誘い
川原からの帰り際、初音さんは『考えさせて』と言っていた。
家につき冷静になって考えると、彼女は『バスケ部の元仲間たち』にどう思われるか、気にしているのかもしれない。
ついこの前まで、彼女はバスケ部だったはずだし……。
「さすがに急すぎたな……」
もっと仲良くなってから誘えばよかった、とベッドに腰掛けながらボクは頭を抱える。
「アニメや漫画じゃないんだ、話すようになった次の日にバンド組もう、なんて言っても上手くいくはずないだろ!」
「ふっ、独白!まさに青春だな、我が甥よ」
「うわっ?!いっくん!?ノックせずに入ってこないでよ!」
叔父のいっくんが唐突に現れ、ボクはビックリして心臓が止まりかける。
「すまんな。夕飯の準備できたぞ」
「……ありがとう。でもノックはしてよ」
「で?誰とバンド組むんだ?」
……ボクはダイニングへ向かおうとして、足を止める。
「……全部、聞いていたってこと?」
「全部、喋ってたからだろ?」
叔父は振り返る事なく返すと、食卓へついた。
盛られた料理の上に両手を広げて、大仰に振る舞う。
「さぁ!時間はたっぷりある。話してもらおうか」
……ちょうどいい。
どうせなら相談に乗ってもらおう。
父親も兄弟もいないボクにとって、叔父は良き相談相手なはずなのだから――。
「……ほ、ほう……。ううん……。な……なるほど。二人とも女の子だと……?」
叔父に『初音さん』そして『品川さん』との間に起きた事を伝えると、明らかに芳しくない相槌を打たれた。……頼りにならない予感がするぜ。
「……一応、聞くけどさ」
「ん?なんだ?」
叔父は虚空を見つめながら咀嚼を続けていたが、ボクの言葉でコチラをみた。
「いっくんって、バンドを組んでいた経験、あるんだよね?」
今更こんなこと聞くのも恥ずかしいが、聞かないといけない気がした。
「……この煮物、よく味が染みてるだろ?YouTubeで見たんだけど――」
「――ま、まさか!?組んだ事ないの?!」
ボクは驚き、呆れ、箸を落としてしまった。
すぐに拾い、シンクへと運ぶが、叔父はその間黙ったままだった。
「……一応、あるよ。色々とあって、……まぁ音楽性の違いってヤツだな。すぐに解散しちゃってさ……」
箸を洗うボクの背後で叔父が独り言のように呟いた。
……あやしい。
ボクは新しい箸を持って食卓へと戻り、叔父の目を見て訊ねる。
「それはいつ?どこで知り合った人?どれくらいの期間組んでたの?」
「……高校の時、……同級生と……、3日くらい?」
3日?!
「違うんだよ。みんな最初はやる気あったんだ!当時すごい流行ったアニメがあってな?その影響でみんな楽器買って、始めたんだよ。……まぁみんなすぐ辞めたんだけど……」
「……いっくん以外の全員がやめたの?」
「うん。本当に凄かったよ、笑えないくらい中古屋にギターやらベースが溢れててさ。すげー悲しかったの覚えてる」
叔父は切ない目で遠くを見る。
大量に所持してるギターからして叔父は本当にギターが好きなんだろう。でも組めなかった。
「……俺は陰気だからな、今で言う陽キャとバンド組むなんて出来なかったんだよ。今でこそオタクに対する風当たりは弱くなったけど、当時はまだ微妙に残っていて、まぁかなり薄くなった頃ではあるんだけど……」
昔話を語る叔父を無視してボクは食事を続ける。
こうなったら長いからだ。
食事を済ませて自室へ戻るとスマホが光っているのを見つけ、ボクは飛びついた。
「なんだ、母さんか……」
なんてことない連絡。
『イチローにスマホ見るよう言え』。とのことだ。
初音さんからメッセージが来たと思って喜んだのに……。
「はぁ……いっくん!母さんがスマホ見ろって!」
「んー。またどっかに置きっぱにしちゃってたのか。仕事部屋かなー?」
廊下から顔だけ出して叔父に伝えると背後で、机の上に置いたスマホの振動する音が響いた。
また母さんから追撃のメッセージが来たのか?どうせ大した連絡じゃないのに。なんて思うと……違った。
「……品川さん?」
あぁそうか、さっき初音さんと交換するついでに品川さんとも交換したんだった。
……というか言い出しっぺは彼女だったな。
『バンドメンバーに心当たりあんだけど、そっちはある?』。だと……?いやいや、品川さんのお友達とかむちゃくちゃ怖いんだけど?
