ワームホールの先星④
プールの端から、細い川が続いていた。
ううん、川というより、輝く光の帯って言った方が良いのかな。
青白く発光する水がゆるやかに流れ出し、プールから離れて闇の中へ蛇行していく。
その水路は、ネオンライトの残光を纏い、ピンクと紫、明るい水色の光が水面下から湧き上がるように脈打ち、川底の石ひとつひとつまでを優しく照らし出している。
水の流れに沿って、浮かぶ小さな光がプカプカと漂い、まるで妖精の灯火のように、川を導く道標となっている。
川はゆっくりと曲がりくねり、周囲のヤシの木陰を抜け、遠くの闇を切り裂くように進む。
進んでいくと――、お城が現れた。
夜空の下、遠くにそびえる壮大なお城。
尖塔がいくつも天を突き、壁面全体が柔らかな金色と青のライトで照らされ、まるで暗闇の中に浮かぶ水晶のように輝いている。
窓からは暖かなオレンジの光が漏れ、塔の頂上では星のようなスポットライトがゆっくり回転し、夜空に光の筋を描く。
川は城の麓まで続き、城を囲む濠のような水路に繋がり、そこでは水が鏡のように城の姿を映し、無数の光が重なり合って、万華鏡のような煌めきを生み出していた。
「凄い!絵本で見たお城だね!」
目の前のお城は、まるで夢の産物。
現実の重みを忘れさせるほどに美しく、ネオンと星明かりが混じり合い、城壁の石畳までが淡く光を放っている。
川の流れが城に近づくに連れて、水面の光が強くなり、波紋一つで城のシルエットがゆらゆらと揺れ、まるで生きているかのように息づいている。
遠くから聞こえるエレクトロニックな音楽のリズムが、ここではより深く、城の鼓動のように響き、甘いトロピカルの香りが風に乗って届く。
足元は濡れた石畳のような道で、ネオンライトの反射が足跡ごとに煌めき、まるで星屑を踏んでいるよう。
川の水は穏やかに流れ、浮かぶ光の粒が私の後を追うように揺れ、城へと導いてくれる。
遠くに見えていたお城が、徐々に大きくなる。
金色と青のライトが城壁を優しく照らし、尖塔の先端では回転するスポットライトが夜空に虹色の弧を描き、濠の水面に無数の光の輪を広げていく。
甘い音楽のリズムが城に近づくに連れてより近く、胸に響くように感じられた。
ついに、城の正面に辿り着いた。
そこにそびえるのは、巨大な扉。
高さは私の何倍もあり、重厚な木と金属で作られた門は、青紫のネオンで縁取られ、表面に刻まれた模様が淡く輝いている。
早速扉を開けようと前にでるけど、まーちゃんが更に前に出て、首を左右に振る。
「正面から入るのは止めた方が良いよ、他の入口を探しましょ♪」
「そっかぁ…。」
仕方なく、城壁沿いに回ってみる。
ヤシの木の影が揺れる中、濠の水が城を鏡のように映し、ネオンが二重に輝く道を進むと―― 城の裏側に、小さな扉を見つけた。
古びた木製のドアで、正面のものとは違って控えめなピンクのライトが周囲を照らし、柄の部分が優しく脈打つように明滅している。
私はまーちゃんに目配せした。
すると、今度は縦に小さく頷いた。
「こっちの扉からなら大丈夫♪」
恐る恐る手をかけてみると、意外にあっさりと開いた。
キィ……と小さな音を立てて、暖かな空気が流れ出てくる。
中からは、甘いバターと焼きたてのパンの香りがフワッと、トロピカルなフルーツの匂いと混じって漂ってきた。
扉をくぐると、そこは広々とした厨房だった。
石造りの壁に、柔らかなオレンジとゴールドの照明が灯り、ネオンの残光が窓から差し込んで、全体を幻想的に染めている。
大きな炉の残り火がポウッと赤く輝き、鍋や器具が整然と吊るされた棚の奥に―― 木製の棚に、パンがずらりと並んでいた。
丸いフランスパン、ふわふわのブリオッシュ、チョコレートがたっぷり入ったデニッシュ、表面に輝くシュガーが散らばったもの……どれも焼きたてのように温かく、湯気がほのかに立ち上り、香りが部屋中に満ちている。
そういえば、朝から何も食べていなかったなぁ…。
棚のライトがパンの表面を優しく照らし、金色に輝かせ、まるでキラキラ輝く宝物のように見える。
