鞄をありがとう
青年は顔を上げてからも、どこか申し訳なさそうな面持ちだった。
「えーと……影響って、何がですか? 私、何も持病とかないですよ?」
「さっきのあの女の子の怨念を喰らったやろ。その影響や」
「怨念て……」
そう言われて、思い出した。確かに先ほど、ジェラート屋さんの前にいた女性から黒いもやが溢れているのを見た。風見たちは、確かにあれを『怨念』と呼んでいた。
「そうでした。あれを見て、私、倒れたんでした」
青年は、深く頷いた。
「あやかしとか神さんとかの存在を感じ取れるんやから、ああいう悪いもんも見えてまうんやろな。見えたら、そら影響受けへんはずがないやろ」
「でも私、今まであんな黒いの、見たことないですよ」
「まぁそこは風見さんと縁ができたせいとちゃうかな。他の理由かもしれへんけど。とにかくさっき倒れたんは、僕の不注意。すんませんでした」
「と、とんでもない! お世話になってありがとうございます!……でも何で助けてくださったんですか?」
「……は?」
青年は、心から初名の言葉が理解できないといった顔をした。何を言っているんだ、と顔に書いてある。
「だって初対面ですよね? こんなに面倒見て頂いちゃって申し訳なくて……」
「初対面とちゃうけど?」
「へ?」
怪訝な顔をしていた。それどころか、不機嫌さがにじみ出た顔だ。
だが何度見直しても、青年の顔に見覚えがなかった。
深く首をかしげていると、青年の眉間にも深いしわが刻まれていった。
「僕のせいで倒れたし、それに約束もあったから連れてきたんやけど……そんなに嫌やった? 記憶から抹消するぐらい?」
「いや、そんなことは……約束って何ですか?」
青年は、手元の布に視線を落とした。どうも何やら針仕事の最中だったらしい。すぐに糸を結び、初名の目の前に差し出した。
「ん」
よくみると、差し出された布には見慣れた柄が見えた。
「これ……私の鞄……?」
「いらんの?」
「いります」
受け取った鞄は、確かに初名が持っていたものだ。梅の柄の着物が元になっている。底に空いていた穴は、まるで初めからなかったように塞がっている。
「あ、ありがとうございます。繕ってくれたんですね……って、約束ってこれことですか?」
「そうやで」
思い返せば、つい先ほど、そんな約束をした。そしてその約束をした相手とは……
「もしかして……辰三さん?」
「他に誰がおるねん」
針仕事を終えたらしい辰三は、そう言って肩をたたいて伸びをした。まだ驚いている初名に、ちょっとぶっきらぼうに言い放った。
「はーくたびれた。予定外の仕事したら疲れてしもたわぁ。さっき約束したジェラートのおかわりも食べ損ねたし、何か甘いもん食べたいなぁ~」
辰三の視線が、チラリと初名に向いた。初名はその意図を、瞬時に理解した。
「はい! もちろん、お礼とお詫びを兼ねて、ごちそうさせて頂きます!」
その言葉を聞いて、辰三はニンマリと口の端を持ち上げていた。その顔は、確かに包帯の奥から覗いていた、あの笑みと同じだった。




