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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ケルベルス座の上級星と水の星徒達

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ケルベルス座の上級星と水の星徒達㉑

海面が穏やかに揺れ、潮の匂いが鼻の奥にじんわりと染みる。

深く呼吸をした拍子に、肺の奥まで薄い塩味が届いた気がした。


砂浜にはようやく助かったという安堵の吐息が、3人分、重なる。


「ハァ…助かった!」


アマビヒコが胸を大きく上下させながらゼエゼエと荒い息を吐き、青緑色のリボンタイを緩める。

そのまま膝から崩れ落ちるように砂の上へペタンと座り込んだ。

さっきまで瀕死だった2人を癒したのだから無理もない。

額からこぼれる汗が砂に吸い込まれていく。


「全く…、命拾いしましたね。」


カキコケラーも片膝を立てて座り、櫛のようなハサミで潮水と砂にまみれた髪をぎこちなく整えている。

さっきまで青黒く変色していた皮膚は、もう元の青白い色に戻っていた。


「レヽ(キτゑ…。」


キコリンコは、上体を起こしながら、自分の右腕を確かめるように、ゆっくりと指を握ったり開いたりする。

皮膚の上に残っているかすかな痕を眺めるその瞳には安堵と、まだ拭えない恐怖が入り混じっていた。


──これで良かったんだ。

あと少しで決着がつくところだった。敵に情けをかけるなんて、普通はあり得ない。自分でも自分に呆れる。


でもきっと、もしミーシャ様だったら、同じように手を差し伸べただろう。


そう自分に言い聞かせた。


だが案の定、返ってきたのは、感謝ではなく──疑いの視線。


「見殺しにすれば良かったのに、何のつもり?」


アマビヒコが、不服そうに眉を寄せ、首を傾げる。


「全く…、助かったのは良いですが…。」


カキコケラーはヨロヨロと立ち上がると、 ハサミの先端をこちらへ向け、弱々しく構えた。


「ナょレニナニ<ʖˋωτ″ゑσ?」


キコリンコは元通りになった腕を組んでムッと唸る。


自分でも分かってる。

この状況で味方だと思われる方が不自然だ。


「鱗魚助、連れてってくれ!」


アタイは海面に立つ鱗魚助を見上げた。

彼は露骨に不満そうな表情を浮かべたが、それでも小さく頷き、ヒョイっとアタイを抱え直すと、そのまま海面を走るように三人の元へ。


水飛沫が飛び散り、光を反射してキラリと瞬く。


砂の上に辿り着くとそっと降ろされ、アタイは3人の元へと歩み寄る。


「あんまり近付くと危ないぞ!」


背後で鱗魚助が焦った声を上げたが、アタイは止まらなかった。


警戒してはいるものの、疲弊しきった今の彼等には殺意を感じなかったからだ。


「何となく思ったんだよ。この不毛な選挙、間違ってるって。」


アタイの言葉を聞いたカキコケラーが赤い目を細め、呆れたと言わんばかりに溜め息を吐く。


「貴女から選挙を仕掛けておいて何を今更…。それで、僕達を生かした目的は何ですか?」


アマビヒコとキコリンコも身構える。


「まさか話し合って誰が落選するか決める、じゃないよね?」


「レよナょUぁレヽレよちょぅれレヽτ″ゃっτゑωナニ″ょ?」


「朝礼?」


アタイは聞き返し、鱗魚助の方を振り返る。


「食糧が尽きてから1日1回、成績やくじ引きで誰が誰と選挙するのか決めるんだよ。今日は知らせも無しに転入星が来て朝礼が終わったせいで、誰が選挙になるか決まらなかったんだ。」


なる程ね。

決まらなかったから、寄ってたかって妃姫様を狙ったってか?

