ムラムラ
──チィーン。
アイアンシールドのおかげで意識をハッキリさせた俺は、音のした方を横目で睨む。
陽炎でゆらゆらと続くアスファルトの先にそいつはいた。
痛んでそうな金髪をした青年が、ペダルを重そうに漕ぎながら少しずつ近づいて来ている。
──チィーン。
……やっと来たか。2時間も遅刻したからには一言いってやる必要がある。
こっちは危うく死にかけたのだ。それ相応の理由がなければ断じて許すまい。
涼しそうな格好をしたそいつは、俺の目の前までくると一輪車を下りた。
そして、腕時計を見る時のように掌を閉じ腕を曲げると、その手首に巻きついた輝くベルを、ゆっくりと弾いた。
────チィーン。
「…………」
俺は恐れた。目の前の状況が理解できなかった。何が起きているのだ。
おりんのような残響と共に、膨大な視覚情報が頭の中へ流れ込んで来る。
きっと幽霊や超常現象を目撃した人は、こんな気持ちになるのだろう。
それらを目にした時、理解できない、説明できない、自分の力ではどうしようもない理不尽な状況に、人は恐怖を感じるのだ。
そう。だから俺は正しく恐れている。
どうすれば良いのだ。
落ち着け。……落ち着くんだ松よ。
頭を一度クリアにして、冷静に分析するんだ。
母は『待ち合わせはこのバス停で、10時頃、同居人が迎えに来る』と言っていた。
目の前にいる男は、本当に俺を迎えに来た者なのか?
2時間遅刻したことは一旦置いておこう。
今も尚、俺を真顔で見続けている青年の腰には、赤い一輪車がもたれかかっている。
待て。
……な、なぜ、一輪車なんだ?
タイヤが道中で1個パンクして……。
ぁ、あるいは、軽量化を追求した自転車だとか。
それなら……ありうる。
かかか、彼の手首に巻いているのは何だ!
腕時計のベルトに、そのままベルをくっつけたような……そう腕ベルだ。
あれは一体なんのためにつけているんだ。
そもそもベルに意味なんてあったか?
自転車の飾りだったような……。
い、いやちがう。
前の歩行者に声をかけるのが恥ずかしいから、後ろからよそよそしく鳴らして道を開けてもらうためだろう。
し、しししかしあの腕ベルを装着すること事態が、声をかける恥ずかしさを軽々しく上回っているではないか!
お、おお、オェ。お、落ち着け!
え、ええと、その……わ、わかったぞ!
何故気が付かなかったのだ!
俺は腕ベルに対し、執拗に興味を示しているではないか! 命名してしまうほどに! それが答えだ!
腕ベルを装着すると服装には視線がいかない。
例えどれだけ服装がダサかろうと、それを腕ベルのダサさが超越しているからだ!
よって腕ベルを外せば『まぁまぁカッコいいのでは?』と服装のダサさをカバーできる代物だ!
マイナスにあえてマイナスをかけることで、プラスにする!
