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大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
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お礼を言いに

 大学構内を歩いていると、四方から賑やかな声が聞こえてくる。

 その数が高校の頃よりも格段に増えたことに、初名はまず驚いていたものだが、最近はようやく喧噪に慣れてきたところだ。

 だが、耳に入ると、ふと足を止めてしまう音もある。

 体育館の方から聞こえてくる稽古の音だ。剣道部は朝と夕、二度の稽古があると部活動の紹介冊子に書いてあった。

 床を踏みならす音、竹刀と竹刀がぶつかり合う音、心技体を表すかけ声……どれも、半年ほど前まで自分も間近で耳にしていた音だ。

 正直、その音を聞くと、体が疼く。

 両手を構えて、間合いを詰め、呼吸を整え、そして一気に討つーー!

 それがしたくて、でもできなくて、葛藤していた。だが、今日は少し違った。

 また始めてみようとは、まだ思えない。それでも、疼く手を必死に押さえつける苦しみは、ほんの少し和らいだ。

『ずぅっと、苦しかったなぁ』

 きっと、そう言ってもらえたからだ。

 初名は小さく息を吐き出し、それらの音に背を向けて、駅へ向かって歩き出した。


******


 横丁へとやってくると、初名は迷わず『仕立屋 太夫』の前に立った。だが、なかなか入ることが出来ない。

 昨日のことを思い出すと、なんだか気恥ずかしくて、いつも通りに戸を開けることができなかった。

 いくら祖母と友達だった人とはいえ、あんなに子供のように甘えて、泣きついてしまった。百花の綺麗な着物を、自分の涙と鼻水で汚してしまった。そう考えると、到底顔向けできなかった。ということに、ここに来てようやく気付いてしまったのだ。

(私ってば何てことを……! クリーニングしなきゃ……それに手土産の一つでも持ってくるべきだった……!)

 慌てて来た道を戻ろうとした、その時だった。

「初名ちゃん?」

 低く、きれいな響きの、男性の声だった。

 横丁の入り口に立っていたのは、ラウルだった。相変わらず、柔らかな表情で微笑む。

「この前はごめんな。怖がらせてしもて……風見さんに、えらい怒られたわ」

「い、いえ……お気になさらず」

 そうは言ったものの、初名は一歩退いた。やはり喰われかけた恐怖は、なかなか拭えないのだ。だが、ふと奇妙な既視感にも見舞われた。

(こんな怖い感覚……どこかで……)

 兄に置き去りにされたお化け屋敷とも違う、命の危機を感じた恐怖だ。

 だが、今のまったく悪意のないラウルは、初名のそんな恐怖心を飛び越えてぐいぐい近づいてくる。

「怖い思いさせたお詫びにお茶でもごちそうするわ」

「え、結構です」

 反射のスピードで断ったというのに、ラウルはニコニコと遮った。

「大丈夫やって。琴ちゃんとこに行こう。ちょうど美味しいお菓子買ってきたから、一緒に食べよ」

 初名が頷くよりも先に、ラウルは腕を掴んでぐいぐい引っ張って歩き出した。傍から見ればかなり強引で、この様子も風見が見たら怒りそうなものだが……今はラウルに従うよりほかなかった。


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