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大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
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風見の警告

「百花さんと一緒におって、君は平気か?」

「それって、どういう意味ですか?」

 ラウルが言葉を飲み込む様子が見えた。

 初名は、自分が噛み殺してしまいそうな怒気を纏っていることに、自分で気付いていなかった。

 ラウルは唇を噛み、再び口の中で言葉を選んでいる。その背後から、ひんやりとした声が聞こえた。

「俺から話す」

 風見の声だった。いつものように陽気な空気はなく、冷徹で重厚な空気を纏っていた。風見はラウルを奥の席に追いやり、自分が初名の正面に座った。

「まず、ラウルのことを悪く思わんといたってくれ。ちゃんとした理由があった上で、悪意は一切ない。もちろん、百花を貶めるつもりもない。それだけ、言うとく」

「だから、その理由っていうのを早く聞かせてください」

 風見にまでこんなに突っかかる物言いをしたことは、初めてだった。そのことに自分で驚きながらも、決して引き下がる様子を見せずに、初名は構えた。

「まず、百花がどういうあやかしか、知っとるか?」

「……確か|絡新婦≪じょろうぐも≫って仰ってました」

「絡新婦いうんは、男を誘い込んでその肉を喰らう人食いのあやかしや。男のせいであんなことになったんやから、それも頷けることやな」 

「それが、何か?」

「今はどうやって”食事”しとると思う?」

「どうやってって……」

 聞いた話では、ラウルは家族に協力して貰っている。辰三は目に見えないものを喰らっているから、地下街などでこっそり摂取できている。

 では、人の肉を喰らう者は、どうしているのか。

「無宿者や、罪を犯して逃げてきたような|者≪もん≫を喰らっとった……昔はな」

「昔は……じゃあ今は?」

 風見は、静かに|頭≪かぶり≫を振った。

「喰うてへん……この五十年ほど、ただの一欠片も。血の一滴すらも、な」

 その言葉で、初名は初めて会った時の百花の様子を思い出した。

 真っ白でか細い腕、乱れた髪、かすれた声、ぼんやりした視線。体を壊したと、百花は言っていた。いったい何の病で、とは聞かなかった。

「あいつは、ずっと飢えに苦しんどる。ある時から、ぱったりと食事をとらんようになったせいでな」

「ど、どうして……ですか?」

 戦後すぐは梅田界隈も混乱状態だったという。人聞きの悪い言い方ではあるが、百花の|餌≪・≫は、見つからないこともなかったと言える。

 では何故、飢え始めたのか。

 初名は、うっすらと思い当たることがあった。だが、口に出すのが、恐ろしかった。

 それを口にしてくれたのは、風見だった。

「俺が禁じた。何故なら、あいつはこの横丁の|客人≪・・≫を喰おうとしたからや。その客人とは、当時お前と同い年くらいの娘やった者で、お前の祖母にあたる人間や」

「……おばあちゃん……?」

 風見は、静かに頷いた。

「百花さんが、おばあちゃんを、食べようとした……?」

「ああ、そうや。だから梅子にも、もう来るなって言うた」

 信じられなくて、初名は思わず風見から視線を逸らせた。俯いた初名の視界に入ったのは、自分の手のひらだけだった。

「で、でもこれ……昨日、怪我した時、薬を塗ってくれましたよ。血を舐めるような素振りなんて一切なくて、ごく自然に、すぐに手当てしてくれて……!」

 風見とラウルが、絆創膏の貼られた指先をまじまじと見つめた。まだ怪訝な表情は残っているものの、二人揃って頷いた。

「確かに、何も起こってないね」

「そうやな、あいつも長年の間に何かしら変わったんかもしれへんな」

「だったら……」

「そやけどな、昨日は無事でも今日はわからん。今日は無事でも、明日は? 明後日は? 人を喰いたい欲求いうんは、お前にとっての食事と何も変わらん。お前は三日飲まず食わずでいた後に目の前に食べ物出されて、さらにあと三日耐えられるか?」

「だったらどうしろって言うんですか。私も、もうここに来るなって言うんですか!」

「それも致し方ないとは思うとる」

「そんなの横暴です! いくら何でも、私にまでそんなこと言う権利は……!」

「お前のためだけやない。百花のためでもあるから言うてるんや。|最悪の状況≪・・・・・≫になってからやったら何もかも遅すぎるんや! お前にも梅子にも、百花自身にも顔向けできへんやろが!」

 初名の視線と風見の視線が、真正面からぶつかり合った。互いに、一歩も退く気はなかった。烈しい怒気のせめぎ合いに、ラウルがたまらず立ち上がった。

「ま、まあまあ……風見さん、そんな声荒らげんと。初名ちゃんも、な?」

 少しでも空気を和らげようとしたが、今ばかりは無理だった。

「僕がいらんこと言うたばかりに申し訳ない。そやから二人とも、頼むから一旦落ち着いて、な?」

「……ほんまに、いらんこと言うてくれたなぁ、ラウルさん」

 その凜とした声が、初名と風見の|滾≪たぎ≫った空気を冷ました。

 二人が同時に声の主を振り返る。そこには、想像していた通りの人物、百花が立っていたのだった。


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