ケルベルス座の上級星と水の星徒達㉓
ユユルルが宙に浮かぶ円盤の中央でムニィッと唇を吊り上げた。
頬が柔らかく持ち上がり、幼い少女のような無垢な笑顔が咲く。
まるで春先に開く花のように可憐――なのに、その奥にあるものが、どうしようもなく歪んで見える。
「上級星のユユルルは下級星を葬り、新世界の神になるのですよぉ★」
その言葉を祝福の宣言みたいに響かせながら、彼女は両手を大きく広げた。
次の瞬間、何もない空間から、白とピンクのスターメイスが現れる。
星の光を無理矢理押し固めたような棘付きの球体が、メイスの先端でギラリと輝いた。
ユユルルはそれを軽々と頭上で振り回す。
ブォンッ――と、空気が裂けた。
その瞬間、空が、うねった。
星空が歪み、捻じれ、巨大な渦に吸い込まれるみたいに回転を始める。
光の粒子が悲鳴を上げるように集まり、空中で圧縮され、やがて無数の光の塊となって浮かび上がった。
球体。
そこから無数の突起が伸び、青、ピンク、黄色、緑――遠目には、祭り菓子の金平糖みたいに、やけに可愛らしい。
一粒一粒はユユルルの頭より一回り大きい。
一番大きいものは、サッカーボールほどもある。
それらが星雲の欠片みたいに煌めきながら蠢き、空を埋め尽くす。
星屑の群れがざわめき、甘く焦げた砂糖を煮詰めたような匂いが、ムンムンと鼻腔を犯した。
――嫌な予感しかしない。
「ちょ、あれってモヤットボールじゃね!?」
「マ于″宀ヶゑ!ξσまぇレニʖˋ<せωUτゃωょ!!」
アマビヒコとキコリンコは一瞬だけ目配せを交わし、次の瞬間、同時に水を蹴った。
波が爆ぜ、二人の身体が水面を裂いて飛び出す。
飛沫が光の筋となって弧を描き、一直線にユユルルの円盤へと突進していく。
カキコケラーは巨大なハサミを振り回し、うねった前髪を揺らし、海を切り拓きながら歩き出した。
その後ろを、アマネラッカが続く。
踝まで届く赤い長髪を翻し、鋭い眼光を空へ向ける。
背負ったギターの弦が、ビィンッと低く震えた。
「ケルベロス座の上級星か何か知らないけど、6人相手に敵うと思ってるのぉ?」
「まぁ、売られた喧嘩は買いますけどね。」
長身の男女は、先行する2人とは対照的に、余裕のある足取りで色とりどりの空へ近づいていく。
「結局選挙になっちまうなんて、何だかなぁ…。」
やれやれと鱗魚助は溜め息を吐く。
アタイと鱗魚助は彼等の後を追わず、砂の上に立ち止まったまま遠くから様子を眺めていた。
足元の砂が、微かに震えている。
「アイツ等ヤル気満々で挑むのは良いけどよぉ、あんな高く飛んでる奴への攻撃手段なんてあるのか?あのちっこいのも変なの出して何かやろうとしているようだし…。」
鱗魚助の声には、隠しきれない不安が滲んでいた。
確かに、ユユルルは、あからさまに“準備”をしている。
石……いや、あれは石なんかじゃない。
星の力を固めた、純然たる破壊の塊。
流石にあの4人も分かっていて向かっているんだろう。
……そう、信じたい。
それにしても、ケルベロス座の上級星?
本当に?
その瞬間、アタイの内側で、何かがざわついた。
心臓の奥、もっと深いところで、古い記憶がノイズのように擦れる。
血のように赤い光。
崩れ落ちる白い教会。
砕けた色とりどりのステンドグラス。
――あの時。
倒れていた白装束の女性。
その上に足を掛け、白とピンクの薄衣を纏った妖艶な女が、狂ったように笑っていた。
体格も年齢も違う。
でも――長いラベンダー色の髪。頭頂部から伸びる、淡く光る突起。星みたいに輝く、ピンクの瞳。
重なる。
今、円盤の上で笑っているユユルルと、ピタリと重なる。
あの女、本当に星徒?
――違う。
違う、違う!
アイツの正体は…!
