清友の応援
清友は、あの雨の日と同じように、初名の目の前に立っていた。ふわりと、木漏れ日のように温かな瞳で、見つめていた。
だが、「どうしたの」とは尋ねなかった。初名がここを訪れた理由を、知っているかのようだった。
「清友さんに、会いに来ました」
清友は、返事の代わりにふわりと微笑んだ。
すると、黙ったまま数歩歩き、芝生に並ぶベンチにちょこんと腰掛けた。そして、自分の隣をトントンと叩いて見せた。
「おいで」
初名は、頷いて、それに従った。
夜の闇に覆われた空の下でも、境内は明るかった。社務所が閉じた後も、境内は開いているからということもある。だが周囲の繁華街の灯りが、昼の太陽の代わりに煌々と照らしてくれているから、ということも理由の一つだと、初名は思っていた。
そのおかげで、清友の穏やかな笑みがはっきりと見えた。
「あの……その節は、ありがとうございました」
「何のこと?」
首をかしげる清友に、初名は鞄についていたお守りを、はずして見せた。
「あの時……私の怪我を治してくれましたよね。おかげで、試合に出られました。ずっと、お礼を言おうと思っていたんです」
「お礼なら、何回も言うてくれてたやないか。僕、ずぅっと聞いとったで」
清友は、どこか照れたような笑みを浮かべた。落ち着きがなくなったように足をパタパタさせ始めたところは、見た目通りの子供のようだった。
「でも……君が今、一番治したいのは、足ではないやろ?」
確信をついた一言に、初名は声ではなく、頷きで返答した。
「ごめんな、僕は体についた傷や病気は治せるけど、心の傷は治せへんのや。ホンマに、ごめん」
清友はそう言うと。深く頭を下げた。
「そ、そんな……! そんなこと、お願いする気なんかなかったです! それに、心の傷なんて……」
「……自分で、わかってへんの?」
「な、何をですか?」
「君も、傷ついてるいうことに」
初名の瞳を、清友の瞳が覗き込む。そこに自分自身の姿が映し出されて、初名は自身と向き合っていた。
清友が今言ったことを、百花にも言われたことを思い出した。あの時も、自分はこんな顔をしていたのだろうか。
だけど初名の脳裏には、すぐに別の顔が思い浮かんだ。初名の顔を見て、悲鳴をあげるように叫んで逃げた、都築絵美瑠の顔が。
「……傷ついたとは、思います。でもやっぱり、あの子の方が、もっともっと辛かったと思うから」
「|あの子≪・・・≫の方が辛かったら、君の傷はなかったことになるん?」
清友の瞳が、悲しそうに揺れた。
その眼差しが、胸の深くに突き刺さったような感覚を覚えた。
「それに……|あの子≪・・・≫の方も、同じように思てるかもしれへんよ」
「え……同じようにって……?」
「自分より、初名の方がずっと傷ついてる……そう思てるかもしれへん」
「どうして、そんな……」
驚いたように言うと、清友はその先を告げる口をつぐむように小さく笑った。
「それは、自分で聞いてみたらええよ」
「ああ、でも……今ちょっとあの子と会える手段がなかなかなくて……」
「どうして? |あそこ≪・・・≫で会える人なんやろ?」
「そ、そうですけど、顔合わせたら逃げられて……横丁にも出入り禁止になっちゃいまして、ちょっと打つ手なしな状態です」
初名が自虐めいた笑みを浮かべると、今度は清友の方が驚いていた。
「出入り禁止? どうして? 風見がそんなことをしたん?」
続けざまに浴びせられる問いに、初名はどう答えようか戸惑っていた。すると、初名が答えるよりも先に、清友が答えを出していた。
「ああ、そうか……二人の問題は、横丁とは無関係か……」
「はい。そう言われました」
「……風見は、相変わらずやなぁ。正義感が強くて、つい厳しくしすぎてまう……」
そう言いながらも、清友はほんの少し嬉しそうに見えた。懐かしい友の姿が、思い浮かんでいるようだ。
「でも元々、あそこで出会えるなんて思ってなかったんですから、いいんです。これからも気長に猛アタックするのみです。幸い、協力してくれそうな人も見つかりましたから」
「そう……ほな、頑張る初名を、ちょびっとだけ応援するわ」
「お、応援?」
清友は初名との距離をぐっと詰めて、腕が触れあいそうな距離まで近づいた。そして、耳元でそっと囁いた。
「明日、大学が終わったら、いつもの横丁の入り口のあたりで待っとき。きっと、ええことがあるから」
「ええこと? もしかして、都築さんが?」
「それは、わからんけど」
清友は、ふふ、と悪戯っぽく笑ったまま、詳しくは言おうとしなかった。
だがその笑みが、不思議と彼の言ったことの信憑性を増しているようにも見えたのだった。
(明日、あの場所で……)




