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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ケルベルス座の上級星と水の星徒達

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ケルベルス座の上級星と水の星徒達⑳

「うひゃ〜、しゅごいじょ〜! やっちゅけちゃったじょ〜!」


いつの間にかアタイの肩の上に立っていたジョーカーがピョンピョンッと跳ねて加わり、ポフッと小さな手と手を合わせる。

大きな赤い口がパクパクパクッと笑い、海風に混ざって甲高くふざけたような笑い声が弾けた。


アタイは、鱗魚助の腕の中で小さな鼻とピンクの尻尾をピクピクッと動かす。

鼻腔を突く潮と鉄の匂い――それに混じるのは、キコリンコの血とカキコケラーの毒の腐臭。熱く、濁って、ムワムワッと胸を締め付ける。


「チョベリバ! 今、治してやんよ!」


アマビヒコの声が、ザバザバッと波を掻き分けて響く。

カラフルな長い髪をグネグネッと動かし、アタイ達を無視してカキコケラーとキコリンコに向かってバシャバシャッと泳ぎ出す。

彼女の動きは焦りに満ち、仲間を見捨てるつもりなど微塵もないようだ。


「させねえ!」


鱗魚助がすかさず動く。


彼は黒い目をギラギラッと燃やし、右手でササササッと素早く構える。

まるで海の神を呼び覚ます儀式のように海底の波動を指先に宿す。


「くらえ!」


印を結び切って右足を海面にガツンガツンッと叩きつける。

その度に海が低く唸り、ゴオオオオッと渦潮が爆ぜた。

泡が舞い、光が砕け、海面が捻じれる。


「うわっ!?」


助ける事しか頭になかった彼女は、再び渦に呑まれた。

カラフルな髪がぐるぐると絡み、星の飾りがビカビカッと点滅する。

派手なピンクのスニーカーで必死に水を蹴るが、ドバドバドバッと音を立てながら沈んでいく。


「マヂ最悪、またかよ!」


その叫びも、渦の轟音に吸い込まれていった。


やった、のか…?


アタイと鱗魚助は息を切らし、ただその光景を眺めていた。


カキコケラーは砂の上でゴロリと横たわり、白衣を砂塗れにして痙攣していた。

青白い顔が更に青を帯び、口からゴボゴボッと白い泡が溢れ出す。

その赤い瞳が、ゆっくりと濁っていく。


その数歩離れた場所でキコリンコがグッタリと仰向けになってる。

腕を失った右肩からはドロドロと絶え間なく血が流れ、しおれたハイビスカスの髪飾りがバサバサッと波風に揺れる。

鋭い瞳がボンヤリと霞み、意識が朦朧としている様子だった。


アマビヒコは、渦潮の中で必死にもがいている。泡立つ海の中から「ヤメテ!」「離してぇ!」という声が微かに聞こえた。


塩風が頬を刺し、耳の奥で波音が静かに反響する。


――このまま、くたばれば、アタイたちは学校に戻れる。

犠牲は多いが、妃姫様を傷つけようとした卑怯者の末路としては当然の報いだ。


……そう思おうとしたのに。


胸の奥で、何かがザワザワッと蠢く。


カキコケラーの血反吐を吐く音、キコリンコの弱っていく吐息、アマビヒコの必死に藻掻くうめき声が、耳にガンガン響く。


再び心臓がドクドクドクと脈打ち、桜の鈴がチリリリッと鳴る。


――本当に、これでいいのか?


コイツ等、こんなに苦しんで…。


選挙とはいえ、アタイはこんな事を望んでいるのか?


視界がグラリと揺れた。

頭の奥で、別の光景が襲い掛かる。


叫び声、血の匂い、地面に倒れる人の影。


まるで過去に同じ光景を見た気がする。


ゾクゾクッと背筋が凍り、心臓がギュッと締め付けられる。

恐怖が、喉をゴロゴロッと詰まらせ、塩辛い海水の味が苦く変わる。


何だ、これ…?

こんな感覚、どこで…?


あぁ、駄目だ!


こんな感覚、堪えられない…!