それなら…………ありうる。
「いやありえんだろぉおお!」
「遅い! あまりにもツッコミが遅い!」
俺のツッコミに、金髪はすかさず声と眉を上げた。
サドルに置かれた左手で指を差された瞬間、俺のフラストがレーションした。
「貴様の遅刻よりはマシだぁああああ!」
俺の右フックが綺麗に頬を捉え、金髪は一輪車もろとも惨めに倒れた。
俺は生まれて初めて人を殴った。
「が、がはぁっ。こ、これが都会のツッコミ………。重い。……そして鋭いぜ!」
金髪は殴られた頬を抑えながら立ち上がると、俺を睨みながらも嬉しそうに口角を上げた。
間違いない。
こいつ変態だ。
「ふっ………認めるしかなさそうだな。今のは同居人に相応しい人物かどうかを試す試験」
「何を試したんだ」
「ま、細かいことは置いておく。そういや自己紹介がまだだったな」
「……」
自己紹介……。
そう、自己紹介もしてない相手にこんなボケをかませるこいつは、紛れもない変態だ。
更に名前も知らない奴に殴られて、嬉しそうに握手を求めてくる始末である。
「名前は今田尚春。同級生だから、敬語は外してくれていいぜ」
「いやつけてねぇよ」
同級生なのか。
田舎育ちの割には肌白く、ニヤケ顔が似合いそうな顔をしている。
というか殴られてからずっとニヤニヤしている。
身長は俺より小さく160前半くらいか。
低学年に見えるのは腕ベル、いや性格を知ってしまったからだろう。
俺は襟から風をパタパタと送り込んでから、一度気持ちを入れ替えることにした。
こいつが本当に同居人になるのであれば仲良くしなければなるまい。
遅刻したことは水に流すとしよう。
「さっきは悪かった。頭が朦朧としていたんだ。俺は松下 松。これからよろしく」
「よろしく松。全く気にしてないから大丈夫だ」
「ころすぞ」
と言ってしまったが、こんな所で言い争っていては本当に日射病になってしまう。
馴れ馴れしい態度が更に血流を早くするが、俺はさっさと目的地へ連れて行ってもらうことにした。
「それじゃ案内よろしく」
「任せろ!」
一輪車に乗ろうとする尚春を引き止めた後、俺たちはバス停からようやく歩き出す。
バスが消えていった方へ少し歩くと、『仲居村』と矢印の書かれている板が地面に突き刺さっているのが見えた。
「あれの読み方はナカイムラで間違いないんだよな?」
「そう。仲良い村だぜ」
看板の近くまで行くと矢印の方向へ横道が続いていた。
空を木々が隠し、横道というよりはトンネルに近いか。
これがまた結構な坂道なのだが、歩いてみると木々のおかげか空気が冷たく、バス停よりは遥かに居心地が良かった。
「通ってた中学で受験かー。そんなこと出来るんだなー」
少し前を歩く尚春は俺の顔を見ずに言った。
「そ。だからお世話になる家は疎か、学校もパンフレットでしか見てないんだよ」
「それで? 住んでた場所で学校はいくらでも探せたのに、松は何でこんな田舎に来たんだ? この村からは逆に出ていく人が多いのに」
歩みを止めることなく振り返ると、尚春は不思議そうな顔を見せた。
普通に考えればそうだよな。田舎の人が都会に行くことはあっても、都会から田舎の学校を選ぶ人は少ないだろう。
「まぁ……ちょっと、好きな事を探しに……」
「え、好きな子?」
「いや好きな子じゃねぇよ。好きな事、やりたいことだ!」
「好きな子とやりたいこと……。そんなものを探しに来られても困るんだけど」
「そういう意味じゃねぇよ!」
尚春に2発目のストレートを浴びせた後、再び歩き出す。
こんな奴と3年も一緒に住むのか……。
それから少しすると平らな道になり、息を整えながら10分ほど歩くと、このトンネルの出口であろう眩しい光が見えた。
疲れた。
もちろん歩くのもだが……。
尚春のボケが、頭上ですれ違う蜘蛛の巣より多かったのが主な原因である。
もらった水を飲み干してから、尚春に続くようにトンネルを抜けると、最初に見えたのは海だった。
「ここが仲居村だ」
「おぉ……」
そこから見える景色は、まさに絶景だった。
言葉を失ったのは腕ベル以来である。
今立っている高台からクロワッサン状に続いている山が村を囲うようにあり、遠くに水平線も見える。
山側に田んぼや畑が多く、港に近くなるにつれ家が密集している。久々に見る海だったが……。
「海って……2色だっけ……」
「村の外から来る人はみんなビックリするぜ」
尚春は自慢するように言った。
いや、自慢しない方がおかしい。
透き通った緑色から始まり、真っ青へ変わった水平線は、澄んだ青空をより鮮明にしている。
父がいたら迷わずシャッターを押すだろう。
日本にこんなところがあるとは……。
「風車でもありそうだな……」
大自然から吹く海風につられて呟いてみると、その風よりも遥かに冷たい目線を尚春が向けてきた。
「そんなものある訳ないじゃん」
「……言ってみただけだ」
こんな腕ベルしたやつに正論を言われると、それ以下な自分に嫌気がさしてくる。
……ん?
