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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
クモ座の劣等星
9/59

クモ座の劣等星④

カツン、カツン、カツン……。


靴の音が、広い廊下に反響する。


私と生徒会長の足音が、静かな空間にポツポツ響く。


保健室は1階の真ん中。


そんな遠くないはずなのに、さっきの教室でのことが頭をグルグルして、心も体もヘトヘト。

足が、なんか砂袋みたいに重い。


「本来ならば、桜丘さんを誹謗中傷したり、画鋲を置いた彼らを、侮辱罪や傷害罪で訴えることは可能です。」


右側から、キリッとした声。


ビクッとして、恐る恐る視線を上げる。


生徒会長が、すぐ隣を歩いてる。


「ですが、証拠が不十分で、なおかつ犯人が特定できない今のままですと敗訴になるでしょう。」


彼女の声、冷静で、なんか法律の本を読んでるみたい。


顔をチラッと見ると、黒い革靴に真っ黒なタイツ、すらっと長い脚。

私よりちょっと背が高くて、制服は黒いリボンまでピシッとシワなし。

モカブラウンの髪は、歪みゼロのお団子ヘア。

茶色のつり目、薄いフレームのない眼鏡。

思ったより冷たくない、知的で大人っぽいお姉さんって感じ。


普段、遠くから声聞くか、チラ見するくらいだったから、こんな近くで見たの、初めてかも。


窓から差し込む光が、黒白さんの髪に深い影を落とす。

その影が、彼女の真面目な表情を、なんかもっと厳しく、深く見せる。


まるで、遠くの何かを見てるみたい。


私、なんか言わなきゃ。

せめて、お礼くらい……。


「あ、あの、セイトカ――」


「桜丘さん、私の名前は黒白(こくはく)です。」


キッとした声と鋭い視線に、ビクッ!

逃げたい気持ちと、逃げちゃダメって気持ちがガチンコ。


結局、黒い靴に視線を落としちゃう。


うわ、失敗……。

クラス替え何度かあったけど、8ヶ月、240日も同じクラスなのに、黒白さんの名前、ちゃんと覚えてなかった。

よりによって、生徒会長の名前を!

バレちゃった……。


「ご、ごめんなさい、こ、黒白、さん……。」


黙ってると失礼だから、必死で謝って名前を呼ぶ。

でも、声がガタガタ震える。


黒白さんが、やれやれって感じで小さくため息。


「貴女、特別待遇の生徒なのに、もっと堂々としないと……この先、苦労しますよ?」


その言葉、胸にズキッと刺さる。


目を合わせられず、ただコクコク頷く。


わかってる、黙ってても何も変わらないって。

でも、さっきみたいなことが起きるの、怖くて、どうしたらいいかわからない。


クラスのみんな、言葉が通じない。

分かり合うなんて、ずっと前に諦めた。


だから、誰とも話さず、顔も見ず、選挙が終わるのを願って、避けてきた。

そうやって逃げてたら、いつの間にか、チャイムギリギリの登校が当たり前。


だから、嫌われて、いじめられて、差別されても、仕方ないのかも……。


このままじゃダメ、わかってる。

でも、私一人じゃ無理だよ。


せめて、まーちゃんがいてくれたら――。


「私は生徒会長として、法を犯さない限り、みんなを平等に扱う義務があります。それは桜丘さん、貴女も例外ではありません。」


ハッとして、黒白さんの横顔にチラッと視線をやる。


え、それって、私も平等に扱ってくれるってこと?


心がグラグラ揺れる。


黒白さんの言葉、ただの決まり文句?

それとも、私のこと、ちょっとでもわかってくれる?


疑問と、ほんの少しの希望が、胸の中で混ざり合う。


黒白さんは、歩みを止めず、廊下の先を――いや、もっと遠くを見てるみたい。

その瞳、なんか、町の紅い鳥居みたいに、静かで、でも重い。


いつか、黒白さんが、まーちゃんみたいなお友達になってくれたら、いいな。


そんな小さな希望が、胸にポッと灯る。


「ベッド、空いてますね。」


考え込んでたら、いつの間にか保健室の入り口。


黒白さんが、教室と同じクリーム色の引き戸をガラッと開けて、中を確認してる。


手招きされて、恐る恐る入る。


左手側に、白いカーテンで囲まれたベッドが二つ。

奥は閉まってて、手前はカーテンが開いてる。


白いシングルベッドが、ポツンと待ってる。


「私は教室に戻りますが、大丈夫ですか?」


「あ、ありがとう、ございます……!」


慌ててお礼を言う。


「いえ、私は生徒会長として当然の事をしただけです。」


そう真面目に答えたけれど、黒白さん、ちょっとだけ微笑んだ?


いや、気のせいかな。


手前のベッドに近づき、黒い靴をポイッと脱ぐ。

膝から寝台に上がり、白いシーツと分厚い掛け布団の間に、つま先から肩までスルッと滑り込む。


白い枕に頭を乗せて、脚を伸ばす。

保健室のベッド、家のベッドより硬い。

掛け布団、ズッシリ重くて、ちょっとザラッとしてヒンヤリ。

なんか、冷たい空気が体に染みる。


「では。」


黒白さんが、軽く手を振って保健室を出る。


その背中を見送りながら、クラスのみんなのことを思い出す。


今日も、悪口の嵐。


心、ズタズタにされた。


でも、私も同じ生徒。

こんなことで、折れちゃダメだよね。

特別待遇なんだから、もっと堂々としないと。

黒白さんの言う通り、胸張ってなきゃ。


「でも……。」


やっぱり、怖い。


そんなの、最初からできてたら、苦労しないよ。


仰向けになって、真っ白な天井を見つめる。


染み一つない白。

教室のガヤガヤと違って、静かすぎる。

この白、なんか、昨日のまーちゃんの血を思い出す。

紅い瞳、蝶々に変わった姿。


ゾッとして、ギュッと目を閉じる。


早く、学校終わらないかな……。


まぶたが重くなる。


意識が、スーッと遠のく。


でも、胸の奥、なんかチクチクする。


この保健室、静かすぎて、逆に怖い。


まーちゃん、どこにいるの?

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