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沈む橙と私たちの青さと 3

沈む橙と私たちの青さと 3

「なるほどねぇ。……あーしが言えたもんじゃないんだけど、ユイもわりかしノンデリだねぇ」

 

 川原のベンチで三人、横並びに座り私と田中くんの出会い……っていうと大袈裟だな。

 昨日の会話や、今田中くんからバンドに誘われた話をアキちゃんに説明すると、そんな聞き馴染みのない言葉が飛んできた。

 アキちゃんの足元ではビンゴ(ワンちゃん)が退屈そうにあくびをしている。

 

 私は言葉の意味がわからず首を傾げる。

「ノンデリカシー。まぁ、デリカシーがないとかそんな意味です。……あっ、もちろんボクがそう思ってる訳じゃないですけど……」

 

 田中くんの説明を聞いて私は絶句した。


「まぁ、それもユイの良いところでもあるべ?……ほんで?どうすんの?ユイ、部活辞めたんだべ?トラジとバンド組むの?」


「「えっ……!?」」

「な、なに2人して?なんかあーし、変なこと言った?」


 予期せぬ形で『部活を辞めた』というワードが出て、それに反応した田中くんはコチラをチラチラと伺う。

 ……タイミングがあれば、自分から言おうとは思っていたが、こういう形で知られるとは思ってなかったので私は戸惑い、思わず立ち上がる。

 

「……え?なに?どういう状況?」

 アキちゃんは私と田中くんの顔を交互に見る。

 

「田中くん、言ってなかったけど……私、バスケ部辞めたんだ」

 少しだけ空を仰ぎ、それを言葉にすると肩の荷が降りたような清々しい気持ちになり、私は……隠し事に向いていないんだなと痛感した。

 

「……なんとなく、そうなんだろなって思ってました」

 田中くんは視線を逸らしながらそう言った。 

 ――あぁやっぱり、バレてたんだ。

 私たちの会話を聞いてアキちゃんは状況を察して口に手を当てる。

 

「トラジに伝えてなかったの!?まじか……ごめん!デリカシーないのは、あーしの方だっ!」

 アキちゃんは縋るように私の腕を掴み、私はその手を優しく握り返して、首を振った。


「んーん、隠してた訳じゃないから謝らないで。……ただ、言う機会を逃してただけだから、逆にちょうど良かったよ?」

「ユイぃ……マジでごめんっ!」

「ホントに平気だよ!気にしないで!言うタイミングもらえて、逆に感謝してるくらいだもんっ!」


 いつもの彼女からは想像出来ないような、しぼんだ姿で声を震わせるアキちゃん。……イヤだな、彼女にはずっと、パワフルでいてほしいなんて勝手なことを考えてしまう。


「確信があったわけじゃないですけど、ボクも薄々気づいていて、だから初音さんをバンドに誘いました。なので……品川さんの発言でどうこうっていうのはないですよ」

「トラジ、あんたイイやつなんだなあ」

 田中くんのフォローにアキちゃんは少しだけおどけながら感謝すると勢いよく立ち上がり、頭を下げた。


「……2人とも、マジでごめん!あーし、邪魔しかしてねーし、……もう帰るわ。空気壊すだけ壊して帰るのもおかしいとは思うけど……いても邪魔だし……」

 

 頭を上げ、そのまま振り返るアキちゃんにビンゴは散歩の再開を感じ取り、しっぽを振った。

 

 

「……品川さん!待ってください!」

 

 どんな言葉をかけてアキちゃんを止めようか、今のまま帰したら明日以降気まずくならないか。

 そんなことを考えて言葉が出なくなった私のかわりに、田中くんが呼び止めた。


「……あの、さっきの質問……少し詳しい気がして。――もしかして、品川さんも楽器やってる人ですか?」


「え?……うん。オヤジの影響で、ずっと……ドラム叩いてるよ」


「「ええ?!」」

 ドラム?ドラムってあの……どんどんポコポコする、後ろの方の人?……アキちゃんが?!


「……ええ??ギャルなのに……ドラム?どんな冗談ですか?」

「トラジぃ、なんだよそれ、オカシイか?いや、まぁ……オカシイか。……わかってんよ。だから誰にも言ってなかったし」


 アキちゃんは向こうを向いたまま、少し不機嫌そうな、それでいて恥ずかしそうな仕草で頭を掻いている。


「派手な見た目してるけど、実は生粋のお嬢様で幼少期からピアノを習っていて、キーボードやシンセサイザーとしてバンドに加入。初めて聞いたロックに心打たれるとかそういう展開じゃないんですか?!」


「オタクの妄想きめぇ……」

「なっ?!ひどいっ……」

 急に早口で捲し立てた田中くんにアキちゃんの容赦ない言葉の刃が突き刺さった。

 田中くんは「……キモいのか」と小さく呟きギターを強く抱きしめてる。


「あーしンチは……もう離婚したけど、普通の家だよ。オヤジも母親もフェスとか好きな、……ちょっと元気な普通の家。ドラムも別に習ったわけじゃないから上手いって訳じゃねーし……」


 アキちゃんは足元のワンちゃんを撫でながら、一語一語を選ぶように紡いでいく。

 それは普段彼女が話している時の『軽いノリ』とは違い、真剣なもので……自分の中の気持ちと対話しながら搾り出しているようにも見えた。


「……あたし、こんな感じだし。人とバンド組んだりしたことねぇーから。……もし、2人がバンド組んで……ドラムが見つかんなかったらさ――」


 顔をあげ、私たちを交互に見るアキちゃんの目は少し弱々しく見えた。

 当たり前だけど、彼女も私たちと同じ、ただの高校生なのだ。

 緊張や恥ずかしさもあり、今彼女がそれを感じているのは……それだけ本当の『想い』というものがあるからなんだろう。


 ――私自身が『他人から要求されるキャラクター』を演じることに、嫌気がさしていた。……だというのに自分も同じことを考えてしまうなんて――私はイヤな人間だ。

 

「――あたしに声かけてもらえないかな?バンド……組んでみたいんだ。実力が足りてるかは分からないけど……」

 『あーし』というアキちゃんらしい砕けた一人称じゃなくなっている。

 そうするほどアキちゃんにとって大切な話なんだろうと推測してしまう。


 ――音楽に対する想い。

 私にそれが2人と同じような熱量あるのだろうか。

 田中くんの演奏に合わせて歌うのは楽しかった。少し、気持ちが入りすぎた面もあるけど、……それだけ音楽には力があるっていうのも実感した。

 だけど……バスケをしていた時のような情熱を持てるのだろうか。どのくらいの『やる気』を求められているのだろうか。

 

 ――そもそも私が軽音部に入ることを、『元仲間』の彼女たちは果たしてどう思うのだろうか。

 


 オレンジ色に染まる同級生たちを見て、私は少し不安になった。

 

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