村から外れた遠くの方へ目を凝らすと、黒く焦げたような家が山の中にポツンと建っている。
ボンヤリと映るその建物は、美しい絵画に墨でも垂らしたように一際目立っていた。
俺は話題を変える口実に打って付けだと思った。
「おい、あれ。あそこの家。幽霊でも住んでそうな建物だな」
少し冗談めかして言うと、尚春は殴られてから初めて笑みを崩した。
「ぁ、あれは……」
尚春はすぐに笑みを作り直したが、その表情には聞かないでくれと書いてあった。
事故……火事……だろうか。
こんな田舎で火事でも起きれば、消防が来る前に家は炭になってしまうだろう。
村の人が抱えた不幸を、俺みたいな部外者が掘り起こしていいはずもない。
3年も住めば自然と耳に入るだろうと、俺は聞くのをやめた。
しかし、絶景を一望できる場所なのはいいが……ゆえに高台である。ゆえに道のりはまだ長い。
「そういえば尚春、お前こんな坂道を一輪車で来たのか?」
俺がそう聞くと、尚春はまた笑みを作り直して言った。
「……先は長い! 前進あるのみだぜ!」
「登場のためだけに持ってきたんか」
クロワッサンに沿って下る坂を、立ち止まって鈍くなった足で歩き続ける。
なぜ車で迎えに来てくれなかったのだろう……。
いくら田舎とはいえ、高台から見たときに車は見えた。
まぁ、俺の迎えのために尚春は一輪車を押しながらこの道を往復している。
俺が文句を言うべきでは……ないのか。
──カラカラカラカラ。
そんなことを考えていると虫の声を掻き分けて、人工的な音が後方から聞こえてきた。
振り返ると、今にも止まりそうなエンジン音をたてた軽トラが近づいてきており、すぐ後ろでエンストした。
いや多分停止しただけだ。
「ぉ、大将だ! ついてるぅう!」
嬉しそうな顔で近づいていく尚春に俺も続く。
運転席には、タオルを頭に巻いた40代くらいのおじさんがハンドルを握っており、眠たそうにしながら荷台を親指で指差した。
さっさと尚春が荷台に乗ったところを見ると、どうやら乗せて行ってもらえるらしい。
「あ、ありがとうございます」
俺が頭を軽く下げると、その人は欠伸をしながら手をヒラヒラとふった。
尚春を真似て荷台の四隅に座ると、車がゆっくりと走り出す。
緩やかな風が汗を冷たくする。
軽トラの荷台に初めて乗る俺は、内心かなりワクワクしていた。
「親切な人だな」
「みんな顔見知りだから当然。都会じゃ乗せてくれないのか?」
「みんな顔見知りじゃねぇし。それに、電車もあるからな」
当然という割には嬉しそうだったが……。
「軽トラの方が良い。大将の畑は家から近いから特に良い」
なるほど、そういうことか。
山道を抜けると、今度は畑と田んぼに挟まれた道に出た。
これがまた車一台分の幅しかない道なんだが、反対から車が来たらどうするのだろうか。
畑と田んぼの道もすぐに抜け、家が並んでいる通りに入る頃には尻が悲鳴をあげていた。
「コンビニはあそこな」
「コンビニあんのかよ!」
尚春の言葉に振り向いた俺だったが、そこは『こんびに』と書かれた古い商店がいるだけだった。
すごい……嫌い。
反応したのが悔やまれる。
パクリとか以前に『どう? 面白いでしょ?』というのが鼻につく。
そして何故か尚春がドヤ顔である。
俺の拳が尚春の鼻につく。
更に進むと、大小の文字で『ビョウィン』と書かれた、美容院なのか病院なのか分からない建物が横を通り過ぎていく。
寿命がカットされそうである。
すると尚春がわざとらしい二度見で訴えてくる。
何故こんな面白いネーミングにツッコミを入れないのか、と。
スルーしよう。
より家が立ち並ぶ通りに行くと、野菜屋や郵便局があった。
次は八百屋と魚屋がある道を曲がる。
そして野菜屋を真っ直ぐ進み、八百屋と……野菜屋、八百屋……。
「多すぎだぁあああ! どんだけ八百屋激戦区なんだぁあ!」
