始動 2
「ごぶっ、あばば……ごへっ」
「コイツは見ての通り人とのコミュニケーション能力を鍛えずに来たタイプだから気持ち悪いと思うけど許してやってよ」
3人の女子高生にテンパった叔父は人間の言葉を忘れてしまい、姉であるボクの母によって仕事部屋へと追いやられた。
「お母さんと叔父さんと3人暮らし?」
「はい。父親がどこの誰かは知らないです」
「……あ、……ごめん」
初音さんは目を逸らして気まずそうに口を閉じた。
「気にしないでください」と本心から伝えても、きっと伝わらないだろう。
ダイニングのソファに腰掛けた3人に少し待ってもらい、ボクはベースを取りに行く。
ギターはボクが定期的に触るので手前にあるが、ベースはずっと奥にしまってあった。ボクがそれを取って部屋から出ようとすると。
「で?どの子が好きなの?」
叔父の寝室、と言っても叔父は仕事部屋で寝るので実際は『オタク部屋』と母が呼ぶ部屋の入り口にもたれかかるような姿勢で母が立っていた。
答えるまで通さない。そんな目でコチラを見ている。
「……そういうんじゃない。彼女たちはバンド仲間だ」
「はっ、情けない。彼女くらい学生のうちに作っとけよ?……じゃないとイチローみたいなるんだから」
「……いっくんの世話になっててよく言うよ」
ここはそもそも叔父の家だ。
シングルマザーである母が、弟である叔父に甘える形で何年も前から住まわせてもらっている。なのに母は叔父をこうして下に見ている節がある。
ボクは……そんな母をあまり尊敬できない。
「……あ?…………はぁ、やだやだ。反抗期ダルいなぁ。アタシは仕事行くから、暗くなる前にあの子たち家に帰してよ?」
「わかってる。コレ貸したらすぐ解散するから」
ボクは手に持ったベースを母に見せるが、興味のない目線でチラッとだけみて、またため息をつきながら家を出た。
「いってらっしゃい」
無言で締められた扉に向かって声をかけるが返事は当然、返ってこない。
「おっ、来たな!」
3人はダイニングテーブルに置いたスマホを覗いていたのだが、ボクに気づいた品川さんの言葉で残りの2人も顔を上げた。
「弦はないんですけど……どうでしょう?」
弦どころかストラップもついてないので草鹿さんに座ったまま持ってみてもらう。
「わーっ!似合うよ!」
初音さんがテキトーに褒める。
似合わない人とか多分いないでしょ。そんなテキトーに煽てても……。
「そ、……そうですかね?」
言われた草鹿さんは満更でもなさそうに、少し頬を赤くした。ボクは冷めたことを考えたが、初音さんが正しかったらしい。
「……あの、みんなで何を見てたんですか?」
ダイニングテーブルに置かれたスマホを囲んでいたさっきの光景についてボクは訊ねる。
草鹿さんと初音さんはベースに夢中になっていて、ボクの話が聞こえていない様子。
「スリーピースバンドの動画を観てたんだよ。チャットモンチーとかさ」
「あ、なるほど。どんな路線でやるかって話ですね」
「うん。王道だとやっぱ『バンプ』とか『アジカン』なんだけどさー。ほらボーカルもギター弾くじゃん?」
テーブルの上に置いたままのスマホを手に取り、。
「初音さんにはボーカルに専念してもらったほうが良さそうですね」
「そゆことー。あとうちらの『好み』が被らないっぽいからある程度ユイに合わせる方が良いかなって感じのこと話してたんだよ」
……たしかに。
一昨日のカラオケでボクらの『音楽の趣味』が異なることは理解できた。
「全員が好きな曲を出し合って、共通項を見つけて、そのバンドをコピーするってのも良いとは思うけど……」
「それだと、初音さんの『強み』が活かせない。ってことですよね?」
「せーかい!あーしもそう思う。『やりたい』も、もちろん大事だけど、それに固執してると無駄な時間過ごしそうだし……」
「そのとーりっ!!」
母によって仕事部屋に追いやられていた叔父が不意に乱入してきた。
ボクは叔父の奇行に慣れてるのでなんとも思わなかったが、女性陣は目を丸くしている。
「今誰か、時間の無駄と言ったね!確かにその通りだ!あっという間に時間は過ぎてく。最も『自分たちに合った曲』をやるのは大事だ。だけどね、そうやって『だんだん嫌になる』こともあるんだよ。誰かに合わせるって、疲れちゃうからね!多少の時間はかかっても、『みんなでやりたい曲』を探すのをオジサンはお勧めしたいな。……ではっ!」
「ちょっと!言うだけ言って逃げないでよ!」
ボクはダイニングから逃げ去る叔父の腕を掴んで引き戻す。この変な雰囲気にした張本人が逃げるなんてボクは許さない!
