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大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
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吸血鬼のカフェ

 書籍蒐集はラウルの趣味だった。

 彼は吸血鬼として生きてきたものの、吸血衝動よりも強い知識欲に駆られていたらしい。そして人間よりも長い時間を、書を読んだり諸国を見聞することに費やした。日本に来たのも、その一環なのだ。

 この横丁に住まうあやかしたちは皆、初名が考えるよりもずっと長くこの世に留まって過ごしている。その時間をどう過ごしているかは、各々違うが、各々のできることを持ち寄って、この横丁という店の並びを形成していると言える。

 ラウルの店は、まさしく彼の知識の宝庫だった。

 この店の存在を知った時、初名は迷わずその恩恵に縋った。

 一発勝負の試験と違って、下調べも熟孝することも可能なレポートはまだ易しいと、初名は思っていた。図書館に行くまでは。

 数十人の生徒が同じ授業を受けているので、同じレポートが数十人に課せられている。とすると、必要とする資料もだいたい同じになるわけだ。そうなると、いかに大学の図書館が数百万冊の蔵書を誇っていたとしても、あっという間に必要な資料がなくなるのは必定だった。

 目当ての資料が1冊も手に入らないことに絶望していた初名に手を差し伸べたのが、ラウルだった。彼の店になら、その本が置いてあると、そう言われたのだ。

 おまけに人畜無害どころか温厚で博識で優しい素敵なおじさま。初名が心を開くまで、そう時間はかからなかった。

「それにしても、この店気に入ってくれて良かったわ。娘にはかび臭いて言われて、ちょっと落ち込んでたんや」

 ティーポットとカップ、そして初名が買ってきたシュークリームがたっぷり盛られた皿が載った盆を持って、ラウルは歩いてきた。

 皿には、持ってきた分を全部平らげるつもりなのか、6個入りの箱のものがすべて載っている。無論、初名もそれに参戦するつもりだった。

「娘さんですか?」

 シュークリームをひょいと手に取り、初名は思わず店の奥を覗き込んだ。

「ああ、ここにはおらんよ。あの子は普段は奥さんと暮らしてるから」

「奥さんまで……ここに一人でいて、寂しくないんですか?」

「全然。週に1回くらいは会いに来てくれるし。今度、初名ちゃんにも紹介するわ。同い年くらいやから気ぃ合うかもしれへんよ」

 ラウルはそう言って、シュークリームをかじった。クリームまで噛みしめて、優しげに垂れ下がった目がさらに下がっている。

「そうや。他にも役に立ちそうな本がいくつかあったんやけど、見てくれへんかな」

「役に立ちそうな本? 探してくれたんですか?」

 ラウルは手を拭いて、再び奥に引っ込んだ。かと思うと、分厚いハードカバーの書籍を10冊以上も重ねた本の束を持って現れた。古いものも含まれているからか、確かに”かび臭い”。だけどラウルはそんなことは気にする様子もなく、本を縛っていた紐を解いた。

「ほら、これとか。この前貸した本の参考文献にもなっとる本やで」

「本当だ。あの本よりさらに細かい。ありがとうございます!」

 先日のレポートのために借りた本よりも分厚く、そして字が細かい本だった。だが初名が調べようとしていたことが更に詳細に書かれている。

 レポートのためだけではなく、次に待ち構える試験にも、その後の授業にも役立ちそうな資料だった。

「すごい。これも図書館で見つからなかったんです。ありがとうござ……痛っ」

 ページをめくるその手が、止まった。

 見ると、指の腹に小さな切り傷ができていた。

「ああ、ページで切ってしもたんやな」

「すみません、紙には血はついてないので……」

「そんなん気にせんでええよ。絆創膏とってくるから、ちょっと待ってて……な」

 そう言って、駆け出そうとしたラウルの動きが、今度は止まった。

 その体は小刻みに震えている。驚いたり、何かに怯えて止まったのではないとわかる。だが、ラウルの目は何故か初名の指の傷を凝視していた。

 思っていたよりも深く切れていたらしく、じんわりと血がにじみ出ている。

「あの、ラウルさん……? 大丈夫ですか?」

 初名が顔を覗き込もうとしたその瞬間、ラウルの右手が初名の腕を掴んだ。そして、血の滲む指を見つめていた。

「ああ、あかん……関係ない子の血は、吸ったらあかんて……言われとるんやけど」

「……え」

 まさか、と初名は思った。背筋には冷たい汗が伝う。

 我知らず、テーブルに置いた鞄に手を伸ばした。

「ごめんな初名ちゃん。ホンマはあかんのやけど、これだけ。今見えてるこの一滴だけ……それだけでええから……」

 こんなに熱っぽい視線で見つめられたことは、初名は未だかつてなかった。といっても指先だが。

 とろけそうな視線と荒い息で、ラウルは初名の指先に溜まった血を、それはそれは愛おしそうに……いや、物欲しそうに見つめていた。

「え、”ええから”?」

「僕の……餌になって」

「嫌です!」

 嫌な予感は的中した。

 初名は思い切り掴まれた腕を振り払い、鞄を掴んで店から飛び出した。

 シュークリームがまだ残っているのにと、ほんのわずかに残念に思いながら。


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