都築 絵美瑠
「小阪、初名さん……?」
「|都築≪つづき≫|……絵美瑠≪えみる≫さん……!」
二人の視線と、言葉が、交わった。互いに目を見開き、相手の姿を瞳の中いっぱいに映している。
そんな中、戸口の向こうからややのんびりした声が聞こえてきた。
「ああ、そうか。去年の大会の団体戦で対戦したのって、初名ちゃんやったんか、絵美瑠」
その言葉で身を強ばらせたのは、初名と絵美瑠、両方だった。
だが、ここで怯んではいけない。ようやく訪れた機会を無駄にしてはいけない。初名はそう思い、意を決した。
「あの、都築さん……」
「い、いや、その……」
初名が声を掛けると、絵美瑠はまるで怯える小動物のようにぴくりと退いた。そして……
「ご……ごめんなさいーっ!!!!」
ーーと、力の限り叫んで、あっという間に店から飛び出して行ってしまった。
「……へ?」
唖然としていたのは、初名だけではなかった。店の前に集まっていた面々も、傍で見ていた風見ですらも、何がどうなったのか、理解できていないようだった。
「何や、あいつ……何で逃げたん?」
「ど、どうしてなんでしょう?」
確か、笹野曰く、「会いたい」と言ってくれていたとのことだったが……聞き違いだったんだろうか。
首をかしげているばかりの初名を置いて、風見はラウルを呼び寄せた。
「おい、ラウル。お前の娘、どないなっとんねん」
「いやぁ……おかしいなぁ。僕にもようわかりませんわ、ははは……」
「”ははは”ちゃうわ。絵美瑠と初名が知り合いやったって、知っとったんか?」
「言われてみれば、『小阪初名さん』て名前は何回か聞いた気はしますけど……東京の人やって聞いてたから、初名ちゃんと同一人物やとは思てませんでしたわ。世間は狭いですなぁ」
あくまでのんびりした空気を崩さないラウルに、風見はほんの少しイラッとしているように見えた。ちょっとだけつり上がった目を、今度は初名に向けた。
「ほんで、どういう知り合いやねん? あいつが逃げた理由は、何か心当たりあるか?」
「は、はい……あります」
そう答えたものの、初名の顔が明らかに沈んだ様子に気付いたのか、風見は店の外にいる面々に向けて手を振って見せた。
「おーい、こっちはもう大丈夫や。百花もこの通り、なんとか生きとる。解散や、解散!」
風見がそう言うなり、外にいた人たちは散り散りになっていった。後に残ったのは、弥次郎と辰三とラウルのみ。
風見は肩に蜘蛛の百花を乗せて、初名の手を引いた。
「まぁ、ここでは何やから、俺の家で話そか」
「はい……」
初名は、それに従った。先ほどまで百花がいた部屋で話し合うのは気が引けたのだった。
******
向かった先は風見の家。横丁入り口にもっとも近く、横丁の中でもっとも大きな建物だった。どこか神社の拝殿のようにも見える。
中に入ると、いきなり大きな広間が出迎えてくれる。その光景には見覚えがあった。初めて横丁に来た際に、風見をはじめ横丁の面々が集まって会合を開いていた場所だ。月に一度、ああやって集まるのだと聞いた。それ以外にも、困りごとがあった歳は、ここで風見と話をするとか、何もなくても訪れてお茶をすすっているとか、とにかく用途は多いらしい。
今、絵美瑠と初名の関係について問いただす場としても、使われている。
今はもう、百花はあのときのように抱きしめてくれたりはできない。今は、自分一人で自分の過去と向き合わなければならない時なのだ。
そう思い、初名は語った。昨年の夏の試合で、いったい何が起こったのか。
風見たちは、決して口を挟むことなく、静かに耳を傾けていた。
「……なるほど、な」
風見がそう言って息をついたのが、合図だった。ラウルも弥次郎も辰三も、うーんと、唸って考え込んでしまった。
沈黙を破ったのは、風見だった。
「ラウル、絵美瑠の怪我はどないなったんや?」
「もう完治してます。ただ、剣道部はやめてしもたみたいですね。何でかは言うてくれへんのですけど」
「ふぅむ、なるほどなぁ……で、初名は何とかして謝って罪滅ぼししようと、絵美瑠がおる高校の進学先の大学に来た、と」
「そうです」
「そうか。ほんなら……」
腕を組み、眉間にしわを寄せた風見が、大きく目を見開いて初名を見据えた。自然と、初名の背筋が伸びた。
「初名、絵美瑠とのこじれた関係が修復できるまで、この横丁は出入り禁止にする」
「…………へ!?」




