ちょっとトラウマ
また、会話が途切れてしまいそうになった。初名はどうしてか、それが惜しいことのように思えて、何か別の話題を探した。
「そ、そういえば、あの後どうなったんですか? あの女の人たちとか……」
いきなりの話題転換にしては振れ幅が大きすぎたかと初名は心配したが、辰三は「ああ」と呟いて、何か思い出そうとしていた。
「うん、なかなか大変やったで。周りから白い目で見られるし、こそこそ帰らなあかんし、キミ全然起きへんし……おんぶせなアカンかったし」
「もう本当にすみません! 多大なるご迷惑をおかけしてしまいまして……!」
「いや、ええよ。さっきも言うたけど、さすがにアレは僕も責任あるし」
「怨念……ですか?」
「そう。火山の噴火みたいに噴き出とったやつ。あれはあの女の子の怨念。彼氏盗った友達……隣におった子な。あの子への恨みつらみが溜まっとったもん」
「え」
「あの二人は、僕が怨念吸い上げたらサッパリしたんか、お互い我慢せんと思とることぶつけ合って大胆にケンカして、その後は浮気した彼氏が一番悪いて意気投合して帰ったで」
「え??」
「つまり、無事やなかったんはキミだけ、ゆうことや。あと、その彼氏も無事やないかもしれんけど」
「その彼氏さんは、まぁ置いといて……無事なら、良かったです」
初名がそう言うと、辰三は何やら不思議そうに初名の顔をのぞきこんできた。
「な、何ですか?」
「いや、随分人のええこと言うなぁ思て」
「人がいい……ですか?」
辰三は頷きながら、串に刺さっていた団子を一つかじりとった。
「だってなぁ、あんなに真っ黒いもん見てそう思えるて……凄いで。普通はもっと怖がるやろ」
言われてみれば、あの光景を見ていたその時は確かに怖かった。だが時間が経った今、辰三の飄々とした語り口調で聞いてしまえば、不思議と怖く感じないのだった。どうしてか、初名にもわからなかった。
「よくわからないんですけど……あの女の人二人も最後は意気投合できたんですよね。じゃあ問題はないかなって……」
先ほどの女性二人について、初名は何も知らない。だから抱く思いがあるとすれば、怪我もなく仲良くできるなら、それに越したことはない、ということだけだった。
初名がそう考えながら一つ一つ口にした言葉を、辰三は瞬きしながらじっと聞いていた。そして、何やら考え込んだかと思ったら唸り声と共に初名の顔を再び覗き込んだ。
「きみ、ええ子やな」
「え? いやいや、そんな……」
「そんなええ子が、何でさっきから僕からちょこっとずつ視線逸らして話すんか、ようわからんわぁ……なんで?」
「う……!」
初名はせっかく食べようと思って手にした団子の串を取り落とした。包帯の奥の辰三の視線が、尖った団子の串のごとく真っ直ぐに初名を貫こうとしている。
初名は観念して話し始めた。
「じ、実は……昔、家族で遊園地に行った時のことで……」
「……うん?」
怪訝な顔をしながらも、辰三は先を促した。
「その時に、お兄ちゃんと二人でお化け屋敷に入りまして」
「ほぉ、お兄ちゃんね」
「そのお化け屋敷というのが、大人でも失神者続出と定評のあるところでして……お兄ちゃんは果敢にも子供二人で挑むと言って聞かなかったんです」
「はぁ。勇敢やな」
「入ってみたら、お化け役の人たちがそれはもう気合の入った演技で……入り口からずっと泣きそうで……」
「でも泣かへんかったんや。すごいな」
「でも……でも出口が見えたかと思ったその時に、行く手に立ちふさがるようにお化け役の人が現れたんです。それが他のおばけより何倍も怖くて……お兄ちゃんは逃げちゃったんです。一人で」
「……ほぉ」
「最悪でした。私の手を振り払って、叫ぶだけ叫んで、さっさとお化けの脇をすり抜けて出口に向かったんです。無理やり引き込んだ妹を置いて……! 残された私は完全に腰が抜けて、その場でただただひたすら泣き叫んでました。その、お化けの役柄が……」
「ミイラやったんか」
初名は、こくりと頷いた。目の前で瞬きを繰り返す辰三の顔は、その時のミイラ男役の人と、同じような面持ちだった。かける言葉がないといった風だ。
「……まぁ、なんや……それは、お兄ちゃん酷いな。それでキミの方もトラウマになったっちゅうわけか」
初名は、再び深く頷いた。
辰三はその様子を見て、しばし考え込んだ。
「ほな、これならええか?」
辰三はそう言うと、するすると顔に巻いていた包帯を外し始めた。一気に緩めて顔からずらすと、先ほども見た美男が顔を出した。
「はい。ぜひ、そのままで」
仕方ないといった顔をしつつ、辰三は包帯をしまった。
「人がせっかく隠しとった顔出したんや、今度はちゃんと顔見て話してや」
「はい」
初名はそう言うと、隣の席に座った。辰三の、真正面の席だ。
「この顔の方がええて、変わってるなぁキミ」
「そうですか?」
「うん。変わってるわ、キミ」
辰三のそう言って浮かべた笑みは、苦笑いでもなく、屈託のない笑みでもなく、どこか自虐的な、皮肉めいた笑みであった。




