表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の伍 紡ぐ思い、解ける時間(とき)
62/105

”地下”のお気に入り

 梅雨の季節は、瞬く間に過ぎ去った。今は時折、名残を惜しむように降る雨と、夏を呼び寄せようとしている太陽の陽光が、空の上でせめぎ合っている。

 ただ、それは空の話。

 初名たち人間、それも大学生にとっては、学生の本文とも呼ばれるイベントが迫っていた。そう……”試験”である。といっても、試験期間はまだ先、7月下旬だ。

 今はまだその前段階。あらゆる授業でレポートを課せられる期間だった。

 授業中に、無事にレポートを提出し終えて、初名はほっとした。今日出したものが提出予定分の最後のレポートだ。

 初名は授業を終えると電車に飛び乗り、まっすぐに涼しい地下へと向かった。ふと、ガラス張りの向こうでいくつもいくつも並ぶ丸いシュークリームの姿が見えた。全国にいくつもチェーン店を構える有名なシュークリーム専門店だ。

 東京にいた頃も見かけたが、口にすることはあまりなかった。だが今はいいだろうと、思った。

「すみません、パイシュークリームください」

 これは手土産だ。これから向かう場所は、美味しい紅茶を出してくれる。お茶請けのお菓子を持って行けばちょうどいい。

 ついでに一個(できれば二個)だけ、お零れにあずかれればなお嬉しい。

 そう思いながら、受け取ったシュークリームの箱を傾けないように気を付けながら、道を急いだ。

 向かう先は、このきらびやかな地下の街の、さらに地下。あやかし達の住まう、横丁だった。


******


 横丁の店は和風の建築物が多い。それも全体的にレトロな趣を持つものだ。

 そんな並びにあって、例外と言える店がある。今、初名の目の前に建つ、ブックカフェ「Dragoste」だ。

 北欧風の佇まいで、シンプルに白を基調としている。ちなみに向かい側は琴子たちの営む「ことこと屋」なのだが、印象としてはほぼ真逆だ。

 現代っ子の初名にとっては、こちらの店の方が僅かに興味を惹かれる外装だった。そして中に入ってみると、内装もまた好みだったのだ。

「こんにちは、ラウルさん」

 この店の戸は、いわゆるドアになっている。それもまた、他の店と違う印象的な点だった。声を掛けると、店の奥に座っていた店主がこちらを振り向いて、にこりと笑った。

「いらっしゃい、初名ちゃん」

 ラウルと呼ばれた店主は、読んでいた本を机に置き、立ち上がった。

 立ち上がると、初名より頭一つ以上に上背がある。だが見下ろされているような印象を受けない、穏やかな笑みを向けている。

 年の頃は三十代後半ほどに見え、髪色はプラチナブロンド、瞳はアメジストのような澄んだ紫、西洋人のくっきりとした目鼻立ちをしていた。まるで人形のようだと、初名は会うたび思う。

 そんなこの店主、名は『ラウル・クリステア』。ルーマニアからやってきたとのことだ。だが日本にやって来たのはもう随分と昔らしく、流暢な日本語を話す。ついでに言うと、流暢な大阪弁も話す。

 にこりと笑う口元には、他の歯とは違う牙があった。

 彼もまた、ここの住人たちと同じく人ならざる者……西洋から渡ってきた吸血鬼だった。

 だが、初名は不思議とまったく怖いと感じていなかった。

「お借りしてた本をお返ししに来ました。あとこれは、お礼です」

「いやぁありがとうなぁ。美味しそうや。長いこと生きとっても、こういう美味しいものはやっぱり欠かせへんわ。今、紅茶淹れるから待っとってな」

 吸血鬼だというのに、生きている人間である初名よりも、こうしてお菓子の方に目を輝かせる。初名にとっては親近感の方が大きい人だった。

 ラウルはシュークリームの箱を持って、奥に引っ込むと、初名は手近なテーブルに掛けた。

 店内を見回すと、四方が本棚で埋め尽くされている。店の中に仕切りのように配置されているのもまた本棚だ。この店は、本で溢れかえっていた。すべて、ラウルの蔵書だ。

 図書館並みに様々な書物が並ぶ様は圧巻だった。

 そんな中で、美味しい紅茶とお菓子を食べ、ゆったりと本を読む。

 初名が微かに憧れていた風景が、今、目の前にあるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