我慢の限界だと、軽トラの上で叫ぶ尚春。
「何でこんな多いのか気になるぅうう! なるるるるるぅ! 野菜屋、八百屋、野菜屋ってここはベジタリアンしかいないんかぁああい!」
ほっとけない割には、ツッコミが苦手らしい。
というよりチラチラこっち見んな。
ヒートアップした尚春に対し、俺は声音を冷たくしていう。
「何でこんな多いの?」
「かっ」
『かっ』って……。
離婚を突き付けられた旦那のごとく、尚春は荷台で四つん這いを決め込んだ。
都会で生き抜いてきた俺はそうそう驚いたりはしない。甘いんだよ。
「の、農業してる家は大体あんな感じなんだ……。出荷できない分は陳列しながら、自分達もそこから食べるんだ……」
「そうなのか」
「『そうなのか』じゃねぇよ! こんなユニークスポットをスルーするとか、感性どうなってんだ!」
「フッ……俺の父さんが言ってたよ。多すぎるボケと未成年にはつっこんだら負けだって」
「いや最低な父親だな!」
車のスピードが少し上がったきがした。
次に目に入ったのは3階建ての学校だった。
春休み期間だからか正門はしまっており、人っ気は全くない。
いかにも田舎の学校という古臭さがあった。
「ここが……仲居高等学校……か。生徒は何人ぐらいいるんだ?」
「……確か……一学年百名ぐらい……だったと思う……」
「百名? ってことは全体で三百名近く在籍しているのか。こんな田舎なのにか」
「……周りの高校は殆ど廃校になってるから……周辺の村の子達が集まってくるんだ……」
俺の関心を他所にボソボソ喋る尚春は、つっこまされたことに相当へこんでいるのか、軽トラの隅っこで体育座りをしている。
どんだけ世話の焼ける奴なんだ。
こんなことなら適当に相手をしておくんだった。
「……あ、あれだなぁ。仲居高校って、な、仲良いのかー?」
俺の気遣いに尚春は更に顔を暗くすると、生気の無い目を向けてきた。
「……つまらん」
どうやら死にたいらしい。
優しく胸倉をつかんで、優しく言ってやる。
「誰のために言ったと思ってんだこの野郎」
「この村でそのギャグを使っていいのは小学生までだぜ? 俺は小4には卒業してた」
「じゃぁ君は小4かな? 村入る前に言ってたよね?」
「まーまー落ち着くんだ。ギャグの擦り付けは都会の人の悪い癖だよ。お返しに鼻水擦り付けちゃう」
「汚っ! 百歩譲って、小4までこのギャグ使ってたお前には言われたくない!」
鼻水が鼻くそになる頃には学校は見えなくなっており、また畑と田んぼに挟まれた道が続いていた。
アスファルトはこんな田舎の外れにまで敷かれているのかと関心していると、そこで初めて車が速度を緩めて止まった。
まだ家らしいものは見えないが、一輪車を持ちながら下りる尚春に続く。
尚春は軽トラの荷台を2回軽く叩くと、車に背を向け歩き出した。
声もかけなかったところをみると、恐らくあれが感謝の伝え方なのだろう。
先を行く尚春に遅れないように、俺は素早く頭を下げた。
「ありがとうございました」
ハンドルに顎をついて横目で見てくる姿は、体格の良い猫みたいだ。
あまりじろじろ見るのも失礼だと思い、尚春の背中を追う。
「気をつけろよ」
エンジン音で微かにしか聞こえなかった低い声に、聞き返そうと振り向くも、軽トラはゆっくりと遠ざかって行った。
この村で尚春のボケは、災害扱いなのだろうか。それともただの捨て台詞だったのか。
乗せてもらった時から一言も発しなかった人が、労いの言葉を残していったことに俺は違和感を覚えていた。
「おーい。大将に惚れでもした? あの人結婚してるから諦めたほうがいいぜ」
「人の旦那なんかPTAにしか需要ねぇよ。つか俺はノーマルだ」
「人間みな中性的な部分を持ってるもんだ。胸を張って生きようぜ」
そういって胸を張った尚春のポロシャツは汗で少し肌に張り付いており、女性下着の跡が薄ら浮き出ていた。
え。
え?
