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大阪梅田あやかし横丁~地下迷宮のさがしもの~  作者: 真鳥カノ
其の四 涙雨のあとは
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撫子と、タンポポ

「な、何ですやろ?」

 礼司の様子に、琴子までが首をかしげて、その言動を見守った。

 そして、礼司は一瞬の間を置いて、尋ねた。

「もしかして、僕や家内と知り合いやったんやないですか?」

 老人が身を固くし、箸を取り落とした。慌てて拾おうとするも、震えてもたつく。その様子を見て、礼司は「やっぱり」と呟いた。

 琴子がそっと箸をもう一度握らせると、老人は落ち着いたような、しかしかえって動揺した様子で琴子から視線を知らせた。

 だが琴子は、もう一度老人の顔を覗き込んだ。

「お客さん、そうやったんですか?」

「は、はぁ……」

「いややわ、ごめんなさい!『初めて』なんて言うてしもて……」

「僕も気付かずにおって、大変失礼しました」

「いや、そんな……ええんや」

 二人に揃って恐縮されて、老人は居心地悪そうに肩をすくめた。

 だが二人の方は、何だか様子が違った。

「でも嬉しいわぁ。ウチらここに来る前のこと、全然覚えてへんのですよ。そやからお知り合いに会えるやなんて思ってもみんかったわぁ」

「覚えてない……ですか」

「恥ずかしながら。夫婦で店を持とうとしとったことは、何とか覚えとるんですけど、それ以外のことは、とんと……」

 老人は、唖然としたように二人の話を聞いていた。

「お客さんとウチらって、どんなお知り合いやったんですか? 仲良くさせてもらってたんですか?」

 琴子は、無邪気に尋ねた。老人は困ったように俯き、言葉を失っていた。

「琴子、お客さんにそんな……」

「あぁ、いや、申し訳ない。その……お二人があんまり変わってへんもんやから、びっくりしててなぁ……」

 老人は俯き加減のまま、カウンターの方に視線をずらした。

「ああ、撫子の花……飾ってはるんですなぁ」

「そうなんです。この人がくれたんやと思ってたんですけど……」

「俺やない」

「ずっとこう言うんですよ」

 琴子が唇を尖らせて拗ねると、老人はようやく視線を上げた。そして、琴子の髪の花飾りに目を止めて、言った。

「何を言うてるんや。礼司さんがいつも琴子さんにあげるんは撫子やない。その、タンポポやろ?」

 老人が髪に挿したタンポポを指さした。

「よう覚えてます。戦時中、コーヒー豆なんか手に入らんかったから、あんた……礼司さんはタンポポで代用しとった。使うのは根っこやから言うて、花は琴子さんに……」

 老人が語ると、礼司は少し恥ずかしそうに俯いた。対照的に、琴子は嬉しそうにはにかんだ。

「ええ、ええ、そうなんです。いや、そんなこと知っててくれはるんやね」

「……そやから、撫子の花は俺やないって言うたやろ」

「ええ? ほな、いったい誰が……」

 首をかしげる琴子の顔を見上げて微笑みながら、老人は、まだ湯気の昇っている味噌汁をすすった。

「ああ、美味しい……」

「ほんまですか? いや、良かったぁ」

 そう、コロコロ笑う琴子と、それを誇らしそうに見守る礼司の顔を見て、老人はもう一度味噌汁をすすった。今の、自分の顔を見られまいとするように。

 そして、ほんの少し震えた声で、言った。

「ああ、ほんまに、美味しいなぁ……」


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