「えっと、……田中くんのクラスメイトの草鹿です!ベース、貸していただけるとのことですが、……本当によろしいのでしょうか?」
草鹿さんが深々と頭を下げて、叔父の様子を伺う。続いて品川さんと初音さんも自己紹介していた。
「え?ベース?……持ってたっけ?」
「クローゼットの奥にあったよ。なんか仲間?から買い取ったって言ってたじゃん」
「……あぁ、そんなことあったな。うんうん、懐かしい……。あの頃はホントに酷いくらい中古屋に流れてたからね。みんな売っても数千円にしかならないって嘆いてたんだよ」
「だから買い取ってあげたなんて、優しいんですね!」
手をパンって叩いて、初音さんが叔父を褒める。
煽てても何も出ないのに。
「まぁ僕は働き始めるのが早かったからね。ありがたいことに同人誌が……」
「……いっくんっ!!」
その話はダメだっ!恐れていたとおり、叔父は口を滑らせてる。
「あっ、あぁそうだな。この話はやめておこう」
「え?!なんの話スか?!」
品川さんが食いつく。
悪気はないんだろうけど今はやめてくれ!
「……君たちはどんな音楽が好きなんだい?」
上手い、叔父がうまいこと話を逸らした。
「えー、私は母の影響で、『YUI』『チャットモンチー』『ユニゾンスクエアガーデン』『レミオロメン』とか好きです。あっ、あと『サカナクション』!」
……意外だ。初音さんの口からサカナクションの名前が出るとは。
「あーしは『ホルモン』『ラスベガス』。あとは海外になるけど『リンキン・パーク』『ブリング・ミー・ザ・ホライズン』とか」
「あっ、ボクも好きです」
品川さんの好みはボクとかなり近い。
「チェスターみたいなメガネにするって言って、今のやつ選んでたもんな」
叔父の失言は続く。言わなくて良いだろ!
「あ、リンキンのチェスター私も好きです。私はどっちかって言うとUKロックが好きなんですけど」
草鹿さんがイギリス系を好むのはなんとなくだけど納得できる。
「おおっ、いいね〜!全員がちゃんと自分の好みを持っているのは良いことだよ。あとはすり合わせだね。たとえ時間がかかっても最初のコピー先はちゃんと話し合った方が良いと思う。自分の時は最初から超難曲で、みんなすぐ諦めちゃったから、……難易度も加味してね?」
「うっす!参考になります!」
品川さんが勢いよく頭を下げたので周りも釣られて頭を下げた。
「はは、元気あって良いね」と引き攣った笑顔を浮かべながら叔父は仕事部屋へと戻っていく。
10代のエネルギーに当てられたのだろうか、顔色が悪かったように見えた。
「ほんじゃ、なにをやりたいか擦り合わせんべ!」
「全員の好みを書き出しますか?スマホのメモ帳でいいですよね?」
やる気満々と言った様子で握り拳を作る品川さんと手際よくスマホを取り出す草鹿さん。
この2人が仲良く隣り合って座ってる姿に未だに違和感を覚えてしまう。
「ね、私たちここにいて大丈夫?帰った方が良かったりする?」
初音さんが気を利かせて訊ねてきてくれた。
「あー、暗くなる前には解散しましょう。それまでは平気です」
「ホントに?……じゃあお言葉に甘えて、ゆっくり考えよー!」
いえーい!とでも言いたげに腕を高くあげた初音さん。
「……飲み物なにか探してきますね」
ケトルでお湯を沸かしてる間、3人が話してる姿を見てボクは……いまさらになって緊張してきた。
ウチのダイニングにクラスメイトの女子が3人いるという光景が異常すぎるからだ。
流されるままにいた時は平気だったのに、少し離れるとその異質さがわかる。
きっと、青春ってそういう時なんだろうな。
「トラジはどー思うよ?」
「……え?な、なにがですか?」
「曲だよ!曲!全然決まる気しねぇ!」
「なにをコピーするかって話です。いくつも候補は上がったんですけど被ってるのが無くて……」
「聞いたことないグループがこんなにあるんだってビックリしちゃうよ!海外のバンドとか特にさ」
3人とも困ってるような言い方ではあるが、雰囲気は悪くない。というよりむしろ良いように見える。
どんな曲でも、彼女たちなら楽しめるだろう。
ボクもその輪に馴染めると良いな。なんて相変わらず卑屈に考えてしまう自分がまだいる。
「……ライブでもできたら自分に自信が持てるようになるのかな」。なんて都合の良い妄想をしてしまった。
…………。
……あれ?
なんでみんなして、こっちを見てるんだ?
「ライブ?」初音さんはポカンと口を開けてる。
「やる曲も決まってないのに随分と早計ですね」
草鹿さんは少し呆れたように笑う。
「いやどうだ、タイムリミットのあるほうがやる気出るって面もあんじゃねのーの?どうせならライブやってみてぇし」
品川さんは立ち上がってそう言った。
……え?ボクもしかして、口に出してた?
みるみるうちに顔が熱くなるのを感じる。
帰りたい。……ここがボクの帰るところではあるのだが、……今すぐにでも布団にくるまって大声で叫びたい気分だ。