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松の実  作者: じりー
3/23

新居

 炭で作られたような黒い2階建ての家は、昼にも関わらず、田舎の静けさで異質な雰囲気を作り出していた。


 今しがた上った坂道からは建物の左側面が見えるように建造されており、乾いた土を踏みしめて正面に回ってみる。


 こんな所に住むものか。

 というか人が住めるのか?

 何が住んでいるのか?


 家の中央にある更に黒い扉は不気味に少し開いており、その隙間からは吸い込まれるような暗黒な世界がチラリ。


 扉を垂直に見上げると白い小窓がはめられ、その小窓を挟むように大きな窓が2つ対照的に配置されている。

 そして、その右側の窓へ目を凝らすと、カーテンの隙間から幼い少女がチラリ。


「チラリしたぁあああ!」 

「……もうこれは……チラリとか言ってる場合じゃない。……ズブリ……ズブリしてる……」


 犬のモノマネなのか、尚春はサトウキビを尻尾代わりに四つん這いになって遊んでいる。


 頭の整理がつかないので、もう一本植えてみる。


「ぎゃあああ! お、お尻がぁ!」 

「誰もお前のケツの話してねぇよ! こんなとこに住めるわけないだろ! 幽霊と同居してるわけ? お前も幽霊になりたいわけ?」


 俺は尚春のケツに狙いを定め、サトウキビを再び構える。


「ま、待て! こんなの繰り返してたら……きゅ、九尾になっちまうぜ!」 


 立ち上がった尚春はフラフラになりながらも、渾身のボケに少し得意顔である。


 植樹続行。


「も、もうほんと……ムリ……」


 丈夫な体をしており、尚春はそう言いながらも尻尾を支えにし辛うじて立っている。

 尻尾は本来、バランスを取るためにも使われるのだから、その機能を果たしてると言えよう。


「……もう一本いっとく?」

「辞めろ! そ、そもそも俺は連絡を受けて案内しただけだぞ! 他意はない!」

「……」


 言われてみればそうである。

 こいつが阿呆なのは兎も角、この家の使いとして俺を迎えに来た阿呆に過ぎない。

 この阿呆に八つ当たりするのは見当違いと言えよう。


 しかし、こいつは本当にこの家に住んでいるのか。

 ここまで尻尾を生やしても言い通すところを見るに、冗談で連れてきたわけではないのだろう。


 幽霊屋敷、良く言って廃墟と言ったところか……。洋風な造りが更に恐怖を助長している。

 いや無理だろ。

 何でこんな場所に住まにゃならんのだ。


 そもそも、この村に母の旧友がおり、そこで面倒を見てもらえるということで進学先を選んだのだ。

 こんな住居では面倒どころか、俺の遺体を見てもらうことになりそうである。

 絶対下調べしてないだろ。


 今更高校を変えるなど無理な話で、この村で別の家を探すしかないな。


「いやーすまんかった」

「……おい! この尻尾どうしてくれる! ここまで案内してあげた恩人になんて仕打ちだ!」


 俺が適当に謝ると、優位になったと確信した尚春は、狸も驚く変わりようを見せた。


「こんなお尻で誰ももらわなかったらどうするんだ! 責任とれ!」」 

「……案内してくれてありがとう。他のアパートを探すことにするよ。じゃ」


「えっ」


 放心状態の彼を背に、俺は歩き始める。


 ありがとう尚春。お前の問題はケツじゃないから安心しろ。


 一期一会。

 それは『一生に一度の機会と思い、その出会いを大切にせよ』という意味が込められている。


 しかしこうも汲み取れる。

 『金輪際関わらない人と思えば、無下に扱っても良し』と。


 離ればなれになるだろうけど、どうせ学校でまた会うはずだ。

 その時はどうか……



 別のクラスでありますように。



 今生の別れになることを願い、俺は新たな出会いを求め足を大きくを振り上げる。


「ちょっと待ったぁあああ!」


 その最初の一歩は大きく躓き、傾く身体をそのまま、俺は文字通り出鼻を砕かれた。


「いってぇな! 何すんだこの野郎!」


 強打した鼻を抑えながら上体を翻すと、右脚に尚春がしがみついていた。


