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大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
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逃亡!

 店を出てすぐに、初名は入り口の方へと走った。もう何度も通っているおかげで迷わなくなった。それだけは良かった。

 だが、何度も通ったおかげでこうして逃げる羽目にもなっている。

「ま、待って初名ちゃん……! お願いや、ほんのちょっとだけ」

「い、嫌です!」

 こんな情けないことを言いながら追いかけっこをする羽目になるとは、ほんの数ヶ月前には考えもしなかった。

 本のページで指を切ってしまったのは初名のおっちょこちょいのせいだ。それにラウルのおかげでレポートを無事に書き終えることも出来た。

 だがこうして追いかけられるような事態に陥った。

 初名には、もう良いのか悪いのか、考えられない。

 とりあえず今追いかけられている状況が、以前兄に置いてけぼりにされたお化け屋敷よりもずっと怖いということだけは確かだった。

「おう初名。珍しいな」

「風見さんすみませんまた今度!」

 初名はそう一気に捲し立て、風より速く走り去った。

(横丁はまっすぐだから角を曲がって撒くってことも出来ないし、どうすれば……!)

 と、その時、背後でどすんという音が聞こえた。それと同時に、追いかけてくる足音も聞こえない。

(よくわからないけど、今だ……!)

 初名は横丁を一気に走り抜けた。視界に入った階段を駆け上がれば、あとは一気に駅まで走るだけ。

 そう思った、その時だった。

 ぴたりと、足が止まった。足だけではない、腕も、胸も、腹も、頭も、全身が何かに掴まれたように動くことが出来なくなった。

「……え?」

 動かせるのは、かろうじて視線だけ。だがいくらキョロキョロと周りを見ても、何もわからない。自分がいきなり走っている最中という奇妙なポーズのままで停止しているということしか、わからなかった。

 そして更に不思議なことに、初名の体は停止したそのポーズのまま、ずる、ずる、と音を立てて引きずられていた。体が、確実にどこかへと引き寄せられている。視界に入っていた出口の階段が徐々に遠のいていた。

「ま、待っ……!」

 手を伸ばしても、もはや階段には手が届かない。やがてどこかの建物の中にまで引きずり込まれ、ぴしゃりと戸が閉められた。

 初名の視界は、うすぼんやりとした茜色すら映さない、真っ暗な闇に覆われた。


******


「……で? 何をしとったんや、ラウル?」

「いやぁ、ははは」

 初名が走っていた後方では、地面に転がったままのラウルと、それを見下ろす風見の姿があった。その横には様子を見に来た弥次郎と辰三までいる。

 ラウルの目には、初名を追いかけていたときのような狂気はなかった。途中で風見に足をひっかけられて派手に転んだせいで正気を取り戻したらしい。

「なんであいつ、逃げとったんや?」

「いやぁ、これ言うたら僕、追い出されるかもしれへんし」

「追い出されるようなこと、したんか? うん?」

「鋭いなぁ、さすが風見さんや」

 ごまかす気配しか感じないラウルに、風見はひときわ鋭い視線を向けた。ラウルは肩をすくめて、ため息まじりに吐きだした。

「あの子の血を見てしもて……ちょっとだけ、頂けへんかなぁと……すんません」

 諦めて頭を下げたラウルの頭を、風見はペチンとはたいた。

「アホ。|ここ≪・・≫では許さんて言うたやろ」

「面目ない」

「まあまあ、しゃあないって。ラウル、ここ最近”食事”してないんちゃうん。そら飢えるで」

 がっくりとうなだれるラウルを見て、ほんの少しだけ同情の目を向けたのは、辰三だった。彼もまた、どこかで餌を見つけなければならないからだろう。

「ああ、そうか。|絵美瑠≪エミル≫がしばらく来てへんのやったな」

「そう! そうやねん! あの子の持ってくる血だけが僕の生命線やのに……十八にもなったら娘はすっかり父親離れしてまうんやなぁ。悲しいわ」

「期末試験て言うてたやろ。お前こそ、父親なんやったら高校生のそういう事情ぐらい汲んだれや」

 呆れたように吐き捨てるように、風見は言った。

 その横で、ただ一人、弥次郎だけがじっと入り口の方を見つめ続けていた。初名が、逃げていった方向だ。

「どないしたんや、弥次郎?」

「いや、あの子……ちゃんと階段上ったんかいなと思て」

「ちゃんと向こうの方に走ってったで」

 風見がそう言っても、弥次郎はまだ何か気がかりがあるような視線を向けていた。

「いや、なんとなく……”食事”で気になってな」

「? 何がや?」

「……いや、まぁ大丈夫やろう」

 そう言って、弥次郎は視線を元に戻した。

 そして、ラウルの襟首をひっつかんで、もとのブックカフェまで引きずっていったのだった。


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