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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ケルベルス座の上級星と水の星徒達

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ケルベルス座の上級星と水の星徒達㉖

そして、間も無く――

プール全体が、白一色に塗り潰された。


視界が焼き切れる。眩しさというより、脳の奥を直接叩かれるような強烈な閃光だった。


冬の冷え切った空気が、ビリビリと震え、濁った水面が細かく波打ち、金属製の手すりが甲高い音を立てて共鳴する。


耳鳴り。鼓膜の奥がジン、と痺れる。


――来た。


理屈よりも先に、身体が理解する。


これは“選挙”が終わった合図だ。


白光の中心。

空間そのものが、紙を引き裂くみたいに歪み、裂ける。


そこから――人影が、押し出されるように現れた。


黒いローファー、白いソックス、白いワンピースの制服、亜麻色の髪の三つ編み。


――妃姫様だった。


白い制服姿のまま、足元も覚束ない様子で、ぼんやりと立ち尽くしている。

目蓋は半分閉じられ、まるで長い夢から目覚めきれていないような、微睡みの表情。

呼吸だけが、白い息となって規則正しく吐き出されていた。


白い息が小さくなった、次の瞬間――

光が、弾け飛ぶ。


ドサッ。ドサドサッ。


ゴトン――。


重い、湿った音。

何かが、いくつも床に叩きつけられる音だった。


白光が引いていくに連れ、床に転がる“それら”の輪郭が、徐々に浮かび上がる。


……人。


いや、“人だったもの”。


御蘭華の遺体とは別の場所に、複数の死体が、無造作に投げ捨てられていた。


焦げ臭さが、一気に鼻を突く。

焼けた肉と、溶けた布と、鉄分を含んだ血の匂い。


さっきまでの冷たいプールの空気が、一瞬で生臭く、重く、肺に絡みつく。


女が三つ、男が一つ。


選挙会場では爆発に巻き込まれ、跡形もなく消えた筈の彼等。


それなのに――ここに“戻ってきた”身体は、どれも全身が真っ黒に炭化し、皮膚の質感すら失われている。


顔も、指も、人だったことを示す細部は、ほとんど残っていない。

ただ、骨格と体格だけが、辛うじて性別を語っているだけ。


とても……直視できるものじゃなかった。


その周囲には、割れたネイルの破片、焦げて歪んだヘアピン、持ち手が砕けた鋏。


焼け焦げてなお形を保つそれらが、選挙会場で派手な服を着て、声高に騒いでいた彼らの姿を、無遠慮に思い出させる。


更に――


少し離れた場所。


縄でぐるぐるに縛られ、全身を無数の刃で切り刻まれた、小柄な遺体。

真っ赤に染まった制服の残骸。茶色く肩にかかった後ろ髪の、特徴的なシルエット。


……考えなくても、分かってしまう。


許子。


喉が、ヒクリと鳴った。


息を呑む間もなく、視界の端が、別の“異常”を捉える。


床に転がる――半分だけの影。


見慣れた縦長のシルエット。

上半身だけが、そこにあった。


瞬きをした、その次の瞬間。


アタイの身体は、勝手に動いていた。


「……鱗魚助!!」


声が裏返り、乾いた空気の中で、情けなく割れる。


選挙会場の時と同じ、下半身は、完全に失われている。

胸から下は、黒焦げの肉片に覆われ、それでも――上半身だけは、まるで最後まで何かを訴えようとした姿勢のまま、残されていた。


「そんな……嫌だ……ッ!」


気付けば、震える腕で亡骸を抱き締めていた。


冷たい。

硬い。


制服の袖や髪が血と煤で濡れていくのも構わず、自分の顔を彼の胸元に押し付ける。


「せめて……アンタだけでも助かって欲しかったのに!!」


分かっている。

いつか転生することは、分かっている。


それでも――

“今”失った事実が、胸を締め潰す。


詩由羅も、完全に顔色を失っていた。

唇を震わせ、言葉を探している。


「波戸川君……まで……そんな……!」


その空気を、場違いな程に軽い声が、無遠慮に切り裂いた。


「あふぇ、モボガったらタベちゃっで……オナガすいでるの?」


妃姫様だった。