「お待ちになって旦那!」

「な、何だ! 放せ!」

「せ、せめて! 中だけでも見て行って! 下さい! せっかく遠いところからお越しになったんですから!」


 空いた方の脚で頭を蹴るも、尚春は決して離そうとしない。


「断る! 何を見せられるか分かったもんじゃない!」

「ゆ、幽霊なんかいるわけないじゃないですか! お願いします松……いや松様! いや兄貴! どうか僕を信じて下さい!」


 一人称は僕になり、タメ口は何処へやら。

 本当に狸のような狐である。


「絶対行かん! そもそも案内だけ頼まれた奴が何でこんな必死こいてんだ! 怪しすぎんだろ!」

「頼みますよ兄貴! 1週間以内に後5人ここに連れてこないと……僕……」

「典型的な悪い予兆じゃねぇか! チェーンメールか! 早く離せ!」

「絶対離しません! 離したらもう戻ってこないでしょう!」


 尚春はイヤイヤと尻尾を振りながら、俺の太ももに顔面をこすり付けている。


「戻ってくるわけがねぇだろ! 母親から断りの連絡は入れといてもらうから、お前は家に帰れ! ハウス! ハウス!」

「嫌です! お土産でよくある剣に巻き付いた龍のように、このまま兄貴の右脚に宿ります!」

「誰得なんだよそれ! お家に宿れ!」

「それに! ……兄貴の名前は、もう表札に書かれているんすよ!」


「…………は?」


 金髪の頭を引きはがそうとしながら辺りを見渡すも、それらしいものはない。

 

 尚春は、ついて来てください、と一言だけ発し、俺を逃さないようにしながらも立った。

 腕をがっしりと掴まれているせいで、気色の悪いブラの感触に鳥肌が立った。


 このまま逃げても良いのだが、もしや本当にここに人が住んでおり、そこの住人達が温かく俺を迎えようと、想いを込めて作った表札があるのかもしれん。




「ここです」


 ケツから突き出したサトウキビを避けながらも、尚春に連れられてきたのは家の裏手だった。


 飽きもせず黒々とした壁のすぐ隣には、畑だったであろう跡が残っている。

 雑草が生い茂り、長年人が踏み入れていないのがよく分かる。

 しかし、それ以外は何も見当たらない。


「どこにそんなもんあるんだよ。第一、表札は玄関だろ」

「ここ。よく見て下さい」 


 尚春が指をさしたのは、目の前にある壁面だった。


 どこだよ。


 ……そう思いながらも、尚春の指先をたどるように壁面をもう一度見てみる。


 ……? 


 黒い木が連なって出来ている壁なのだが……。

 確かに……一部だけさらに黒く変色しているように見える。


 字……なのか? 


 ただでさえバランスの悪い形をしたそれは、塗料をつけすぎたせいか、壁伝いに滴った痕がそのまま凝固していた。


 しかし、この直線は…………。

 このカーブは……見覚えがある。

 俺だから見分けられたと言っても過言ではない。


 なにせ生涯で1番書いてきた文字なのだから。



『木公』



「ひぇぇぇぁああああああ! 呪われるぅうう! てかもう呪われてるぅぅう!」


 全力疾走。

 いや全力失踪。


 俺は尚春の腕を振り払い、この敷地を後にする。


 しかし、呪詛とは簡単に取り払えないからこそ、お祓いという儀式が存在するのだ。

 俺はまたしてもこの呪いに阻まれるのだった。

 今度は両足である。


「待ってくだせぇえええ! ヌァラサイ!」


 そしてまたしても鼻を強打する俺。


「いったぁあ!」

「待ってって言ってるじゃないっすか!」

「いや待てん待てん帰れまてん! お願いだから離して! 許して! 見過ごして!」

「な、なに言ってんすか兄貴! ちょっと落ち着いて下さい!」

「ひぃぃい許してたもうれ!」


 腕の力だけで匍匐前進を試みるも、流石に両足を抑えられては僅かしか進まない。


「何が不満なんすか! ちゃんと書いてあったじゃないすか!」

「呪いの文字がな! 表札ってご存じない? 普通正面だよね。普通苗字だよね!」


 名を書くとは、命を欠くということに違いない。

 そういう呪法に違いない。

 早くお祓いに。

 早く神社に!


