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沈む橙と私たちの青さと 2


 呆然とした田中くんの視線を追い、振り返るとそこには、『これぞギャル』といった派手な服装に身を包んだアキちゃんが立っていた。

 なぜ彼女がここに?

 今朝電車であったので、彼女は私の家より遠くから通っているはずなのに?

 私はアキちゃんに挨拶を返すことなく考え込んでしまう。

 

「こら!ビンゴ!だめ!だーめっ!」


 アキちゃんの足元にいた、ビンゴと呼ばれた小さなワンちゃんが勢いよく、私の隣に座る田中くんへ襲いかかり、……その足にしがみつきながら必死に腰を振ってる姿を見て、私は我に返った。

 

 

 田中くんは動物が苦手なのか、ギターを抱いたまま逃げるようベンチに登り、微動だにせず完全に沈黙した。

 ……目だけで私たちに助けを求めている。


「こら!ビンゴ!あーしのこと無視すんな!オラっ!ダメ!ビビってんだろーが!」

「くぅん……」

 

 アキちゃんの怒号に……なぜか田中くんが小さく鳴いた。

 ……ビンゴと呼ばれたワンちゃんは何も気にしていない様子で腰を振り続けている。


「えっと……山田だっけ?悪いね。普段はこんな事しないんだけどさ」

 

 アキちゃんはリードを引っ張り、田中くんからワンちゃんを遠ざける。……昨日までの私と違ってアキちゃんは田中くんをちゃんとクラスメイトとして認識していたらしい。

 

「……い、いえ。大丈夫です。……あと、あの……ボクの名前は田中です。山田じゃないです」

「え?!なに?!声が小さくて聞こえない、ビンゴ!静かに!お座り!」


「……アキちゃん!彼は田中くん。『田中虎慈』くんだよ」

「あー、そうだっけ?……同じクラスってことはわかったんだけどさ、すまんすまん!つーかなに?名前『トラジ』って言うの?名前は強そうだけど、めっちゃ名前負けだなぁ」

「え!?……えぇ、……十分自覚してますよ」


 田中くんはアキちゃんの()()()()()についていけず、ベンチに乗ったまま苦しそうな顔で私を見る。


「二人で何してんの?つーか二人が仲良いの知らなかったわ。……なに繋がり?」

「あーうん、でも別に前から仲良い訳じゃないよ!初めて話したのが昨日だもんね?」

 

 少し大げさに身振り手振りを入れて場の空気を取り持つように努める。

 前はこんなことをわざわざ考えなくてもできてた気がするんだけどな……。

 知らないうちに『バスケ部の先輩に言われたこと』がトラウマみたいになってるのかもしれない。

 

「……はい。そうですね。なんなら昨日までは認識もされていなかったですし」

「それはホントゴメンって!だってほら、私たち席が離れてるから……」

 苦しいと分かっていながら、下手な言い訳をする私に田中くんは『慣れてますから』と小さく返した。

 その表情は消して暗くない、自然なもので、だからこそ私は罪悪感から少し胸が苦しくなった。

 

「ふーん。……ってゆーか、さっきからずっと気になってたんだけどさ、なにそれ?アコギって……ユイの?じゃないよね?」


 ワンちゃんを撫でるため、地面にしゃがんでいたアキちゃんは田中くんの抱えるギターを少し真剣な表情で見つめる。

 ギターに興味あるのかな?


