”おやつ”と”食事”
店から出てきたばかりの二人の女性は、友達同士らしい。楽しそうに、お互いの手に持つジェラートを見比べている。趣味も似ているのか、服もアクセサリも髪型も似た印象だ。可愛いな、と女性の初名でさえ思った。
ただ、何かわからないが、違和感を感じた。美人だが、近寄りたくない。違和感のような嫌悪感のようなものだ。嫉妬かと思ったが、会ったばかりの彼女たちにそんなことを思うはずもない。
何だろうかと考えていると、辰三が彼女たちの方に歩いていった。初名が止める間もなかった。
顔も手も包帯が巻かれた異様な出で立ちの男性を、周囲の人は避けた。まさかそんな人が自分たちの方に来るとは思っていなかったらしい女性二人は、辰三が近づくにつれ、だんだんと頬をひくつかせていった。
辰三が目の前に立つと、二人は完全にすくみ上っていた。
「な、何か……用ですか?」
「用っちゅうか……」
辰三は二人をじっと見比べていた。異様な外見に加えて値踏みするような仕草に、女性たちは徐々に苛立ちをにじませていった。
このままではマズイと思った初名は慌てて駆け寄った。
「ごめんなさい! すぐに行きますから……! ほら辰三さん、行きましょう」
「なるほどなるほど。そういう事情か」
初名の制止も意に介さず、辰三は何やら納得したように頷いた。
そして、そのまま片方の女性にぐいぐい顔を近づけ、その耳元で囁いた。
「大変やなぁ。自分の彼氏盗った子の友達続けるやなんて」
その声は、もう一人には届いていなかったらしい。囁きを受けた女性だけが、みるみる表情をこわばらせ、その整った顔を歪ませていった。
同時に、女性の周囲が何やらぼんやりとした。初名はそれを見て、背筋が粟立つのを感じた。悪寒、違和感、嫌悪感、それらに加えて最も感じているのが、恐怖だ。そしてようやく気付いた。ぼんやりしていると感じたのは、実際にぼんやりとして見える黒いもやだということに。
先日会った和子の、おもちゃの指輪から溢れ出ていたものと同じ真っ黒いもやを、今、目の前の女性が全身に纏っていたのだ。
初名は思わず後ずさったが、辰三はさらに近づいて囁いた。
「その子の傍におったかて、彼氏と縒り戻すんは無理やで」
「辰三さん、もうそれくらいで……!」
初名がそう言っても、辰三はやめない。
「だってな、彼氏は君みたいなんやのうて、彼女みたいなんが良かったんやから。君が彼女みたいになろうとしても、意味ないんちゃう?」
その瞬間、バチンと何かが弾けるような音が響いた。音は一つではなく、二つ、三つと連鎖的にあちこちで聞こえた。
音と同時に、女性の体から真っ黒なもやが噴き出した。火山の噴火のように、あっという間に辰三と女性を包み込んでいく。
だが周囲の人たちにはそれが見えていないようだ。傍らの女性も同様に、何が起きたかわかっていないように呆然としている。
初名はというと、竦んでいた。女性から噴き出た悪意が、妬みが、憎しみが、熱気のように肌を焼いていく。自分まで、燃やし尽くされてしまうのではないか。そう感じるほどに、真っ黒なもやは熱く、烈しかった。
全身が焼けただれていくように、しびれて、重くなっていった。
「や、やめ……!」
ひりつく喉からかろうじて絞り出した声は、二人に届くことはなかった。女性の黒いもやが天井まで焦がし、煤にまみれたように周り中が真っ黒く染まっていく様が視界いっぱいに広がって……初名の意識が、閉じた。