 生き急ぐ俺に対し、尚春は引きづられながら声を荒げる。


「呪いの文字って……可愛い字だったじゃないすか! 流れるような曲線美と言いますか」

「あんな血みたいに垂れ流した文字を称賛する言葉じゃねぇよ! ダイイングメッセージそのものじゃねぇか!」

「どんだけビビりなんすか!」

「うるせぇ離せ!」


 このままでは埒があかん。

 拘束された状態から一度横を向き、勢い良く片脚を引き抜いてみる。


 すると思いの外スポッと抜けた。

 悲しいかな。俺は身長の割にかなり短足なのだ。

 いや、そんなことを言っている場合じゃない。


 金髪の頭を再び蹴ろうとした時、足にのしかかっている体重が嘘のように軽くなった。

 



 ……尚春の霊圧が……消えた……?

 足元を見ても、やはり奴の姿はない。

 



 ──チーン。




 頭上から鳴る腕ベルにすかさず反応するも、俺はゆっくりとしか顔を上げられなかった。


 

「兄貴が一緒に来てくれないなら……仕方がないですね」

 


 ……奴はそこにいた。



 冷酷な目をし、ただただ俺を見下ろしていた。

 しかし、その手にはサトウキビが握られている。


「な、何だ!」


 慌てて立ちあがろうとするも、俺は小石に躓き尻餅をついてしまう。


 少しでも後ろへと距離を取ろうとする俺に対し、尚春はニヤリと口角を上げた。


「僕だってこんなことしたくなかったんですよ? だから穏便に済ませたかったのに……」

「や、やめろ!」


 後ずさりする俺に対し、一歩、一歩、と確実に距離を縮めてくる。


 俺はさっき、それを手にしていたから知っている。


 サトウキビは硬い。その辺の小枝なんか比じゃないくらい硬い。

 そして妙にしなる分、先端は遠心力がかかって凄まじいスピードになる。


「こんな棒切れだろうと、人って簡単に壊れちゃうんですよね」


 尚春はビュンビュンと音を鳴らして素振りをした後、眼前でサトウキビを勢いよく振り上げた。


「ひぃいいい!」


 そして、サトウキビはその速度を保ちながら、見事に突き刺さった。




 尚春のケツにである。

  



「何してんだぁあああ!」


 俺の叫び声に、尚春は立ったままピクリとも動かない。


 いや動けないのだろう。

 大臀筋を僅かでも動かせば、とんでもない激痛が押し寄せることを知っているのだ。


 瞳孔は開かれ、心なし金髪が逆立っている姿は、正にスーパーサ○ヤ人だ。


「……くっ。……くっくっく。これでもまだ逃げるというのなら……九尾に化けて兄貴を呪い殺してやります」

「これでもってどれだよ! というかすでに四尾で血まみれなんですけど!」

「はは……


あーはは。


ハハハハ! 


あーかい狐! 


あーかい狐! 


……ハハ……


ハハハハハハハハハ」


 怖っ。


 さっさと立ち去りたいが、この状態で奴の死体が発見されれば、まず第一に疑われるのは俺だ。

 そしたら俺は、男が好きなんだと思われるかもしれない。それもかなり物好きな。


 キビプレイなんて、女子どころか、猿も犬も雉も寄り付かない。

 それは困る……が……。


「いや無理だろ」

「ハハ、ハハ……ここまでしても兄貴が来ないのなら……もう諦めます……」


 下を向いた尚春は本当に諦めたようで、7本目のサトウキビを地面に投げ捨てた。


 こいつが何故そこまでして俺を連れて行きたがるのか分からないが、どうせ陸でもない理由だろう。

 早く住む場所を見つけなければ、今日は野宿になってしまう。


「それじゃ」

「はい……学校で会いましょう」


 尚春は、最後にまた笑顔を作って手を振った。


「その時はこの家に住む女の子も紹介しますね。

 容姿端麗、大和撫子。美しい髪は夜空を映す小川のようで、肌は雪のように白い。


 凛とした眼で見つめられれば、誰もが石のように固まってしまう。

 仲居中学では人気投票ぶっちぎりの1位で、敵なし。

 スタイルは細身でバストはストリッパー並み。


 ……ま、そんな彼女の欠点を唯一上げるとすれば、お家が少し不気味なことくらいですかね。


 それが原因か、彼氏はまだいないらしいんですが……流石に高校生にもなれば、かなりの男子が声をかけるでしょうね。


 ……おっと、兄貴には関係ない話か。

 ここの住人じゃないですもんね。はは。


 それじゃ兄貴、次会う時にはお祝いの言葉でも考えといてください。

 ではまた」

「あぁ、分かった。じゃぁもう行くよ」



 そうして俺は、チャイムを鳴らした。



 ──ピンポーン。



「…………」


 何? 文句あんの? 