「うん。私のじゃないよ。これは田中くんの」

「まぁそんだけ大事そうに抱えてんならそうだわな。で?なに?弾けんの?見せびらかしてるだけ?」


 アキちゃんは疑うような視線を向ける。


「私の好きな曲を田中くんが弾いてくれたんだよ。スゴイ上手なんだから!」

「え?マジで弾ける系?キャラじゃなくない?いつからやってんの?アコギ専門?エレキはやんないの?!」

「ちょっ……、お、落ち着いてください!品川さん!テンション、テンション高すぎるって!」

 アキちゃんは常に気だるげな普段の姿からは想像できないほどキラキラした目を田中くんに送り、矢継ぎ早に質問を繰り出す。

 田中くんはその距離感に、また怯えてる。

 ……傍から見たら、恫喝されていると誤解されてしまいそうだ。


「『アキ』でいーよ。名字で呼ばれんの……好きじゃねーし、それよりさ『トラジ』は普段なに聞いてんの?何系?どんな曲弾くの?」


 一足飛びなんてレベルじゃない速度で距離を詰めるアキちゃんのパワーに押され、田中くんはギターをベンチに置き、逃げ出し――。


「あっ、ビンゴ!!」


 ――品川さんの手から離れたワンちゃんが田中くんを追う。


「ひ、ひえええ!な、なんでっ?!」

 ギターはベンチに置いてあるから大丈夫だけど、田中くん本人は大丈夫じゃなさそうだ。

 

 

「つーか小型犬に負けんな!おめーはトラだろうが!」

「名前に負けてるって言ったじゃないですか!」

「……アキちゃん、それは無茶だよ。って、あっ……転んだ」

 ……噛まれたりはしないだろうけど、凄い勢いで舐められてる。


 

「か、勘弁してください……」

 顔中をべちゃべちゃに舐められながら、田中くんは泣き言を言ってアキちゃんに助けを求める。

 アキちゃんは少し呆れながらリードを拾い、ワンちゃんを抱き上げた。


「つーかさ、アンタ好かれすぎじゃね?なに?前世は絶世の美犬だったの?」

「……ビ、ケン?……知らないですよ、そんなの……。昔からこうなんです。いっつも吠えられたり、追われたり……」

「逃げるから追われんだべ?」

「追われるから逃げるんですよ!」


 ……私の知る限り二人は今、初めて話をしているはずなのに、前からの友達かのように自然な会話している。

 田中くんって、自分で言うほどコミュニケーション能力低くないよね。

 


「つーかさ、アンタが犬好きじゃないとかどーでもいいんだけど、さっきの質問は答えてよ」

「……こ、答えろって言われても、質問の量が多すぎてなにを聞かれたか覚えてませんよっ!」

「あ?……あーしも覚えてねぇ!」

「アキちゃん!アキちゃん!流石に自由すぎるって!」

 慌てて二人のもとへ近寄り、仲介に入る。

 ――もはやこの場に必要なのは通訳かもしれない。


「……んで、結局さ!……二人はなにしてたの?なにがあったら昨日初めて話して、ここに至るわけよ?」

 アキちゃんがビンゴを抱えたままベンチへと戻り、私たちも戻る。

 

「んー、それはね。昨日の放課後、私が軽音部の部室近くを歩いてきた時に話が遡るんだけど……」

「遡るってほどじゃないじゃん。てかうちの学校、軽音部なんかあったんだ。知らなかったわー」

「校内で活動してる人たちはいないので、知らなくても仕方ないと思います。……その辺の話はさっき初音さんにしたので割愛しますけど……」

 田中くんはめんどくさそうに視線を下げる。

 

「なんで?!あーしにもしてよ!気になるじゃん」

『ばうわう!』飼い主(アキちゃん)に合わせてビンゴも吠える。

「ひ、ひぃい!?わかっ、わかりました!説明するんで、その子を下げてください!もう舐めるのはやめてくれいっ!」

「おーけー、ビンゴ!グッボーイ!グッボーイ!ステイだよ!」

「外国人かよ……」

 田中くんは小さくツッコむ。

 もう少し大きな声で言えばきっと、田中くんならもっと友達とかできるだろうに。

 

「賢いんだね、ビンゴくん。アキちゃんによく懐いてるし」

 私は撫でてみたくなり手を出すと、ビンゴはその手の匂いを嗅いでいる。


「……オヤジのところで飼ってるから、たまにしか会えないけどね」

 ビンゴは人に構われるのが好きなのか尻尾を激しく振るが、……それと対照的なアキちゃんの語気。

 

 本当の素顔を隠すように、彼女の長い金髪がはらりと垂れる。

 髪の隙間から見えたアキちゃんの少し寂しそうな眼を見て、人に伝えていない事情を抱えて生きているのは私だけじゃない。

 そんな当たり前のことを再確認した気がした。

 

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