町のルールを決める有家名様が居ないからって、アタイが居ない間に町も学校の制度も腐りつつあるな。


でも、今はそんな事を責めても仕方が無い。


「取り敢えず情報が欲しい。アタイ達は転生する度に、過去の記憶を少しずつ失くしていくらしいからさ。」


胸がざわついた。

喉の奥がひりつくように乾く。


一度深く息を吸って、吐く。


「どうして皆が妃姫様を怨んでるのか、知りたいんだよ。」


アタイは妃姫様に不思議な力を感じていた。

永遠の冬に閉ざされたこの町から、妃姫様がアタイたちを救ってくれるんじゃないかって、ずっと信じてきた。


それに対して皆は、妃姫様を忌み嫌っている。


確かに、妃姫様だけが特待星で、彼女だけが家を持ってる。

独りだけ特別扱いされたら、皆怪しむだろう。


でも、何かがおかしい。


──記憶が曖昧でも、“嫌悪だけが残っている”。

それが、どうにも不気味だった。


それに、先日は男女2人の星徒が妃姫様の家に侵入して選挙をせずに襲い掛かろうとしていた。

転生していて記憶が曖昧でも、そんな事、今まで無かったような気がする。


アタイが学校に行けなかった間、学校で何かあったのだろうか?


「情報が欲しいと言ってもね〜、ウチ等もよくわかんないしぃ〜、何言ってんのか分かんないからってのもあるけどさぁ、それだけじゃないってカンジ?」


アマビヒコは手をヒラヒラ振りながらキコリンコに同意を求める。


「匕≠をゐゑ`⊂ムヵ〃ノ勹`⊂″⊇Зカゝ⊇ЗUナニ<ナょゑωナニ″ょね!」


キコリンコはギリギリと歯ぎしりして苛立ちを示す。


「桜丘妃姫という女が我々星徒に何かしたのではないかと推測できますが、如何せん記憶がなくて…。」


カキコケラーは腕を組んで考え込むも首を左右に振る。


やっぱり、皆、記憶がないのに妃姫様を憎む感情だけが残ってるのか…。


心の中で、霧が更に濃くなる。


ふと、妃姫様の義姉であるミーシャ様の笑顔が頭の奥でぼんやりと映る。

アタイを助け、総領主になられた偉大な御方。


それなのに、このゲンソウチョウにはミーシャ様どころか、有家名だという鱗魚助の父親も、それ以外の有家名と思われる人も見当たらない。


ゾクゾクッと背筋が凍り、恐怖が心を侵す。


それよりもアタイったら、何で急に有家名の事を考えているんだろ。

確かにミーシャ様達の事も気になっているけれど、今は妃姫様について皆から訊こうとしているのに…。


「皆、彼女が何をしたのか憶えていなくても、彼女に対する憎しみという感情を抱いている。それが答えよ。」


突然、低い女の声が波を切る。


「誰だ!?」


鱗魚助が大声を上げ、巨大な壁がある方向へ睨み付ける。


海面に赤いものが揺れながら近づいてきた。


女だ。

横に細い紅い目に長く広がる赤い髪、黒いボディスーツ姿の女が、海面から顔を出した状態の平泳ぎでこちらに向かって来る。


「その赤い髪に妙な恰好…、まさかお前、アマネラッカなのか!?」


鱗魚助が驚きの声を上げると、他の星徒達も驚きの表情で彼女に注目する。


言われてみればアマネラッカだ。

エリマキトカゲを彷彿とさせる白い帽子らしき物が無くなり、四方八方にハネてた赤髪は海水で真っ直ぐに下ろされ、縦に大きかった筈の赤と金色の目は切れ長に鋭くなってはいるけど、服装や色は数分前までエレキギターを鳴らしていた女だ。


