百花の告白
「百花さん……」
「百花、お前……」
驚くと同時に、どこか気まずい空気になった初名と風見を見て、百花はクスクス笑った。
「いややわ、二人して熱ぅなって。うちのために、そんなケンカせんといてぇな」
どこから話を聞いていたのだろうか。初名は思わず俯いてしまった。そんな初名の顔を覗き込んで、百花は頬を撫でた。
「なんや、嫌な思いさせてしもたね」
「そんなことは……!」
「ええんよ、そう思て当然なんやから」
本当にそんなことは思っていない、そう否定しようとした。だが百花は、よしよしと頭を撫でるばかりだった。
そして、風見とラウルの方も向き直った。
「そやけど自分のことは、きちんと自分で話す。もうお手間かけませんよって……初名ちゃん、場所、変えよか」
心配そうにこちらを見つめる琴子と礼司の顔を見て、初名は頷いた。
立ち上がりかけたその時、初名の腕を、正面にいた風見が掴んだ。
「俺も立ち会う」
百花の顔に浮かんでいた笑みが、ほんの少しだけ、悲しそうに滲んだように見えた。
「もう、信用してくれへんのやね、風見さん」
「俺は、ここの世話役や。全員を守る義務がある……全員を、や」
風見は、初名とラウル、そして百花と順に視線を送っていた。
「信用するんと、見過ごすんは、大きく違うんやないか?」
百花は、小さく頷いて、初名と風見の先頭に立って、歩き出した。風見もそれに付いて歩き出し、続いて行こうとした初名の前に、ラウルが遠慮がちに立った。
「初名ちゃん、申し訳ない」
そう、深々と頭を下げるラウルに、百花への他意などないのだとわかった。
「百花さんは、うちの娘にもホンマに良うしてくれた。そやからきっと初名ちゃんのことも……それやのに……」
「私はいいです。後で、一緒に百花さんに謝りましょう」
ラウルにそう言い置いて、初名は店を後にした。
きっと、自分も謝らなければならないと初名は思っていた。風見やラウルの話を聞いて反発していたが、心のどこかでは、風見の言っていた|最悪の状況≪・・・・・≫を想像してしまったのだから。
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「さて、何から話そうかなぁ。何話したらいいと思う、風見さん?」
『仕立屋 太夫』に戻ると、百花はゆったりと座りながら、そう尋ねた。そんな百花とは対照的に、風見は初名や百花には背を向けたまま座り込んでいた。
「俺は立ち会いはするけど口は挟まん。好きに話したらええ」
「……やって。何が聞きたい、初名ちゃん?」
その声は、ゆったりとしていて優雅にも聞こえるが、初名にはどこかいつもと違って聞こえた。いつもよりも、ずっと沈んだ声のようだった。
だから、今の気持ちを隠さずにハッキリと尋ねることにしたのだった。、
「おばあちゃんのこと、話して欲しいです。どんな風に過ごしてたか、どうして……ここに来なくなったのか」
「……そうやねぇ」
「あと、百花さんはおばあちゃんのことを、本当はどう思っていたのか」
百花の眉がぴくりと跳ねて、そして悲しそうに垂れていった。初名までが百花のことを疑うようなことを言った。百花を、悲しませてしまった。
だけど、初名は百花を信じたかった。だから、尋ねることにした。
百花は、しばし考え込んだ後、静かに告げた。
「あの子は……梅子は、うちの……友達……」
その言葉に、初名の心がふわりと軽くなった。が、百花は続けた。
「友達になれたかもしれへん子。でも、無理やった。うちはあの子を、喰おうとしてしもたんやから」




