仲間
「『梅田』の由来ですか? いいえ」
初名がふるふると頭を振ると、風見は予想通りと言うように頷いた。
「この辺りは昔、曾根崎村の一部やったんや。長いこと湿地帯やったところを開拓して田畑にした。そのためか、『埋田』なんて呼ばれとってな」
「え……なんか、ちょっと酷いですね……」
「そうやろ? 皆そう思たみたいでな、この辺を守っとる露天神社や綱敷天神社にゆかりのある梅にあやかって、『梅田』に変わったんや。天神さんの、おかげかもな」
『天神さん』……菅原道真公の名を出した瞬間、ほんの少しだけ、風見の声が柔らかく温かみが増したのが、わかった。
「あ……もしかして、おばあちゃんの名前が『梅子』だったから……ていうのも、あるんですか?」
風見は大きく頷くと、ぐっと顔を近づけて、にんまりと笑った。
「まぁそれだけでも無いけども……そこで、や! そんな梅の花には、梅以外にも呼び名があるねん……知っとるか?」
「そ、そうなんですか?」
風見は手のひらを開いて、指を折って語り出した。
「梅は大昔から日本の民が親しんできた花や。その呼び名もぎょうさんあってな……まず、|百花魁≪ひゃくかかい≫」
「百……花魁?」
初名は思わず、肩に乗る百花に視線を向けた。百花は照れくさそうにもじもじしていた。
その名そのものが、まるで百花を指すようだった。
「他にもあるで。清友、それに風見草……」
「それって……!」
なんとなく、わかった。清友と風見の間の見えない絆のようなものが。
風見はほんの少し、照れくさそうに笑って、告げた。
「あとは……初名草」
「……え」
はっとして、思わず周囲を見回した。風見も、風見以外の人物……弥次郎も、辰三も、ラウルも、琴子も礼司も、温かな笑みで初名を見つめていた。
それが、子供を愛でるような意味合いだけではないのだと、感じた。
「お前ははじめから、この横丁の仲間やったんや」
「で、でもそんな……名前しか……」
風見は静かに頭を振って、告げた。
「仲間やから、最初に言うたんや。困ったことがあったら、またおいでってな」
その顔に浮かぶのは、優しく穏やかな、仲間を守ろうとする頼もしい男の、笑みだった。
初名は、大きく頷いたのだった。
******
ここは大阪梅田。
誰もが何かを探し求めてやってくる。
誰もが、何かを見つけようと、迷いながら進む街。
そして、何かを見つけていく街……。
あなたのさがしものは、何ですか?
もしかしたら、一緒に探してくれる人が現れるかもしれません。
ほんのちょっと、迷うかもしれませんが……。




