ミイラ男と”お礼”と”お詫び”
この地下街が迷宮だのダンジョンだのと呼ばれる所以は、一般的な碁盤の目になっていないところにある。明治時代の鉄道敷設の折、当初予定していた場所から変更になって無理やりこの地に引き込んだことが起因しているらしい。
おかげで真っ直ぐ歩いていても実は斜めに向かっていて、そこからまた斜めに道が伸びて別れて合流して……と繰り返し、地元民まで迷うダンジョンの出来上がりとなったわけだ。
だが、辰三は、迷いなく歩いた。新しくできた細い道にも惑わされず、まっすぐに、目的の店が目の前に見えているかのように進み続けた。
「サイズはレギュラーで、コーンで、フレーバーは……ストロベリーとティラミスとバナナください」
辰三は、初めて来たとは思えないほど、すらすらと呪文のような注文をしてのけた。
歩いた先にたどり着いたのは、ジェラートの店。店の情報を見ると、どうも長年続いている老舗らしい。ここは支店らしく、店の面積は狭い。それでも行列が店の外まで続いていた。
注文内容がわからないのと、他の客の熱気に圧倒されておろおろするばかりの初名を、辰三は手で呼び寄せた。
「何も食べへんの?」
「た、食べます」
「ふーん、どれとどれ?」
「じ、じゃあコレとコレを……」
「お姉さん、こっちの子はー」
辰三は慣れた様子で初名の分まで注文してくれた。もちろん、支払いは初名がするのだが。
辰三の奇怪な容姿にも驚かず、店員はにこやかに二人分のアイスを渡してくれた。これがプロの接客技というものか、それともここまで忙しいと辰三のこの見た目にすら構っていられないのか……真相は闇の中である。
店内にはテーブル席は一切置かれていない。では他の客は買ったジェラートをどうしているのか? 立ったまま味わうのだ。
店の周囲には、同じようにジェラートを堪能する人があちらこちらに立っていた。
他の客に倣って、辰三も空いているスペースを見つけるとすぐにジェラートにかぶりついていた。
「うん、甘い感じがするわ」
「そ、それは良かった……です」
”甘い”とは味のことであり、感想とは少し違う気がする。しかも「感じがする」とは、何ともはっきりしない。そのあたりはどうなのだろうかと、思わず手元を覗き見ていたら、包帯の奥の瞳がこちらを向いた。
「食べへんの?」
「食べます」
急かされるように、初名は2種類のフレーバーが重なったジェラートにかじりついた。口が急激に冷やされていく。だけど同時に、チョコジェラートの甘みとほのかな苦みがとろりと広がっていく。
「美味しい!」
「そら良かった」
ちらりと見ると、辰三の方はすでに食べ終わりそうになっていた。
「は、速いですよ!」
「いやいや、速よ食べんと溶けるし。ゆっくり食べるだけが堪能とは言わんやろ」
「そ、そうでしょうか」
「食べ時は逃さず。これが真の”堪能”っちゅうもんや」
「べ、勉強になります」
辰三の目は、真理をついていた……ように見えた。すごく為になることを教わったように思うのだが、初名はどうしても、目を逸らしてしまう。辰三の顔は、直視できないのだ。
目を逸らせて返事を返す初名に向けてか、隣から小さなため息が聞こえた気がした。
さすがに、申し訳ないことをしてしまった。
「あ、あの……このお店、よく来るんですか? 注文とか慣れてましたけど」
「いや、初めてやで。注文方法は……メニューに書いてあるし、他の人が注文してるん聞いとったから」
「そ、そうなんですか……よく見てるんですね」
「だって一緒におる子、ちぃとも喋ってくれへんし」
「ご、ご、ごめんなさい……!」
「ええよ。ここ、前から気になっとってん。来れて良かったわ」
「気になってたって……来たら良かったんじゃ?」
「さすがにこの形の者が一人で入られへんわ。恥ずかしいやん」
そう言うと、ほんの一かけら残っていたコーンもぺろりと食べてしまった。こんなに食べたいと思っていたのに、それを我慢するほど、今の自分の出で立ちが奇妙だと言う自覚があったらしい。
そんな感覚があったことに、初名は驚いていた。
初名は初めて、目を瞬かせて、辰三の横顔をじっと見つめた。




