第3話
はじめての婚活パーティーは、婚活アプリの登録を手取り足取り教えてくれた友人、葉山梢と連れ立って参加した。
梢は高校の同級生であり、卒業後も年に数回は会う中であるが、お互いに婚活を始めたということもあって、最近はやりとりの頻度が急激に増えている。
「今日の会場はここかな?」
そう呟きながらさっさとホテルに入っていく梢に、小走りでついて行く。梢は元々バスケ部ということもあって、歩くのが異常に早いのだ。身長もあるし、ショートボブの髪型がとてもよく似合っている、かっこいい系の女性だ。
対して自分は、セミロングの髪に中肉中背の平均身長、街中を歩いていると人ごみに紛れる系。自分で考えてちょっと落ち込む。
「あったあった。これこれ」
『婚活パーティー会場はこちら』という看板を見つけ、ホテル内の一室に入っていく。あからさまに婚活をしているということが分かるようになっているその仕様に腰が引け気味な奈緒子とは違い、既に何度も婚活パーティーに参加している梢は、全く気にすることなくずんずん部屋の中に進んでいく。
パーティー主催者サイドの人間だろうか?女性と男性が一人ずつ、受付がわりのテーブルの前に座って喋っていた。
名前を聞かれ、受付を済ませ、「お好きな席へどうぞ。」と言われた二人は、円形に並べられた席の内、隣り合わせの席を選び着座した。
席についた後は、渡された自己紹介カードを埋めていく。名前、職業、収入、趣味、理想のタイプ…婚活において確認されるお決まりの情報だ。
自分のカードを埋めた後、会場を眺める。続々と人が入ってきて、男女共にそれなりに席が埋まってきた。これだけの人たちが結婚を目指して出会いを探しているのだと思うと、少し不思議な気持ちになる。求めている人はたくさんいるのに、実現できる人はほんの僅かなのだ。ままならない。
会場を眺めていた奈緒子の目が、とある一人の男性に留まる。
顔立ちはそれなりに整っている。30代だろうか?それほど奈緒子とは変わらない年齢かもしれない。普通に街中を歩いている分には、もしかしたら奈緒子のストライクゾーンに入ってくるかもしれないという風貌だった。
だが、奈緒子の目に留まったのはそれが理由ではなかった。
男性の目が、信じられないくらい、死んでいた。
死んでいる魚のような目と言ったらいいだろうか。まったく光が入っていない。怖い。
背もたれにだら~っともたれかかり、両手を膝の上で組んで、どこを見ているのか分からないような死んだ目。
もう一度言うが、怖い。
友人にでも誘われて無理やり参加しているのだろうか?その割に、まわりに友人らしき人はいないようだ。
しばらくして、司会者のしきりで婚活パーティーが開始した。一人2分から3分ずつ、男性が順番に席をうつりながら会話していく。
名前、趣味、好きなこと…当たり障りのない会話をしながら興味のあるなしを振り分けつつ、手元のメモに番号をメモしてく。そう、番号である。全員に番号が振られているのだ。なんだか商品になったような気分である。
ひとり、またひとりと男性が目の前を通過していく。まったく心惹かれる男性がおらず、顔すらら覚えられない。そうしているうちに、あの男性が近づいてくるのが見えた。
現在隣の梢の前に座っている。相変わらず背骨がないの?と聞きたくなるくらいの姿勢で椅子に腰かけている。そしてあの目。やはり目が死んでいる。空虚、という言葉がぴったりだ。
「それでは、次の方とお話を始めてください」
そう司会の男性が声をかけた瞬間だった。
今までの様子が嘘のように、あの男性の背筋がシャンと伸び、目に光が入り、梢にあれこれと質問をし始めたのだ。
奈緒子は、あまりの落差に動揺が隠し切れず、目の前にいる男性からの質問が頭に入ってこない。しどろもどろで答えつつ、気になるのは隣で梢と話しているあの男性だ。
こわい。落差がこわすぎる。隣の男性のハキハキとした声が耳に届く。
「はじめまして、佐藤といいます。趣味は……」
婚活パーティーが終わり、会場を後にした奈緒子と梢は、近くのカフェで少し休むことにした。カフェで注文したコーヒーを飲みながら、梢は元気に話し続けている。
「どうだった?奈緒子、誰か気になる人はいた?」
奈緒子は少し迷った後、佐藤のことを思い出して答えた。
「うーん、特にこれっていう人はいなかったかな。でも、一人だけ、ちょっと変わった人がいなかった?」
「変わった人?どんな?」
「佐藤さんて言ったかな。話してないときの目がね、すごく真っ黒で…何かこわかった」
梢は少し考え込んだ後、「ああ、なんかいたような……」とつぶやく。
「割と顔はよかったよね。奈緒子、もしかしたらそれって彼のこと気になってるだけなのかもしれないよ。連絡してみたら?」
「いや、それはないよ」
奈緒子は梢の前向きというか無責任な言葉に少しいらっとしながらも、受け流す。またどこかの会場で会うかもしれないと思うと憂鬱だな……と思いながら、コーヒーの苦みで憂鬱な気持ちを流し込んだのだった。
◾️
「え、なにその男。こわ」
シロがドン引きした様子でつぶやく。さもありなん。
ちょっと話してみて分かったことだが、このシロ、一応客である奈緒子に対しても終始この対応。店員というより、友達である。
ただ、バーの店員にもこんな感じのタイプは多かったし、あまり気にならなかった。
「結局友人の次にその人と話したんですけど、やっぱり待ち時間はスイッチオフ、話始めると急にスイッチオンという感じで、こわすぎてあまりちゃんと話せなかったんですよね。色々理解できなくて兎に角こわかったです。」
「そうですか、確かに、人は自分の理解できないものに恐怖を抱くものですからねえ」
そうのんびり呟くマスターに、「そうですよね」と奈緒子も返す。梢には自分が感じた「怖い」という感情にあまり共感してもらえなかったので、自分の気持ちを肯定してもらえて、嬉しい。
マスターの横でシロがぽそりと「他人事感……」と呟いていたが、奈緒子の耳には届かなかった。
「結局そのあと婚活パーティーに2、3回参加したんですけど、普段出会わないような人たちと話すことになるので気疲れしちゃって。何回か同じ人に会うこともあって気まずかったし。私には合わないのかもしれないな、と思ってそれから足が遠のいてます」
「ちなみにその梢っていう友達はどうだったんだよ?」
と、シロが問う。
「あ、梢は、婚活パーティーで出会った人とお付き合いしていて、もうそろそろ結婚しそうです。彼女は元々社交的で、知らない人と喋るのも『色んな人を観察できて面白い』って言ってましたから」
「なるほどなあ。婚活ってやつはそのくらいの感じで臨むのがいいのかもな」
「ですね、私は正直疲れちゃって。私があまりに疲れている様子を見かねた会社の後輩がディナークルーズに誘ってくれたんですけど、そこでもまた色々ありまして……全然いいことないんですよね」
奈緒子はあははと苦笑する。
「お前、ネタの宝庫だな」
「ネタの宝庫、いいじゃないですか。その『でぃなーくるーず』ではなにがあったんです?」
シロの突っ込みに、マスターがなぜか嬉しそうに笑いながら奈緒子に問いかける。奈緒子とて、ネタを作りたくて作っているのではない。ただ、結婚できそうな相手を見つけたいだけなのですにも関わらず、結果的に、ネタがあちらから寄ってくるのだ。