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大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
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お別れの時

 針が血管も肉も貫き通すほどの力で、針を振り下ろした。

 だが、どうしてか痛みは感じなかった。代わりに感じたのは、誰かに強く掴まれている圧迫感だった。

「やめんか、アホ」

 そう言って、銀色の影が、初名を見下ろしていた。

「風見さん……」

 風見は初名の手のひらから針を引き抜くと、腕を掴んだまま奥へと向かった。

「風見さん、ありがとう……ホンマ、無茶する子やわ」

「ホンマにな」

 百花と風見は、揃って顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。

「だ、だって……」

「ホンマにやめて。うちは……あんたの血や肉なんて、食べとうないねんから」

 そう、きっぱりと百花は言い放った。同時に、体を引きずりながら起こした。

 細く青い腕を見せないよう努めながら、凜とした佇まいを見せている。

「さっき、えらい嬉しそうやったねぇ。なんや、ええことがあったん?」

 百花は、優しい声音で、鈴を転がすようにそう尋ねた。ちらりと風見を見ると、風見もまた、小さく頷いて見せた。

 初名は、改めて百花の正面に座り直した。

「はい。あの子に、会えることになったんです。今度、そうしてくれるって、笹野さんが……」

「笹野さん……そうか、ええ人と知り合えたなぁ」

「はい……!」

「気持ち、通じるとええなぁ……」

「は、はぃ………」

 頷くと同時に、初名の声は震えてかすれた。視界がぼやけて、目頭が燃えるように熱かった。

「百花さん、血を、飲んで下さい。私なら大丈夫です」

 だが、百花は頭を振った。

「どうしてですか。私は、もっとお話がしたいんです。あの子のことも聞いて欲しい、おばあちゃんのことも聞きたい、お裁縫も教えて欲しいし、お化粧も……まだまだたくさん教えてほしいことがあるんです。だから……ちょっとでも、生き延びてほしいんです」

「……それでも、あかん」

 鮮やかな花のように真っ赤な襦袢が、初名の方に近寄ってきた。百花は、袖で初名の頬を拭うと、初名の手をそっと握った。

「うちは、あんたと友達でいたいんや」

「百花さん……」

「お願い」

 悔しくて悲しくて、固く握りしめていた手のひらが、じんわり温かくなって、解けていくようだった。

 初名は、そっと握り返すしか、できなかった。

 だが、そっと触れた指先から、ぬくもりがぽろぽろとこぼれ落ちていった。

 こぼれていったのは、百花の肌だった。

「ああ……やっぱり、もうアカンかなぁ」

 人ごとのようにそう言って笑う百花は、崩れ落ちていく自分の体をぼんやりと眺めていた。

「だ、ダメです! まだ……ダメなんです!」

「うふふ。うち、あんたのおばあちゃんよりもずっと年上なんよ? あんたのおばあちゃんが亡くなってんから、うちの番が来てもなんもおかしくないわ」

「それでもダメなんです……!」

 こぼれ落ちていく百花を引き留めようと、初名は必死にその体を抱きしめた。だが、空しく崩れていくだけだった。

 百花の真っ赤な襦袢に、涙がしみこんでさらに赤いシミを作っていく。

 それがどれほど幸福であるか、そしてその幸福を二度も得られたことがどれほどの僥倖か。それを考え、百花は最期の時に恍惚の笑みを浮かべていた。

 だが、その百花の前に影が差した。

 あらゆる光を受けて様々に色を変える、銀色の影……風見が。

「百花、ええのか?」

「ええに決まってます」

「ホンマに、そう思うか?」

 風見の言葉は、どこか鋭かった。百花に最期の瞬間を、問うていた。

「……ホンマは、良うない。もっとここに居たかったけど……しゃあないやないの」

「……そうか。”ここに居たい”か」

 か細いため息をこぼす百花を、風見は真夏の陽光のような視線で見下ろしていた。どうしてか、うっすら笑みを浮かべている。


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