かつて派手な装飾をつけていた姿とは違う。

余計な飾りを剥ぎ取られ、研ぎ澄まされた輪郭。

鋭い眼光が水面に反射し、赤い軌跡を描く。


そういえばアイツ、あの高い壁の上から落ちたんだっけ。

よく無事でいられたなぁ。


「おめめちっちゃくなっちゃってるじょ〜!」


ジョーカーが抹茶色の体をピョンピョンッと跳ね、アマネラッカに向かって叫ぶ。


「あんな重い装飾身につけた状態で泳げるほど器用じゃないのよ。」


まるで別人とでもいうような視線を向けられたアマネラッカは真っ赤な唇をへの字に曲げ、唸る。


海に落ちるまで顔に掛けていた黄色いゴーグルを取り出すと、用済みと言わんばかりにビュンッと投げつける。


ゴーグルがキラキラッと海面の光を反射し、長い放物線を描く。


「おれしゃまのものだ!だれにもわたさないぞぉ〜!」


ジョーカーが一目散に駆けてゴーグルをパッと受け取り、ビーズの目にパチッとかける。


「おめめがおおきくなっちゃた〜!」


大きく映る黒い目をキラキラさせながらハシャぐ。


「その顔であの陽キャ全開なキャラのままじゃなくて安心したよ…。」


アマビヒコが疲れた笑いを浮かべながらアマネラッカに対して素直な感想を呟く。


「、ζ、″っちゃレナ、ぁσレま″ぅU勺″廾カゝっナニU。」


キコリンコも便乗して嘲笑う。


「ファッションに対しての感性は人それぞれですけど流石に酷…、ぁ〜つまり、今の姿の方が魅力的ですよ?」


カキコケラーはフォローしているようだが、やはりどうしても言いたいのか遠回しに苦言を呈する。


「ハァ?アンタ達も人の事言えないセンスしてるじゃなのよ…。」


苛立ちの声を上げるアマネラッカは無事に泳ぎきり、砂の上で立ったまま腰を擦る。

流石に生身で高い壁の上から海に落ちたダメージは大きいようで、腰が痛むらしく、こめかみがピクピクッと歪む。


「話を戻すけど、覚えていなくてもアタシ達は本能的に感じるのよ、桜丘妃姫は存在してはいけないってね。」


「妃姫様が実際に何をしたのか分からないのに…。」


アタイは咄嗟に言い返す。


「それじゃあアンタ達はどう思ってるのよ?」


アマネラッカは唇を歪め、視線を鋭く切り込ませる。


「それは…。」


アタイは言葉を詰まらせる。

胸の奥でドクドクッと鼓動を感じ、霧がザワザワッと渦巻く。


「嬢ちゃんには悪いけどよぉ、オイラも具体的な事は憶えてねえのに、あの女は許せねえっていう気持ちでいっぱいだ。」


鱗魚助は首を振って唸る。


アタイは何も言い返せなかった。


妃姫様は、ミーシャ様が行方不明なこのゲンソウチョウで何度もアタイを助けようとした。


だけど、妃姫様は悲惨な状況から目を背ける為か、幻覚を見ているせいか、アタイを星徒としてでは無く、ペットとして扱っている。


昔は高貴で慈悲深い方だったような記憶があったが、具体的な記憶がないせいで自信が無い。


実はその記憶は転生によって生まれた幻なのかもしれない?


本当はそう考えたくないけれど、彼等の素直な言葉を聞いているとそう思えるようになって、憧れにも似たはずの記憶が、急に得体の知れない恐怖へと変わる。


「やっぱりね。」


アマネラッカは勝ち誇ったかのように唇をニヤリッと歪め、鼻で笑う。


「それでも、やっぱり一方的過ぎる。選挙や…その朝礼っていう制度があるって言うのに。」


きっと彼等は、まともに選挙で挑んだら負けると分かっていて、選挙をせずに嫌がらせをし続けているのだろう。


それも集団でやるなんて、卑怯だ。

ましてや、言葉もまともに喋れず、ゴミまで食べてしまう程に正常な認知が出来ない妃姫様を…。


やっぱりアタイはコイツ等を許せない。


アタイは無意識にアマネラッカの顔を睨んでいた。


あれ…?


ふと、ある事が気になって彼女の素顔を改めて見続ける。


対するアマネラッカも目を細め、睨み返す。


「変な顔で睨んじゃって何よ!?アタシはねぇ、妃姫って女の事も、急に選挙を仕掛けたアンタの事も許してないのよ?」


不機嫌になるアマネラッカを無視し、彼女の顔を凝視し続けた。

何か、何か大事な事を思い出せそうだったから。


赤と金色の鋭い目、赤い長髪、唇の歪み。

何か、どこかで見た…、気がする。


「アンタのその顔、どこかで見た気がする…。」


そこまで言葉に出たのに。

もう少しで思い出せそうなのに…。

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