死体が散乱する中心で、彼女はようやくアタイの存在に気付いたらしい。


殺戮の只中にいた筈なのに、制服は汚れひとつなく、相変わらず整っている。


寒いのか、それとも高揚しているのか、頬をうっすら赤らめ、白い息を楽しそうに吐き続けていた。


相変わらず発音は曖昧で、言葉は聞き取りにくい。

でも――意味は、分かる。


「彼は最初から千切れてて……アタイは……食べてない、ですよ。」


震える声で、必死に否定する。


妃姫様は、パチパチと瞬きをする。


そして次の瞬間、パァッと花が咲くように微笑んだ。


「そっがぁ〜。モホハはシッポからタベるんだへ!」


"モモカは尻尾から食べるんだね"?


明らかに脈絡のない返答。

その言い方はあまりにも自然過ぎて、あまりにも異常だった。


妃姫様は周囲を見渡し、胸に手を当てて、ホッとしたように大きな息を吐く。


「よがっだぁ〜、すぁっきまでイヂワルしてきたひほはち、どほかにひっはみだい!」


"意地悪した人達は何処かに行った"

とでも言ったのかい?


胸の奥が、冷え切る。


違う。


“何処かに行った”んじゃない。


"ここ"に、転がっている。


臭いも、形も、全部"ここ"にあるのに――


彼女の目には、それが“人”として映っていない。

理解していない。

いや、理解する回路そのものが、存在しない。


妃姫様は、足元の肉片や遺体を見て、楽しげに声を上げ始めた。


「すぅごい!プゥルにおほきなうみうのいひものひはんだ〜…、もふぉかがほぉってくれふぁ!?」


彼女が言ってるその“海の生き物”とは――


黒焦げた星徒達の遺体だった。


妃姫様には、これがただの大きな海洋生物に見えているらしい。


妃姫は嬉々として屈み込み、遺体をひとつひとつ両手で持ち上げて目を輝かせた。


「ヘェンなオサガナとぉ〜、タツノオホシボと〜、キャニと〜……ザリガニ?」


妃姫は女の首を掴んで、遺体を持ち上げると、怪訝そうな表情に変わる。


黒焦げでわかりにくいが、やや背が高く丸みを帯びた体格からして天音だった。


「このザァリギャニはおいひくなふぁそうがらぁ、ひらないはな〜!」


そのまま天音の遺体をプールに向かって――


ポイッ。


ドボンッ!!

バシャッ!!


水飛沫が上がり、黒い影が水中へ沈んでいく。


妃姫様……?


アタイも詩由羅も、声どころか、瞬きすら忘れて固まっていた。


呼吸が浅くなる。視界が、ゆっくり歪む。


妃姫様はさらに歩き回り、縄で縛られた許子を見つける。


胸元の縄を掴み、楽しそうに目を細めた。


「ハンホウはブツギィふぉうにひばっへほいはお!」


見せ付けられた許子の遺体と目が合った。


今朝見かけた時にかけてた眼鏡は失くなっているものの、他の星徒達と比べて少女の顔はハッキリと許子だと認識出来る程に綺麗だった。


てっきり汚いモノ、怖いモノを別のモノとして思い込むようにしているものだとばかり思っていたが…。


今朝、妃姫様が手を繋いで教室まで送った相手。


それを――


“鮟鱇”と呼ぶ。


違和感が、確信へと変わる。


選挙の前まで、彼女は“人”だった筈なのに。

落選した途端、存在そのものが、別の生き物に置き換えられる。


妃姫様は、笑顔で振り返り、軽くスキップした。


「やっはりネゴォはサハナがすぅひなんはね〜!」


猫――?


今まで何故か妃姫様がアタイを猫扱いしているのか分からず、ただ受け入れるしかなかったのだが…


…分かった途端、背筋が凍る。


もしかして、アタイも……

妃姫様と“選挙”をして、負けた……?


でも何でアタイが妃姫様相手に……?

いつ、何処で…?


恐ろしくなり、後ずさる。


その拍子に、胸元からロケットペンダントが落ち、カチャン、と音を立てて開いた。


写真。


中には、頭巾を外して坊主頭で真面目な表情の鱗魚助と、家族と思われる3人が写っている。


彼の後ろにはボサボサ頭で柔和そうな顔だが何処か鱗魚助に似ている男と、鮮やかな衣を纏い黒髪を美しくまとめた女性。


そして鱗魚助の隣には――


濃水色から鮮やかな空色へグラデーションになっている長髪、花緑青の瞳をした凛とした少女。


胸が、ざわつく。


その少女の顔を見た瞬間、モモカの心がざわついた。


誰……?