 お前に軽蔑されようがなんてことはない。

 腕ベルと胸ブラを外してから出直してこい。


 例えこれが罠だろうと、連絡先だけ聞いて退散すればいいのさ。


「それじゃ案内よろしく。尚春」




 ──キィイイイイイイィィ……ィ。


 地獄に落ちた像が鳴いたような音のするドアを開けると、そこには暗闇が広がっていた。

 何故か日光は土間までしか伸びておらず、人が住んでるとは思えない静かさがあった。


「ささ、上がってくだせえ」

「ぁ、ぉ、お邪魔します……」


 しかし美少女の為と乗り込んだはいいものの、家の中も普通に怖いな。


 なんなの? 

 なんでこんな暗いの? 

 外壁が黒すぎて日光を全部吸収してるのこれ?


「あ、あのー尚春さん……? 電気つけ」



 ──ドンドン。



「はっ!」


 二階から足音がした。

 嘘でしょ。

 マジか。

 まじか。


「なななななな尚春、聞いた? 聞いたよね? ねぇ?」

「ん? 何がですか?」


 ばばばばば、バカな。

 俺は聞いた。俺には効いた。

 何で今の聞こえてないの。


 見当のつかない顔を向けてくる尚春の襟元をすかさず掴む。


「おおおおおおい、お、俺の死亡フラグ下げろ。聞こえてただろう……ドンドンって! ドンドンって足音が……ドンドンって鳴ってただろぉおおお!」

「ぉ、落ち着いて下さい兄貴……人が住んでる家で足音がするのは当たり前ですよ」



「…………よ、よし。靴を脱げばいいんだな? ここで、靴を脱げばいいんだな?」

「……」


 既に帰りたい。

 だがこの暗闇に背中を向けた途端、足でも掴まれそうな気がして、俺はもう振り返ることが出来なかった。


 一度尚春が掴んだと見せかけてから、声をかけると尚春は目の前におり、それじゃぁ今掴んでいるのは……みたいな展開が見え透いている。


 美少女のためだ。振り向くな。進め。

 美少女のためだ。美少女のためだ。


 きっちりと靴を並べた俺は、玄関から真っ直ぐ続く暗い廊下を歩く。

 尚春に小鴨の如くぴったりとくっつきながら。


「左の手前からお風呂とトイレ、そしてキッチン、右はリビングになってます」


 薄らと見える扉を視界に入れながらも、住む気など微塵もない俺の頭には、全く情報が入って来なかった。

 尚春の裾を掴みながら、俺は少しずつ入口から遠ざかっていく。


 ──ギギィ……イ。

 ──ズズゥ……ウ。

 ──ギギィ……イ。

 ──ズズゥ……ウ。


 足を一歩動かす度に聞こえる。


 この声は廊下で亡くなった哀しき亡霊たちの叫びだ。

 呪われる。

 俺は悪くないんだ。お願いします。

 俺は不純な気持ちで来てはいません。

 呪うなら金髪にしてください。


「……兄貴聞いてますか?」

「あぁ、聞いてるとも。聞こえているとも。はは、ハハハ。尚春、お前はどうやらギギィさんにズズゥされるらしいぞ」


「怖がりすぎですって……こっから階段だから気を付けて下さいね」


 廊下の突き当たりには『くの字』になった階段があり、そこを上ると一階と同じように真っ直ぐな廊下が伸びていた。

 廊下の先につけられた小窓から光が漏れているためか、天国にでも上ったような気分になる。


「ここが兄貴の部屋」


 いくつか並んだ扉の一つを開けると、そこは窓以外何もない六畳からなる部屋だった。


「綺麗だな」


 と言っておけば大丈夫だろう。汚かろうが穴が空いてようが住むつもりはないのでどうでもいい。


「ここは景色が良いんですよ」


 尚春は勿体ぶるようにカーテンを引くと、両開きの窓を押し開いた。


 そこからは、高台から見えた緑の水平線が一望できた。



「綺麗だな」



 とでも言っておこう。

「いや反応うっす! この家唯一の自慢なのに、  おかしいっすよ!」

「おかしいのはこの状況だろう。まるで美人に宗教勧誘されているような気分だ。……だが俺はそうはいかない。

いや実際、美少女に釣られてきたんだけど。

……だがな! お前ら悪魔の罠にはかからないぞ! 

