お団子どうぞ
「はい、お団子二人前。おまちどおさんです」
初名と辰三の二人が座る机に運ばれてきたのは、紅葉の柄が描かれた小さな皿。その上には、たっぷりの蜜がかかってとろとろになった団子が二串並んでいた。
お品書きには、おばんざい……琴子曰くの京都の家庭料理がたくさん並んでいた。どれも京都弁で書かれてあり、なんとなく何が書かれてあるかわかる名前だった。それがまた、想像と食欲をかきたてた。
だが辰三は……これからお礼とお詫びにごちそうしないといけない辰三は、それらの美味しそうなおかず一切を無視して、団子を注文してしまった。初名の分まで勝手に。
重い荷物を持って歩き回った後なので、早い夕飯にしてしまおうかと考えていたのに。
「ごちそうさん」
そう言って、辰三は一串つまみ上げた。仕方なく、初名ももう一本をつまみ上げて、口に運んだ。するとーー
「!」
正直、もっとおなかにたまるものが食べたかった。そう思っていた。この団子を食べるまでは。
口に含んだ瞬間、たっぷりと団子を覆っていた蜜が口内に弾けるように広がった。もっちりして弾力のある団子を、力を入れて噛むごとに、口内がさらに甘く染められていく。
「美味しいです!」
「そら良かった。甘いん?」
「え、甘いですよ?」
「そうか」
自分で注文したわりに、辰三は味について何も言おうとしない。代わりに初名に意見を求める。奇妙なものだった。
思えば先ほどジェラートを食べていた時もそうだった。甘いか、美味しいか、それを初名に尋ねて確認していた。
味に興味がないのか。そう思ったが、そのわりに、辰三はぱくぱく食べ進んで、あっという間に食べ尽くしてしまっていた。
「もう一本頼んでもええ?」
「は、はい……」
初名が頷くのを見るや、辰三は奥にいる琴子に向けて追加注文をしていた。
気に入ったということなのか。初名が首をかしげている間に、琴子はまた2本、団子を載せた皿を運んできた。
「あれ、もう一本……」
頼んだのは辰三の分だけのはずだ。戸惑って辰三を見ると、一本つまんで、初名に差し出した。
「美味かったんやろ?」
「は、はい」
初名は恭しく、差し出された団子を受け取った。支払いは初名がするのだが、どうしてか、その気遣いを嬉しく思ってしまったのだ。
その様子を見ていた琴子が、わざとらしく大きなため息をついた。
「二人とも……もっと会話せぇへんの? さっきから団子のことばっかり……ええ若い|者≪もん≫が二人揃って食べ物のことしか………しかも美味いかどうかだけって……」
「ここは食い物屋やろが。食べ物の話して何がおかしいねん。あと、これでも琴ちゃんよりは年上やからな?」
「はいはい、ごゆっくり~」
琴子の笑い声は、まるで二人をからかっているかのようだった。琴子の視線の意味を図りかねている初名に、辰三は苦い視線を投げかけた。琴子に言われたことを気にしているのだ。
先ほど、会合の時の初名のとった行動が話題にのぼってから、差し障りのない短い会話しかしていない。それしか、できないのだ。
(いったい何の話をすれば……)
目も合わせられない上に会話も途切れた。どうすればいいかわからず、再び蜜がたっぷりかかった団子をかじる。やはり甘くて美味しい。うつむき加減になりながらもそれを実感する。
ーーと、ふと視界に、自分の鞄が目に入った。着物の生地を再利用した梅柄の鞄が。
「あぁぁ!」
辰三は、また例によって例のごとく、顔をしかめて耳を塞いでいた。
「ええ加減、声大きすぎるやろ。大きい声出すんなら前もって言うてや」
「む、無理ですよ。そうじゃなくて、ちゃんとお礼言ってなかったなって……ありがとうございました!」
団子を一旦置き、初名は勢いよく頭を下げた。辰三は、自分の分に手を伸ばしかけたまま、止まっていた。
「何が?」
「鞄を直してくださって、です」
「? お礼ならさっき言うてくれたで」
確かに、反射的に言った。だがあくまで反射的だ。初名としては、非常に助かったというのに、心のこもっていない言葉を向けてしまったと思ったのだった。
「ちゃんと言ってないです。だってこれ、気に入ってるし、大事なものなので、直して貰ってすごく嬉しいんです。本当にありがとうございました」
「三回も言わんでええよ。交渉成立しとったやん」
「いえいえ、だって穴以外にも補修してくださってて……」
「ああ、まぁ……見てて可哀そうになったからな。まぁ僕にお礼言うより、これからもうちょい丁寧に扱いや。キミ明らかに詰め込みすぎやで」
辰三がそう言って指さした先には、補修のために一旦取り出したらしい鞄の中身がまとめて置かれていた。財布や鍵などもあるが、目につくのは大量のテキスト類だ。布の鞄に対して重量オーバーだと一目でわかるほどに。
「き、今日は仕方ないんです。テキストを一気に買わないといけなくて」
「別のもっと丈夫な鞄とか袋に入れといたらええやん。その鞄にどんだけ大役任せる気やねんな。悲鳴あげとるで」
「……ごもっともでございます」
今日がテキスト一斉購入日だと忘れていて、大きな袋を持って行かなかった初名の落ち度だった。もはや返す言葉もない。
初名がしゅんと項垂れると、クスリと小さく笑う声が頭上で聞こえた。顔を上げると、辰三の口の端がうっすら上がっていたように見えた。
初名が不思議そうにそれを見つめていると、辰三はごまかすように大口を開けて団子にかじりついたのだった。