でも、何で……、この子を見た瞬間、気になってしょうがない気分になるのは?


その瞬間、数日前の記憶が脳裏に突き刺さる。


妃姫様が"飛び魚"と称してモモカに与えた謎の肉塊。


そう、あの時の肉に貼り付いていた髪の毛らしきもの。

あの独特な濃水色と空色の髪の毛。


まさか……あの肉……鱗魚助の家族だった?


動揺するアタイに影が覆いかぶさる。


アタイに歩み寄り、屈み込んだ妃姫様は、まるで仔猫を撫でるような柔らかい声で囁いた。


「ノドガ、フォネがあふはら、つぁべやふいほうにひへはへるへ〜!」


その声音は優しいのに、瞳だけが異様に輝いていた。

理性という温度を持たない、異形の光。


妃姫様はアタイの腕から鱗魚助の亡骸をヒョイと奪い取った。


「あっ…。」


丸い指先とは思えない程の力でグイッと奪われ、唖然とし、奪い返す事すら出来なかった。


次の瞬間。


バキッ!


鱗魚助の顔を妃姫様は躊躇なく右足で踏みつける。

砂で泥だらけになったローファーの爪先が沈み込み、骨が悲鳴を上げるようにきしんだ。


メキメキ…


それは乾いていて、それでいて肉の奥底にまで響くような音がした。


べキィッ!!


そしてそのまま、素手で彼の腕をもぎ取った。

皮が裂け、筋が弾け、骨が外れる。


寒空の下、プール全体に湿った破裂音と、ズルリとした肉の剥がれる音が広がる。


――やめて!!


アタイの頭の中で悲痛な叫びが轟く。

胸の奥が潰れそうで、胃の中のものが逆流しそうで、肺がまともに働かなくなる。


それでも妃姫様は解体の手を止めない。


このままだと、アタイもいずれ、こんな目に遭うんじゃないのか!?


逃げなきゃ。


逃げなきゃ!


逃げなきゃ――!!


アタイは必死に足へ命じる。


走れ!


動け!


なのに、


足が……動かない。


まるで透明な糸で縫いつけられたみたいに、足首から太ももまでが石の柱になったように動かない。


息が荒くなり、喉が乾き、頭がクラクラする。


それなのに――


「ありがとうございマス…、ウレシイ。」


え?

何コレ?


突然、自分の口から勝手にこぼれたその言葉に、全身が総毛立つ。


「ヒキサマにおツカエデキマシテ、ワタクシ…は、シアワセです…。」


喉の奥が勝手に震える。

舌が勝手に動く。


違う!!

アタイの言葉じゃない!!


カラカラで情けない声が、アタイの意志を踏みにじって溢れ続ける。


なんで!?

どうなってるの!?

やだ……やめて……妃姫様、お願い……!!


視界の端で、詩由羅が震えながら壁際へ後ずさっていた。

だがアタイの異様な状態に気付いた途端、彼女の顔色は一瞬で血の気が引いたように白くなった。


「え、何、どうしたの…?」


詩由羅の唇が震え、か細い声が漏れる。

まるで狂信者のような奇妙な事を言い出したアタイを恐ろしくて見ていられない筈なのに、視線を逸らせない。


そんな2人の気持ち、恐怖など、妃姫様の脳には一切届いていなかった。


腕の肉を器用にそぎ落としながら、まるでピクニックに来た少女のように無邪気な笑顔で立ち上がる。


そして、血に濡れた手をぱんっと軽く叩き、スカートの裾を揺らしながらくるりと回る。


「きょおもふぇえふぁでフレピーファン!!」


空の海に響くその声は、明るくて、楽しげで、残酷さを理解しない子供そのものだった。


しかしアタイと詩由羅の周囲に広がるのは、平和とは真逆の――


肉片が散らばり、血が水面に薄く広がり、生温い風が肌を撫でる、逃げ場のない地獄絵図だった。


助けて、ミーシャ様……!!

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