絵美瑠との対面
なんとか泣き止ませた絵美瑠と、まだもう一枚ハンカチを忍ばせて構える初名。
両者は向かい合って、正座していた。百花の家の中で、間に入る者もいない中、初名は逃げ道を塞ぐという少々強引な方法で、何とか絵美瑠を鎮めることには成功したのだった。
「え、えーと……」
「はい!」
初名がちょっと声をかけただけで、絵美瑠は姿勢を正した。自分も同じような癖はあるのだが、自分に対してされると妙に気恥ずかしい。
だが絵美瑠の瞳は、まっすぐに初名に向いていた。怯えていたのかと思うと、一転して、今はキラキラしている。おやつを待つ子供のようだった。
(何を期待されてるんだろう……)
かえって言い出しづらくなってきた中、絵美瑠がぐいっと顔を近づけてきた。痺れを切らしたらしい。
「あの……小阪さん……」
「は、はい、何でしょう?」
「あのぅ……その……き……」
「き?」
その口から飛び出すのは恨み言か、それとも謝罪か……いずれにせよ、初名はぐっと息をのんだ。絵美瑠の方も、意を決したように、叫ぶように言った。
「キレイになりましたね!」
「……へ?」
何を言われたのか理解できずに唖然としている初名を見て、怒らせたと思ったのか、絵美瑠は慌てて弁明し始めた。
「あ、いや違うんです! 前がキレイちゃうかったとかそういうんやなくて、服装とかお化粧とか髪型とか、去年と全然違ってオシャレやなぁいいなぁて思って……いや制服と道着しか知らんのですけど!」
「あ……ありがとう?」
「ち、違うんですよ。上から目線で言うたんとホンマに違うんです。ただ、うち昔から小阪さん凄いなて思ってたんです。それがこの前、直に会うてみたら、凄い上にキレイとかもう出来すぎやないですか。それで……」
「それで、逃げたの?」
絵美瑠はまた弁明しようとしたが……諦めて、こくんと頷いた。
「それはつまり……恥ずかしかったってこと?」
絵美瑠はまた、こくんと頷いた。
「怒ってたとか、怖いとかじゃなく?」
絵美瑠は、ぶんぶん頭を振って頷いた。
「なんで怒るんですか。それに怖いやなんて! うちホンマに小阪さん凄いってずっと思てたんですよ」
「でも……笹野さんには会いたくないって言ってたんじゃ……?」
笹野の名前を出すと、絵美瑠の紅潮した頬がいい気に青ざめていった。
「笹ちゃん先輩は……その……いざ会ってみるとどうしてええかわからんようになって、ついあんなこと言うてしもて……」
この様子だと、笹野本人からこってり絞られたのだろう。初名と話していた時の怒りっぷりも相当なものだった。
(明日も同じ授業だし、フォローしないと……)
そして初名は、一歩、距離を詰めた。びくっと体を震わせる絵美瑠の顔をそっと覗き込んで、尋ねた。
「都築さんは、絵美瑠ちゃん……ですよね? 昔、同じ剣友会にいた、あの……?」
「は、はい」
「だったら、どうして私と『顔を合わせられない』の?」
はっとして顔を上げる絵美瑠に、初名は小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。ラウルさんから聞いたの。私が絵美瑠ちゃんのことを忘れちゃってたこと、本当にごめんなさい。でも、それなら顔を合わせられないのは私の方だよね。どうして、都築さんが顔を合わせられないの?」
そう問われて俯く絵美瑠の顔を見て、初名はしまった、と思った。彼女の面持ちは、百花に昨年の試合での出来事を訊ねられた時の自分と似ていると感じた。
彼女もまた、何かを背負っていたのだ。
初名は、やはり止めようと思った。だがそれより先に、絵美瑠が意を決したように、語り始めた。
「だって……小阪さん、うちのせいで試合出られへんようになってんもん」