……品川さんが見た目に反して『話せる人』なのは今日でわかったけど、そのお仲間も話しやすいとは限らない。
ヤンキーとかギャルだらけのバンドなんて居心地が悪くてしょうがない。
「……どうことわ――ぶっ?!」
手に持ったスマホが震えて落としそうになる。
「で、電話?!」
『品川さん』の文字が映るスマホ。……怖い。むっちゃ怖い。はちゃめちゃに怖いぞコレは!女の子と電話なんてっ!
「……でも、無視したら月曜、学校でシメられるかも……」
意を決して通話ボタンを押す。
「……も、もしもし……」
『あー、トラ?あーし、アキ』
「……わかりますよ。どうしたんですか?」
『電話の方が早えから!』
……まぁ一般的にはそうだろう。
でもボクは電話が苦手なので控えてほしい。言えないけど……。
『あーしの送ったメッセ見た?』
「今見ました、すみません、晩御飯食べてたんで遅れ――」
『――んなこといいんだけどさ、どんな曲やりたいとかバンドの方向性とか決まってんの?』
「……いえ、全く決まってませんよ?そもそも初音さんの『オッケー』が出てないんですから方向性も何もないですよ」
『……ユイが『ノー』だったらバンド組まないの?』
電話越しでも伝わる。
品川さんは真面目に話してる。
ボクはベッドに腰掛け、一呼吸して考えをまとめる。
「バンドは……わかりません」
『あー、なにそれ?』
たぶん、品川さんは怒ってるわけじゃない。
……なんとなくそう思った。
彼女は、良くも悪くも『素直であろうと努めている人』なんだと今日、ボクは思った。
決して人との距離感が壊れているわけでなく、彼女なりに気を使っているような優しさが……。
なのでボクはきちんと自分の意思を伝える。
「バンド組む。という事自体、ボクは今日の今日まで考えてもいませんでした。……でも初音さんの歌声を聞いて、この人と組んでみたい。初めてそう思いました。なので初音さんなしでは、今は……わかりません」
…………。
品川さんは電話の向こうで唸ってる。
納得はできるけど、彼女にとって好ましくない返事だったのだろう。
ドラマーは常に引く手数多と聞いたことがある。
彼女のレベルは知らないが組みたいのなら他にいくらでも選択肢があるだろうに……。
まぁ同じ学校、同じ学年で組めたら気楽だとは思うけど。
『……とりあえず明日、ユイとカラオケ行って『トラジが思わずバンドに誘った歌声』ってヤツを聴いてみるわ!そんであーしからも説得してみる!』
「カラオケ……」
ボクも行きたいです。なんて素直に言えたら苦労はしないのだが……。まぁボクに人前で歌う度胸なんてないので、いいんだけど。
「……あっ、品川さん!さっきメッセージで言ってた、心当たりのあるバンドメンバーって《ツーツーツー》誰のことなんですか?」
切られた。
「自分の言いたいことだけ言って切りやがったな!?」
スマホの画面に一人ツッコミを入れる、……自分が切ない。
スマホの画面の端に、また通知を知らせるランプが点いてる。あぁ、きっと母さんが叔父さんに連絡つかなくてブチ切れてるんだろうな。なんて思いながらメッセージアプリを開くと……。
『明日、アキちゃんとカラオケ行くけど田中くんも来る?』
初音さんからのメッセージが映し出され、ボクは生まれて初めてガッツポーズをした。