるな。力強さとか活力みたいなものを感じるし……」
けど、……なんだろう。
ボクが勝手に抱いていた『初音さんのイメージ』とこの曲はかけ離れてる気がする。
もしかしたら失礼な偏見かもしれないが、運動が好きで、いつも明るい彼女はもっと明るく、ポップでアッパーなノリを好むと思ってた。だけどこれは違う。もっとしっかりした、強いメッセージ性を感じるし、……卒業?まだ一年生なのに?……もしかして初音さんは……何かに悩んでいるのか?
「……いや、そんなこと勝手に想像するのは良くないな」
頭に浮かんだイメージを掻き消し、集中することにした。
一音一音を確かめながらノートにコードを書いていく。ボクは楽譜が読めないし書けない。音楽の授業だって成績は中からちょっと下。
……でも、ギターをやる上でそんなの関係ない。
「……違うな。進行的にはこっちの方かな。うん……うん……うん?……あー、これ、ここ好き」
複雑な部分や単身では再現できなそうな部分を簡略化して、それっぽくする。完コピ(完全コピー)は目指さない。それがボクなりのやり方だ。
とは言っても……さすがに弾き語り、歌いながら演奏する前提なので難易度そのものは高くなさそうで助かる。
重きを置いているのは歌の部分なんだろうけど、……そういえば初音さんって上手いのかな?カラオケとか誘われたことすらないから分からないや。
「――――トラ!トラ!トラ!」
いつの間にか帰ってきた叔父さんが扉を開けて大声でボクの名前を呼ぶ。
「ごめん、気づかなかった」
扉が開けられたことすら気が付かないほど没頭していたらしい。
窓の外はいつの間にか十分すぎるほどに暗くなっていた。
「めっちゃ集中してたな。何度も呼んだのに全然気づかないから笑ったよ。で、手応えは?」
「……ん、まあまあかな。多分、月曜日には間に合うと思う。覚えられるかは微妙だけど……」
「月曜?!週明けの?!はぁ……ずいぶん急ぎだな。つまりさ、……それもう絶対彼女じゃん?彼女のために練習するやつじゃん?やるなぁ!」
叔父は1人で勝手に想像を膨らませて楽しそうにしている。本当に違うのに。
「……え?否定しないってことはまさか、本当に?」
「いや、否定してもしなくても、そうなるから黙ってただけだよ」
否定したらしたで、『必死に否定するのは怪しいな』とか言われるのが読めるからね。
「なんだ、じゃあ本当に違うのか」
「そう言ってるじゃん。――女の子なのは事実だけど」
「ん?なんか言ったか?」
買い物袋を持ってボクの部屋から出ようとした叔父が立ち止まる。
「んーん、なんでもないよ」
「そうか、姉ちゃんが仕事から帰る前に制服脱いで干しとけよ!俺も怒られちゃうんだから!」
……言われて気づいた。
まだ着替えすらしてなかったのか。
ボクは急いで制服を脱ぎ、部屋着に着替えてダイニングへ向かう。叔父がキッチンに立って晩御飯の準備を始めてくれていた。
「風呂は?」
「……あ、今から入る」
部屋着に着替えた意味なかったな。
「じゃあ今作り始めたから時間ちょうどいいな」
「ありがとう」
母が夜勤の時、半分以上は叔父が料理を担当してくれる。残りの半分は一応ボクなのだが、実際は出前に甘えさせてもらってる現状だ。
「で?名前は?」
「……誰の?」
「バンド、組むんだろ?そのために練習してるんじゃないのか?」
ボクは脱衣所へと向かう足を止めた。
「バンド……バンドか」
「……おま、……違うってことはマジで彼女――」
「――そんなんじゃないよ!……ただまぁ、クラスの女の子に……ちょっとね」
「おおっ!?やるなぁ!『……ちょっとね』なんてカッコいいじゃねーの!?」
……少し気恥ずかしくなったボクは叔父を無視してダイニングを出た。
「バンドか……」
脱衣所の扉に手をかけたところで自然と止まる。
……ボクはずっと1人でギターをやってきた。
それが気楽だったからなのだが、正直な話をすれば何度もソレを考えたことはある。そして今は――。
「ボクと初音さんが……バンド……」
大人に聞かれたら、そんなものは思春期特有の都合いい妄想だと笑われるかもしれない。
でもボクは彼女がマイクの前に立ち、ボクがその隣でギターを弾く姿を想像してニヤけてしまったのだ。
「バンド名とかは考えとけよ!そういう一体感みたいのがあると距離がグッと近づくからな!」
叔父の声がダイニングから聞こえてきた。
「余計なお世話だよ……」
と聞こえないよう小さく呟くが、服を脱ぎながらも頭の中では、もしバンドを組むことになったらどんな名前がいいかなんて事を考えていた。