え。こいつ女なの……?
いやいや待て、そんな訳ないだろ。
改めて尚春を見てみると顔だちもまぁ男らしくはないが、男だろう。
『尚春』って名前は確かに微妙なラインではあるが……。
いやでも……。
急にヒロインに立候補してくるのこいつ。
一次落選。書類選考すら通らないぞお前。
胸を張った尚春に、暑さのせい以上に乾いた口で聞く。
「尚春さん……? あなた女なの?」
「男に決まってんでしょ。気持ちわるっ」
そう言い、胸を隠しながら俺から距離をとる。
「オメーの方が気持ち悪いわ! なんでブラジャーつけてんだ変態!」
「ちげーし! これは着けているんじゃなく装備してんだし!
ゲームとかであるじゃん?
あの肩とか首とか指とかに、プレイヤーからお金と時間を奪うためだけにつくられたシステム。
別に胴体に色々な属性つければいいだけなのに。
これはいわゆる、胸当て『+防御3』だ」
「何が防御+3だ! 世間からの攻撃に耐性ゼロじゃねぇか! 効果はバツグンじゃねぇか!」
「あ、間違った。胸当て『+防御3』『涼しさ−2』だった」
そう言いポロシャツ越しにブラの位置を少し下げると、一輪車に跨り、先を行く。
暑いからさっさと着いてこいと言わんばかりの背中に、ブラの跡が目に入る。
こいつは間違いなく災害扱いである。
この村が隠しに隠し通してきた、よそに放ってはいけないバケモンだ。
倒したら経験値いっぱいくれそう。
それから10分ほど歩くと、右手にある畑の植物の身長が1メートル半くらいに伸びた。
確かサトウキビって名前だったような。
というかまだつかないのか……。もう村の端っこ辺りまで来ている気がする。
尚春は汗をかきつつも、一輪車をゆっくりと前後に漕いでいる。
そういや何でコイツはこんなに元気なんだ?
さては迎えに来る時も、村の外へ行く車を待ってたんじゃないのか?
……俺があんな猛暑の中、死にそうになっていたというのに。
少し前を走る一輪車の車輪に、落ちていた50センチほどのサトウキビを突き刺そうとした時、尚春が一輪車を下りて振り返った。
「この横道を曲がったらすぐ……松……何してるんだ?」
「見て分からないのか。都会で流行ってるキビダーツの練習」
何回か素振りした後、横道に入る尚春についていく。
横道はまたしても上り坂だった。今度は4メートルくらいしかない急な坂道で、先に続く道を隠しており山の頭しか見えない。
こんな場所に家なんてあるのか。
というか待て。学校まで毎日往復するのか? 流石に車で送ってくれるよな……?
「ふぅ、見えてきたぜ」
「この坂道、筋トレになるな。ハァ、おぉ、やっとか……」
大股で上がりてっぺんで汗を拭うと、涼しい風が吹き抜ける。
ほんの少し高いところだからだろう。風通しが良い。
疲れて重くなった頭を上げると、確かに家はあった。
「……………………嘘でしょ」
尚春は両手を広げて、俺に背を向けながら叫んだ。
「ここが松の新しい家! 『新垣の家』へようこそ!」
この時、尚春の声が頭の中でこだましていたのを覚えている。
疲れているのだろうと、目を擦り目の前にある現実をもう一度見る。
そこに建っていたのは、
幽霊屋敷だった。
俺は気が付くと、持っていたサトウキビを尚春のケツに突き刺していた。