誰もいない厨房なのに、パンは今しがた置かれたばかりのように、白い湯気を漂わせていた。
「パンがいっぱいあるね、…食べても良いのかな?」
棚を眺めながら、思わず手を伸ばしかけ――
「ん~、それはパンはパンでも食べられないパンだね。」
彼女は小さく首を左右に振った。
「そっかぁ、残念…。」
表面がカリッとした程良い焦げ目、中身が柔らかそうな気泡が入った断面が見えるのに、食べられないなんて……。
指先で軽く触れてみたら、意外と固く、まるで飾りの置物のような感触。
香りは本物なのに、口に入れられないなんて、残酷過ぎる。
ぐぅぅぅ…っ。
お腹が鳴って、余計にカナピーマン。
すると、まーちゃんがにこっと笑って、
「後で美味しいもの食べさせてあげる♡」
「え、何かなぁ?」
私が訊くと、彼女は人差し指を自分の口元に添えて、いたずらっぽくウインクを投げてきた。
「それはねぇ、ヒ・ミ・ツ♡」
チラッと見えた彼女の目は暖炉の炎よりも深く赤かった。
暖かな光が彼女の顔を優しく照らし、艷やかな黒髪にも反射して、まるで悪戯好きの妖精みたい。
よく分からない子だけど、悪い人じゃなさそうだし、意地悪な人達よりもずっと良いな。
厨房の暖かなオレンジの光が、パンの棚を優しく照らし、甘いバターの香りがまだ漂っている中、私はまーちゃんと一緒に部屋の中で体を温める。
湿ってた髪も乾き、かじかんでいた手も、鳥肌も、いつの間にかなくなっていた。
それにしても、どうしてカラフルなプールから光の川が流れて、こんな幻想的なお城に繋がってるんだろう?
そして、こんなに美味しそうな食べられないパンが置いてあるなんて、まるで夢みたい…。
…あ、夢だったか…。
「これはジケンでしゅね!」
突然、足元から妙な声がした。
威張っている子供みたいな、可愛らしくも憎たらしい声。
ビックリして下を見ると――そこに、ペンギンがいた。
白とグレーのふわふわした毛並みで、小さくて丸っこい。
ペンギンというより、赤ちゃんペンギンかな。
黒いビーズのような目が、キラキラとこちらを見つめていて、なんだか愛らしい。
いやいや、そんな事より…
「ペンギンが喋った!?」
思わず声を上げると、まーちゃんがクスクス笑う。
「この子はねぇ、私のパペットなの♡」
そう言って、その場で手を軽く動かすと、ペンギンのぬいぐるみがピョコンと跳ねる。
「はい、ゴードンでしゅ!」
ペンギンのゴードンが名乗りを上げて、黒いビーズのような目でジッとこちらを見つめてくる。
声がまた可愛くて、胸がキュンとする。
「へぇ、パペットなんだぁ……本物かと思っちゃった。」
よく見てみたら、確かにビーズみたいな黒いお目々は本当にビーズで、黒いクチバシも柔らかい布で出来ていて、足が無くて、平べったくなっている底には手をはめ込むポケットがあった。
それでも、ふわふわの毛並みが本物の羽みたいに柔らかそう。
「フワッフワッでしゅからね、フワッフワッ!」
ゴードンは、体をプクゥと膨らませて自慢げに胸を張る。
厨房の暖かな光が、その白いお腹を優しく照らして、本当にふわふわに見える。
私はしゃがんで、そっとゴードンのお腹部分を撫でてみた。
指先が沈むくらい柔らかくて、温かくて……、まるで本物の生き物みたい。
「確かにフワッフワッだぁ〜!」
思わず笑顔になっちゃう。
こんなに気持ちいい触り心地、久しぶりかも。
すると、ゴードンが得意げに囁く。
「ゴードンはジョーカーとは違いましゅからね!」
ジョーカー?
あぁ、あのカエルのパペットの事ね!
緑色で、ちょっとつるっとした感じの……
「確かにカエルはフワフワしていないから、すぐにぬいぐるみだと分かるもんね……。」
口に出して、ふと気が付いた。
あれ?
何で私、ジョーカーがカエルだなんて思ったんだろう?
カエルのパペットなんて、見た事ない筈なのに。
おかしいなぁ……。
記憶にないはずのものが、頭に浮かんでくるなんて。
夢の中だから、記憶と空想がゴチャ混ぜになっているのかな?
それとも、もっと前に、どこかで…。