「皆、逃げて! ソイツは有家名だよ!!」
叫んだ、その直後。
「ディザスター★スター!!」
ユユルルの笑顔が、パチンと弾けた。
無邪気さが剥がれ落ち、底知れぬ愉悦が露わになる。
掲げられたスターメイスが、振り下ろされる。
次の瞬間、空に渦巻いていた無数の金平糖が、一斉に眩く輝いた。
そして、小刻みに震えた直後――
ズドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!!
それ等は雹みたいに、轟音を立てて降り注いだ。
空がグオオオッと唸り、星屑が火花を散らし、海面がザバザバッと割れる。
「危ない…っ!」
アタイの声は、爆音に呑み込まれた。
最初に飲み込まれたのは、最前線にいたアマビヒコとキコリンコだった。
可愛らしい色合いからは想像もできない速度。
反応する間もなく、二人は直撃を受け、爆光の中に消えた。
海が逆巻き、眩い閃光が空を裂く。
次の瞬間――
二人の姿は、爆発と共に、跡形もなく消失した。
星の光に分解されるように。
「アマビヒコ!!キコリンコぉぉ!!」
アタイの声は空しく響いた。
海が、悲鳴を上げて崩れていく。
「ふざけた見た目をして、なんて破壊力ですか!?」
一瞬で2人が木っ端微塵になった事にカキコケラーの気怠げだった赤目が見開いた。
取り乱しながら、向かって来る爆弾を防ごうと手にしていた巨大なハサミを投げつけ、白衣のポケットの中にしまってある金銀銅大小さまざまなハサミを次々に投げつける。
だが、水分が含まれていないのか全て弾かれ、 返すように降ってきた大量の金平糖の雨に巻き込まれる。
次の瞬間、爆音と閃光が炸裂し、背の高い男の姿も光の粉となって四散した。
「まさかカキコケラーまで…。」
仲間が次々に消えていく現実に、アマネラッカは一瞬、足を止める。
だが歯を食いしばり、赤髪を振り上げた。
「アタシは星徒の頂点に立つ者、こんな所でくたばる訳にはいかないわ!」
ズズズッ…!
砂を割って、血のように真っ赤なグランドピアノがせり上がる。
彼女は立ったまま、鍵盤を叩きつけた。
低く、重い音。遠雷のような第一音。
左手が大地を揺らし、右手が不安定な旋律を刻む。
それは風と海と砂が衝突する音。
自然が牙を剥く、その瞬間の音。
旋律に呼応し、竜巻が立ち上がる。
砂と海水が巻き上がり、音が風へ、風が刃へと変わる。
テンポは加速し、音は狂気じみて絡み合う。
不協和音が嵐の混沌を描き、音の壁が金平糖を弾き返す。
竜巻が、金平糖を飲み込もうと吠える。
「ふぅ〜ん、嵐の旋律、弾けるようになったのですかぁ…☆」
ユユルルが笑みを深め、ボソッと呟く。
「でも、やっぱりユユルルの下僕になる資格無し、全然ダメダメなのですよぉ〜☆」
ユユルルがくすりと笑い、再びメイスを掲げ、何度も振り下ろす。
空に停空していた金平糖達が一斉に輝きを増し、炎の尾を引きながら降り注ぐ。
色とりどりの金平糖は四方八方に降り注ぎ、被弾した巨大な壁は一気に崩れ、崩壊しかけてたキャットタワーもバラバラと砕け散る。
もはやそれは隕石だった――甘く光る、死の星の雨。
海水が空中に浮き、砂が反転し、世界がひっくり返ったような錯覚に陥る。
それはアマネラッカの身体にも直撃した。
光の奔流の中、目をカッ開き、必死な形相で鍵盤を叩く彼女の姿が見えた瞬間――、光と爆音が覆った。
「アマネラッカぁッ!!」
アタイは彼女の名前を叫んだ。
無事であって欲しいと必死に叫んだ。
だが、白い閃光の後、そこに誰の影もなかった。
嵐が静まって、アタイは立ち尽くしてた。
目の前の惨劇が、現実とは思えなかった。
なんてこった!
有家名が星徒に混ざって選挙に出るなんて、反則だろ!
手が震え、ピンクの毛が逆立つ。爪が掌に食い込み、痛みだけが、まだ生きている証みたいだった。
心の奥に霧が広がり、遠くで叫び声が反響する。
桜の鈴が、チリリと小さく鳴る。