「鱗魚助、あのカラフル女を解放してあげて!」


気が付けばアタイの声が海を震わせていた。

自分でも驚く程の勢いだった。


「え? 良いのかよ!?」


鱗魚助が見開き、どういう事だと言わんばかりに叫ぶ。


肩の上で踊っていたジョーカーもピタリと止まり、ポカンとした表情でアタイの顔を覗き込む。


「良いから! 早く!」


その一言に迷いはなかった。


鱗魚助は短く息を吐き、「嬢ちゃんがそう言うなら……」と呟く。


印がカチカチッと解かれると渦潮がシュウウッと消え、波がザザザッと静まる。


アマビヒコがバシャッと海面に浮かび上がった。


「ちょ、マヂ意味不明! 何のつもり!?」


息を荒げ、濡れた髪を乱しながら驚きと怒りの混ざった声を上げる。


「早く2人を助けてあげなよ!」


アタイは桜の鈴をチリリンッと鳴らし、叫ぶ。


アマビヒコは蛍光イエローの唇を噛み締めながらも、わずかに頷いた。

その瞳には、涙とも光ともつかぬ揺らめきが宿る。


両手を大きく動かしバシャバシャッと泳いだ後、砂島に倒れているカキコケラーの元へ駆け寄った。


彼の頬を両手で包み込み、彼女は迷いなく覆い被さる。黄色い唇が、紫の唇に重なった瞬間——、海風が止まり、時間が捻じれるような静寂が広がった。


「……っ!」


最初は人工呼吸のような口づけだった。

だが、吸い取るような音が次第に強まり、舌が絡む度に周囲の空気がビリビリと震え出す。


鱗魚助が、気まずそうに「うおっ」と呟き、黒い目をそっと逸らす。


ジョーカーが、「きゃあ♡」と叫び、両手でビーズの目をパタパタッと隠す。

抹茶色の体がクネクネと左右に蠢き、赤い口がパクパクッと笑う。


だが、アマビヒコは構わず唇を深く重ねたまま離れない。


彼女の髪——ピンクと水色の長い髪が、まるでイソギンチャクのように宙を泳ぎ、星屑の髪飾りが黄金の閃光を放つ。

その光は周囲を照らし、まるで髪を伝って銀河の光を注いでいるかのような明滅を見せた。


お願い、間に合って…!


アタイは心の底からそう願いながら、その様子を眺めていた。


やがて、カキコケラーの口から泡が止まり、ゲホゲホッと咳き込む。

毒は排出されたのか痙攣が収まり、重たい瞼が開いた。


「全く…理解が追い付きませんね…。」


彼の声は掠れて弱っているが、命に別状はなさそうだ。


「カキっち、起きたならキコっち助けるよ!」


彼の安否を確認したアマビヒコは息を弾ませながらも無造作に手を離し、直ぐ近くで倒れているキコリンコに向かう。


倒れている彼女の金髪をかき上げ、白く塗られた唇に再び黄色い唇を寄せた。

今度のキスは静かで、祈りを捧げているようだった。

先程と同じようにカラフルな髪が宙にたなびき、輝く瞬き星の光の残滓がキコリンコの胸の奥へと溶けていく。


右肩から溢れ出る血が止まり、鉄の臭いを含んだ海水が次第に淡く、清らかな潮の香りに変わっていった。


が、流石に切り落とされた腕は元に戻りそうにはない。


「やれやれ、病人を労って下さいよ…。」


カキコケラーが袖で唇を拭き、苦笑いを浮かべながら文句を言いつつも、直ぐさま起き上がってキコリンコの傍に落ちてある派手な爪が生えてる右腕を拾い上げる。


彼は白衣の下に来ている黒のチョッキの胸ポケットから細く透明な刺繍糸と刺繍針を取り出し、キコリンコの右肩に右腕を押し付けながら滑らかな手さばきでチクチクッと縫い合わせる。


一切歪み無くぐるりと腕を縫い終わり玉止めをした途端に縫い付けられた糸は消え、傷跡も無い綺麗な腕に戻った。


暫くして、キコリンコがそっと目を覚ます。

蛇のような金色の瞳が光を取り戻し、赤いハイビスカスの花がバサバサッと波に揺れる。


「ぁれ、`⊂″ぅUτ…?」


分厚い睫毛が重く垂れ下がったままボンヤリしながらも戸惑う彼女の声が掠れながら海面に響く。


良かった……。


遠くから見ていたアタイの胸のざわめきが、静かに安堵へと溶けていった。

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