誘い 3
楽器屋の入った駅ビルを出て、カラオケへと向かうボクらは、3人揃って口を閉ざしていた。
草鹿さんの涙の理由を聞かれたボクが、『言っていい内容かわからない』と伝えたからだ。
初音さんは『わかった』と言ってくれたが、品川さんはそうじゃなかった。
『知らなきゃどうしようもない』とのことだが、ボクは言葉を詰まらせて……。
……今に至る。
「はぁ、どうよ?正直もう、カラオケって気分じゃなくね?」
品川さんがカラオケ屋の前でようやく口を開く。
「……同感ですね」
同級生と行く、生まれて初めてのカラオケだ。2度と訪れないであろうチャンスに後ろ髪を引かれる。
でも……。
「……お店の中、とりあえず入らない?ここだと邪魔になっちゃうし、落ち着いて話せる場所で周りに人がいないって意味だと」
「あー、たしかに、カラオケだったらちょうどいいわな」
品川さんが答えると同時に初音さんがそう言って自動ドアを抜けて入っていった。
開いたままの自動ドアの向こうから初音さんが苦笑いを浮かべて、ボクと品川さんも入店した。
……暗いな。
カラオケってこんなに暗い雰囲気で来る場所では絶対にないはずだ。個室のライトを限界まで弄っても雰囲気はどうにもできない。
「私さ、本当は聞かない方がいいって分かってるんだ」
カラオケ屋の店員さんが飲み物を置いて退出した後、初音さんは満を持して話し始める。
「でも、悪い想像ばっかり浮かんじゃってさ……。何か盗んだのかな?とか、あの楽器屋の店員さんと変な関係だったのかな?とか……」
草鹿さんと楽器屋さんの会話を聞こえていたのは、近くで隠れていたボクだけだ。
……何が起きたら分からない彼女がそう考えるのと分からなくはない。ボクも勝手に妄想しちゃえタイプだからわかる。
「……いや、あーしはそんなこと考えてなかったわ。『買わないくせにずっと試奏だけして迷惑かけてる』とかそんな感じじゃね?」
「ぶっ!?」
品川さんが急に的をぶち抜いたので飲んでいた飲み物を吹き出してしまう。
「は?!なにしてんだ?!」
「ちょっと、平気?」
二人は即座にハンカチや備え付けのティッシュを持ってきて拭いてくれた。
ボクは、なんて情けないんだ。と恥ずかしくなり、自分で拭く。
「……今のリアクション。アキちゃんの言ってることが、正解ってことだよね?」
……机の上を嫌な顔せず拭いていた初音さんが顔を机に向けたまま吐いた言葉にボクは観念し、小さく頷く。
「……そっか、でも……なんでだろ。らしくない気がする……」
「そーか?わりとある話だろ。安いもんじゃないからなぁ……」
「よくあるかは分からないですけど……、年単位でされたら、店員さん側からしたらキツイですよね」
「二人は知らないかもだけど、草鹿さんの家ってお金持ちなんだよ?」
草鹿さんの家がお金持ち?
特にそんなイメージはなかったが、かと言って意外ってほどでもないな。でも、だとしたら何故?買って貰えばいいのに。
「そもそもなんだけどさ、なんで草鹿ってウチの高校来てんの?レベル違くね?」
品川さんの疑問はもっともだ。
ボクたちの通う高校は別にレベルが高くない。
彼女のような優等生が通うには……。
「草鹿さんって、別に勉強得意じゃないからだよ」
……なんてことだ。
「……あ、あんなに偉そーにしてるのに?!」
それは関係ないと思うけど……、ボクも勝手に勉強できると思い込んでいたので驚く。
「たしか両親はどっかで先生か教授をやってるって言ってたかな。中一の時聞いたことだから忘れちゃたけど」
手持ち無沙汰なのか初音さんは、手元の機械をなにやら弄っている。……あれはなにか注文する機械か?
「トラジ、もうわかってんだから教えてくれて良くね?勝手に想像膨らませる方が悪いべ?」
「……はぁ、まぁそうですね。品川さんの言った通りですよ。どうやら長いこと試奏しにくるのが常習化してたみたいです。あの店員さんのことだから結構長いこと……我慢してたみたいですけど」
店のサービスの一環ではあるが、難しい問題だ。
「……軽音部の部室にいくつか楽器あったよね?木曜日に一度行っただけだからうろ覚えだけど……」
「はい。ドラムもベースもありますよ。卒業生からの寄付とかなのかな、ちょっと出所はわからないですけど」
「あー、……んじゃアレだ。しょぼい奴だろ」
品川さんは少しダルそうに、深くソファに沈みながら紙のメニューを見ながら吐き捨てた。
自分は叔父から譲ってもらったギターしか触らないのでわからないがどうなんだろ。
少なくともアンプは有名なものだし、問題なさそうだったけど……、いかんせん上の階にいる文化部がネックで試したことがないのでわからない。
「じゃあ、草鹿さんに軽音部を勧めてみよう!えいっ!」
「……?そうなるんですかね」
「いやいやいや、あーしと草鹿の仲、知ってるだろってえ?!曲入れた?!歌うの今っ?!」
急にモニターに文字が現れ、イントロが流れ始めた。……どういう状況だ?
「マイクマイク……」
「すげーな、この状況で歌う展開は予想してなかったわ。やっぱユイ、メンタル強えな。ボーカル向きだよ多分」
「だって歌わないと勿体無いじゃん!解決策も見つかったし!」
そう言ってマイクを握った初音さんは元気よく歌い始めた。昨日の川原では少し気恥ずかしそうにしていたが、カラオケに慣れているのか、今日は全然違った。
やっぱり彼女の歌声は『説得力がある』。
「……チャットモンチー。ユイが歌うとパワフルな感じになるな」
「そうですね。可愛らしさよりも元気さや力強さが前に来る。彼女の良さだと思います」
初音さんは歌いながら、器用に機械を操作している。
「あっ、連続でいれんな!あーしも歌うよ!」
「え?!ごめん、二人は歌わないのかと思ってた。……田中くんもごめんね!入れて、入れて」
そう言われても、カラオケに来るのが初めてなので操作方法がわからない。
「……こうやってさ……」
品川さんがボクに見えるよう操作してくれる。
「ワードで検索する感じなんですね」
「……え?!聞こえない!」
「……」
チャットモンチーの次にかかったレミオロメンを全力で歌う初音さんのおかげで会話が成立しない。これがカラオケってやつか!
その後ボクらは各々が好きな曲を好きに入れて、好きに歌い続けて楽しんだ。
数時間という時が一瞬で過ぎ去り、外へ出ると陽が短くなったせいで、空は少し赤みを帯びていた。
盛り上がった気分のまま、家に帰りギターを弾こう。
ボクがそう思うと初音さんが『少し寄って行かない?』とチェーンの喫茶店を指差し、品川さんは『賛成ぇ〜』と言いながら我先に歩き出す。
紛れもない青春のど真ん中は、想像していた何倍も居心地が良くて、こんな時間のを守るために必死になる人たちの気持ちが少しわかった気がした。