はっはっは、馬鹿が! ハーッハッハッハッハ!」


「あ、兄貴が壊れた……。けど、その意気ですよ! 悪魔なんて兄貴ならちょちょいのちょいです! 兄貴は無敵です!」

「そ、そうだ! いようがいなかろうが俺は無敵だ」


 尚春に強引に手を取られ、俺たち二人はそのまま狭い部屋で回り始めた。


「兄貴はム、テ、キ!」

「無敵なア、ニ、キ!」


 交互に歌う。


「無敵なア、ニ、キ!」

「兄貴はム、テ、キ! アッヨイショ!」


 尚春の合いの手も弾む。


「兄貴はム、テ、キ!」

「無敵なア、ニ、キ!」




 …………あれ、これ呪われてね?




 俺の考えが顔に出ていたのか、そんな疑問をかき消すように尚春は声を大きくする。


「ハーイ! 無敵なアッ


 ──バン! 

 ────カラカラ……カラ。




 視界を一瞬白くした俺は、気がつくと座り込んでいた。


 そんな俺の目を覚ましたのは、手に当たった金属の感触。



「…………ドアノブ?」



 入口へ目を向けると、開き戸の扉がドアノブの隙間を残さず内側の壁に密接している。

 ……さっきのバズーカの様な音はこれのせいだろうか。


 そういや尚春は?


 頭の整理がつかないまま目の前に視線を戻すと、上半身を壁にめり込ませた尚春がいた。


「かっ……」

「……ちっ」


 訳も分からぬまま、視界が端から白くなっていく。


 何だ? 


 ……なに、俺、死んだの?



 窓から風がサラリと吹くと白い景色にシワが入り、それが気絶によるものではなく、純白のワンピースを着た少女が目の前に立っていることが分かった。


 視線をほんの少し上げただけで見える黒髪は、背中まで伸びており、彼女の背丈がかなり低いことを教えてくれる。


 更に上に目をくれると、いつも吊り上がってるであろう大きな瞳は尚春を捉え、白く整った他のパーツは無表情を貫いていた。


 放心状態の俺を一瞥してから、その少女は尚春の尻前で屈む。

 そして、白魚の稚魚のような中指に力をチャージし始め、ストッパーの役目を果たしていた親指からそのまま滑らせたのだった。


 ──ズズズ。


「あっ…………」

 

 数ある尻尾の内、一本だけが兎の尻尾のように短くなった。

 尚春は小さな悲鳴を上げ、


 そして動かなくなった。

 

 

 ズズゥされたぁあああ! 尚春がズズゥされたぁあああ!

 あれ生きてるよね? 血とサトウキビで花火みたいになってるんだけど。

 裂き乱れてるんだけどぉおお! 


 『中だけでも見てけ』って腹ん中全部見せる気かぁあああ!

 


 錯乱する俺に振り返ると、少女は立ち上がり、ピンク色の薄い唇を動かせた。



「ねぇ……花火……好き?」

 


 ……。


 なにこれ、返しが何も思いつかない。

 何これぇえええ! 


 そのか細い両手からバズーカ音を鳴らせることを知ってから、舌が完全にシャットダウンしてるんですけど。


 細身でバストがストリッパー? 

 細身なのは兎も角、バストは無いんですけど。何も無いんですけど。


 こいつが持ち合わせてるの滅びのバーストストリー○だけなんですけどぉおおお! 


 助けて。助けて下さい。

 正解を教えて下さい父さん。


『ベ○ータだ』 


 頭の中に確かに声が聞こえた。


 ありがとう父さん。正解が分かりました。



 俺は瞬時にそれを言葉にする。

 

 

「汚ねぇ花火だ」


 

 その日、とあるお家の壁に穴が2つ空いたのだった。

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