クモ座の劣等星②
私は桜丘妃姫、ヒキちゃんって呼ばれてるよ!
今、めっちゃ急いで学校へGO!
朝礼まであと10分。絶対間に合わせてみせる!
家から学校までは、商店街と地獄みたいな上り坂だけ。シンプル!
幸い、私の運動神経はそこそこイケてるから、長距離も坂もへっちゃら!
一つ目のデカくて真っ赤な鳥居をくぐり抜け、シャッターだらけの商店街を3分でダッシュ!
二つ目の鳥居もガッと突破!
そして、目の前にそびえる、超絶キツい坂道!
一気にいくよ!
日に日に冷たくなる風がビュービュー吹いて、制服のスカートがバサバサ舞い上がる。
前髪が乱れて口に入っちゃうけど、そんなの気にしない!
息をハァハァ切らせながら、土とコンクリートだけの丘の上にある学校を目指して、ガンガン駆け上がる。
キーコーン、カーコーン。
うわ、チャイムの音! 遅刻しちゃう!
息が荒くなって、胸がドクドク脈打つ。
足は急ぎ足、1歩ごとに焦りがドンドン増す。
目の前の校門が、なんか遠ざかってるみたいに感じる。
でも、ほら! 校門、すぐそこ!
ゴールはもう目の前!
茶色いレンガの壁と、黒い鉄のアーチの校門。
ギリギリ届きそうな距離で、ちょっと身を屈めて――
ズザザザァッ!
息を切らせながら、思いっきり滑り込む!
黒いアーチの下を、ド派手にくぐり抜ける!
キーコーン、カーコーン…
「セーフッ!」
やった、今日も間に合った! 超ウレピーマン!
心の中で大歓声! 自分をめっちゃ褒めちゃう!
達成感が全身を駆け巡り、心臓がバクバク踊る。
もう、そのまま飛び跳ねたいくらい、爽快感MAX!
カーン、カーン、カーン……。
最後のチャイムが、ゆっくり響き終わる。
そしたら、急に体が鉛みたいに重くなった。
飛び跳ねるのは諦めて、ハァハァ息を整えながら、ゆっくり立ち上がる。
前髪はグチャグチャ、全身汗だく。
今朝のシャワー、意味なくなっちゃったじゃん……。
「桜丘さん、危なかったわねぇ。」
校舎の方から、聞き慣れた妙齢の声。
振り返ると、白に近い薄紫の髪を低いお団子にまとめたおばあちゃん先生が、シワシワの肌を揺らしながら、小走りでやってくる。
ドレスみたいに長い白いワンピースに、まるでミルクチョコを削ったみたいなシワだらけの笑顔。
あの年齢でこの軽やかさ、ほんとスゴい!
先生は私の横をスッと通り過ぎ、皺だらけの両手で蛇腹の校門をガラガラ閉じる。
慣れた手つきで金属のハンドルをクルクル回し――
ガチャンッ!
重い音が響き渡る。
いつものことだけど、この音、めっちゃデカくてビックリする!
「おはようございます、渦神先生!」
私が元気に挨拶すると、先生は返事の代わりに、もう一つ鍵を――
ギィィ……ガチャンッ!
またデカい音!
最近、先生のこの鍵かけ、なんかいつもより重々しい。
陽気な笑顔の裏に、チラッと暗い影が見えた気がした。
「厳重すぎません?」
先生の曲がった背中に、恐る恐る声をかける。
いつもコロコロ笑ってる先生なのに、鍵をかけるたび、口元に深刻なシワが刻まれる。
何か隠してる? 言いたいことある?
その微妙な表情に、胸がザワッとする。
「近頃は物騒ですからねぇ……。」
先生がため息まじりにポツリ。
「この7日間、毎日セイトが失踪していますからねぇ。隠薔薇先生も、行方不明のままですし。」
「そ、そうなんですか……?」
そんなことになってたなんて、知らなかった。
思わず、曖昧な返事しかできない。
そういえば、最近、変な声で校内をウロつく隠薔薇先生、見なくなったって、クラスで噂になってたな。
いつからだっけ?
よく考えたら、隠薔薇先生がいなくなってから、生徒が次々いなくなってる気が……。
この狭いゲンソウチョウで、人が消えるなんて、ゾッとする。
もし、まーちゃんまでいなくなったら――。
胸がギュッと締め付けられる。
不安がドンドン膨らんで、頭がクラクラする。
私の顔色を見たのか、渦神先生がいつもの優しい笑顔に戻る。
「ささ、早く教室行きなさい!」
右手を振って、校舎へ急ぐよう促す。
「はい、先生、また後で!」
小さく頷き、先生に背を向けて校舎へ歩き出す。
クリーム色の砂のグラウンドの先に、白い校舎がどーんと立つ。
まるで巨大な豆腐を凸の字に組んだみたいな、シンプルなデザイン。
屋上の大きな時計と、3階分の窓、玄関だけ。
よく見ると、2階の真ん中から左の窓が開いてて、白いカーテンがヒラヒラはみ出してる。
それを見た瞬間、なんか胸がチクッとした。
急いで歩を速める。
ゲンソウチョウの学校、時間にめっちゃ厳しい。
特に最近、なんかピリピリしてる気がする。
開けっ放しの玄関に入ると、ヒンヤリした空気がスーッと流れる。
向こう側の扉も開いてて、校舎の裏の中庭が見える。
靴の履き替えがないから、玄関は狭いけど、廊下は果てしなく長く続く。
教室は2階。
昔は10クラスあったらしいけど、今は1クラスだけ。
間違える心配ゼロ!
玄関すぐの白い階段を、1段ずつ登り始める。
折り返しの階段は、1段が低くて登りやすい。
でも、なんでだろ。
教室に近づくにつれ、足がどんどん重くなる。
さっきの坂道より、なんかキツい。
カツン、カツン、カツン……。
疲れた足を引きずりながら、26段の階段をやっと登り切る。
やっと、教室にたどり着いた。
磨りガラスの窓とクリーム色の引き戸。
中は見えないけど、ガヤガヤした話し声が漏れてくる。
何の話してんだろ?
気になって、引き戸に手を伸ばす。
その瞬間――
全身の毛が逆立つみたいな、ゾワッとした寒気。
朝の冷たい床、坂道の汗、玄関のヒンヤリとは全然違う。
背筋が凍り、ヒヤッとした汗が全身から溢れる。
手が、ブルブル震え出す。
原因、わかってる。
私、教室に入りたくない。
でも、絶対入らなきゃいけない。
落ち着け、ヒキちゃん。
ちょっと遅れただけ。
大丈夫、いつもの教室だよ。
自分を励ましながら、右手で引き戸を左から右へ滑らせる。