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裏通り・喫茶Si vous voulez  作者: ちよ
第一章 奈緒子の場合
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第6話

 マスターが語ったことを纏めると、こういうことのようだった。この喫茶Si vous vouleは、あるときは東京の裏通りに、ある時は北海道の裏通りに、ある時は高知の……といった具体に、神出鬼没に現れる喫茶店。入れるのはマスターと波長の合った人のみ。選ばれるのは、神に望みを告げた者、そしてマスターが興味を持った者だ。


 「神は気まぐれですからね~」

 「自分で言うな」


 そんな会話に、え、マスターって神様なの?普通のおじさんじゃ…?と奈緒子と亮の頭の上にはてなマークが乱立する。荒唐無稽な話なのにどこか信じてしまいそうになるのは、お店に入った時に感じた「異世界にきた」ような感覚と、マスターの浮世離れした雰囲気故だろうか。


 「ちなみにシロは、私のお目付け役の神使でしてね。狐なのですよ」


 あっけあらかんと喋るマスターを、それこそチベットスナギツネのような目線で見やるシロを見て、奈緒子は気が付いた。最初にシロを見たときの既視感を。そうだ、シロが笑った顔は、まるで狐のようなのだ。


 「え、まじで言ってます?」


 少し引いたような亮に、「まじですよ」とニコニコしながら答えるマスターに、悪びれたところは一つもない。えええ……と言いながらも、亮は、「まじ……?」と半ば受け入れているかのようなつぶやきをこぼす。


 「あの、亮さん。亮さんは本当に北海道の方なんですか?」

 「え、そうですよ。今日は飲み会の帰りしなに裏通りでここの看板が光ってるのが目に入って。それでなんとなく入ったんです」

 「あの、私は、さっき言った通り東京の中目黒に住んでます。私も今日はやけz…ご飯の帰りに、たまたま銀座の裏通りで看板が光っているのに気づいたんです」

 「いま完全にやけ酒っていいかけたよな」


 シロの突っ込みを無視しながら、奈緒子は思い出した。店に入る前に自分が転んだことを。 

 そういえば、手のひらも膝も全く痛くない。え?え?え?とつるりとした手のひらを確認しながら動揺する奈緒子に、シロが察したように答えてくれた。


 「ここは現世うつしよとはつながってるけど現世ではないからな。現世のお前は怪我をしているけれど、ここは夢の中のようなもんだ。痛みはない」


 夢のようなものと言われても……だとすると、夢を見ている私は今どうなっているのだ。


 「こらシロ。お客様にお前はだめですよ。全く常識がなってない。」


 ぶつぶつつぶやくマスターに、シロは「あんたに言われたくねーよ」と小さく反論する。

 そんな2人今までと変わらぬ様子に、奈緒子は、いや、奈緒子も亮も、なんだかここが現世だとか夢だとかどうでもよくなってきて、笑いがこみあげてくる。


 あはははは、と声を出しながら笑う2人に、シロは「おい、酔っぱらいども、これでも飲んどけ」と、今度は温かい緑茶をふるまってくれる。このシロ、どうも甲斐甲斐しい性格のようだ。このマスターのお目付け役ということだから、意外と苦労性なのだろうか。


 「そういえば、なんで神様が喫茶店を?」


 亮は既に疑うことをやめたようだ。面倒になったのかもしれない。茶を飲みながら発せられた亮の疑問に、確かに、と奈緒子は心の中で同意する。神様が喫茶店だなんて、存外俗物だ。


 「いえね、我々神も最近働き方改革というものをしておりまして、少しばかり『ぷらいべえと』な時間が増えたのですよ。それで、かねてより興味のあった喫茶店というものを開店してみたというわけです」

 「え、神様も働き方改革なんてしてるんですか?」

 「神というものは、いわば人の願いや思念に支えられた存在だ。だから、結構現世の動向に影響されるんだよ」


 奈緒子の質問に、シロが答える。神様たちが働き方改革……。あまりにイメージしていた神様像とかけ離れていて、笑いがこみあげてくる。もしかして神様の中にも社長的存在や部長的存在がいるのだろうか?中間管理職もいたり?

 思えば、この店に入った際に貼られていた張り紙もなんだかミスマッチだったし、人間目線で色々ずれている感じが、可愛く思えてくる。不思議と怖さはなかった。


 「じゃあ、店名はどなたが決めたんですか?」

 「ああ、それはシロが決めてくれたんですよ。私がね、神らしく、かつ押し付けがましくない店名にしてほしいといったら、どこで調べてきたのかフランス語の店名をつけてくれまして」

 「あんた最初は『喫茶お望みのままに』とかつけようとしてたもんな」


 秋葉原感がする名前に、ぷぷーと奈緒子と亮はそろって噴き出す。シロは確実に苦労性確定だ。というか神使はフランス語にまで精通しているのか。フランス語を選ぶ当たり、シロのセンスに任せた方が色々正解な気がする。


 「神も因果な商売ですからねえ。こうしてここで面白いはな…興味深い話を聞いて、『りふれっしゅ』しているわけです」

 「今絶対面白いっていいましたよね!?」

 「『もしよければ』とかいいながら趣味で客選んでるから、高確率でネタ持ちのやつが選ばれてるのは間違いないな」

 「これっシロっ」


 マスターが焦ってシロを呼ぶ様子は、まるで飼い犬を叱る飼い主のようで笑える。


 「私、確実に婚活のネタ持ちだから選ばれてますよね。ついこの間神頼みしたばかりだし」


 そうじとっとマスターを見やれば、すーっと目を逸らされる。


 「そうだ、もしかして亮さんも何か神様にお願いごとしてたんですか?」


 奈緒子が隣の亮に尋ねる。え?あーそういえば、と目線を上にやりながら、亮が話し始めた。

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