ケルベルス座の上級星と水の星徒達⑱
海底の隠れ家は外部から急速に加熱されている海水と、内部からは燃える決意が対立し、震えている。
頭上の海面がザザザッと激しく揺らぎ、アマネラッカの選挙会場である壁に敷き詰められたパネルからは赤と青の電光がバチバチッと雷鳴のように炸裂する。
アタイは、鱗魚助の両肩にガシッと掴むように手を置く。
大きな耳がピクピクッと鋭く動き、ピンクの尻尾がパッと扇のように広がる。
負けるわけにはいかない!
喉の奥がカラカラに乾く。
体の芯まで冷たい海水が染み込んでいるはずなのに、心臓の奥は火の玉みたいに熱い。
ここで退いたら、これまで積み重ねてきた日々も、鱗魚助に交わされた約束も全部、泡になって消えてしまう。
それだけは絶対に嫌だ!
「いくよ、鱗魚助! ぶっ飛ばしてやる!」
アタイの声が狭い空間に反響する。
胸の奥からドクドクドクッと熱いエネルギーが沸き上がり、手のひらがジリジリッと火傷するように熱くなる。
その熱が伝わったとでもいうように鱗魚助が黒い目をメラメラと燃やし、両手をサササッと素早く構える。
右手をスッと胸の前に掲げ、左手をカチッと交差させ、指がキキキッと精密に折り重なる。
親指と人差し指がピンッと鋭く伸び、中指がクルッと弧を描く。
忍者の印を結ぶ動作はまるで海底の渦を操る舞のようで、印が結ばれるたびに砂の床がザリザリッと震え、彼の忍術に呼応する。
散らばるタコのウインナー――いや、ザクロの花のぬいぐるみが、ゴロゴロゴロッと震え出す。
丸い目と口が描かれた赤いぬいぐるみが、まるで海底の生き物が目を覚ましたようにウネウネと蠢く。
ふわふわの布が渦の光にキラキラッと乱反射し、まるで真っ赤な星々の光が海底に降り注ぐ。
ぬいぐるみの丸い目がチカチカッと不気味に光り、口の縫い目がパクパクッと動くように見える。
「行くぜ、嬢ちゃん!」
鱗魚助が吠えると大量の小さなタコのぬいぐるみがズズズズッと一瞬で鉄のように硬化を始め、ズラリと列を作り出す。
ガチガチガチッと金属の輝きを帯び、小さな軍隊と化した。
「はっしゃよ〜い!」
ジョーカーがピョコピョコ飛び跳ねると鱗魚助が次の印を結び、アタイ達を囲う海の壁に手を当てる。
すると、頭上の海水がバシャバシャバシャッと渦を巻きながら穴を空け、泡がブクブクブクッと沸騰したように弾ける。
天井の海面フィルターが消え去った事で強い日差しと熱風がビュウビュウッと降り掛かり、ピンクの巻き毛がバサバサッと暴れ狂う。
標的は高い高い壁の上。
頂上に立つ門番はこちらの異変に気付いたようで、金色のゴーグルの下に描かれた大きな目を細めるとギターから発せられる曲調が激しくなり、巨大な壁全体がヒーターのように真っ赤に光り出した。
真っ赤に燃えた電光がバチバチバチッと雷鳴のように炸裂し、熱風がゴオオオッと灼熱の嵐を巻き起こす。
「発射!!」
アタイが合図をした次の瞬間、
ドドドドッ!!!
整列していたタコのウインナーがロケット花火のように次々と海上へ爆発的に飛び上がった。
渦の光がぬいぐるみに絡みついてキラキラッと尾を引き、まるで流星群が海底から炸裂する。
ザクロのぬいぐるみがシュシュシュッと水飛沫を散らして空へ突き上げる様子に、高い壁の上に立ってギターを掻き鳴らす彼女がカッと目を剥く。
「何!? このふざけた塊は!?」
彼女の叫びがギターと共鳴すると空間を震わせ、侵入を妨げようと対抗する。
けれど、硬化したタコウインナーの群れが壁の高さまで到達すると、シュシュシュッと矢のように突進し、熱風をゴゴゴッと音を立てながら突き破る。
鉄化したぬいぐるみがシュババババッと風を粉砕し、まるで無数の赤い弾丸がアマネラッカに殺到する。
自身の風では払い除ける事は不可能だと判断した彼女は咄嗟に姿勢を低くしてギターを盾に構え、必死にバキバキバキッと音を立てながら次々襲い来る弾丸を防ぐ。
ギターの弦がビィィンッと悲鳴を上げ、電光がバチバチッと火花を散らす。
「くそっ、こんなバカバカしい攻撃、あり得ない!」
アマネラッカの叫びが、ギターに突進してバキバキと弾けるタコのウインナー弾の音と混ざる。
鉄化したタコの形をしたウインナーの猛攻は止まらず、ガンガンッとギターにぶつかり、細長い彼女の足元をグラグラッと揺らす。
音楽が乱れてしまったせいか、壁から放たれる熱がビリビリッと震えては暗くなって消えていく。
それは彼女のライブが崩れ落ちる予兆だ。
「今だ、鱗魚助!」
アタイは鱗魚助の肩をガシガシッと掴み、更なる力をドバドバッと送り込む。
全て託すと言わんばかりに桜の鈴がチリリリリッと狂ったように鳴る。
鱗魚助が印をカチカチカチッと高速で結び直す。
ロケットみたいに堂々と鎮座する巨大なタコウインナーのぬいぐるみが、ズズズズッと更なる膨張を始める。
赤い布がギラギラと光を反射し、丸い目がチカチカッと瞬き、花のように広がる脚がウネウネと動き、まるで生き物が息を吹き返したみたいだった。
これに乗って飛ぶのか…。
ひとりであれば、目の前の物体に怖気づいていただろう。
けれど、今のアタイはひとりじゃない。
アタイ達は、どんな“ふざけた”奇跡だって起こせる。
胸の奥でそんな確信が芽生え、怖さよりも笑みが先にこぼれた。
アタイはジョーカーを肩に乗せるとタコウインナーのロケットに近付き、足元がくるりと巻いてある1本の脚に跨ると胴体部分にガシッとしがみついた。
柔らかい布に指先が沈み込み、何があっても離さないと約束する。
「行くよ!」
アタイが再び合図をすると、反対側の脚に跨っていた鱗魚助が右手を砂にバンッと掌を叩きつけると、砂上に海水が集まってはゴオオオッと猛烈に渦巻き、空気を絡ませた海水を巨大なタコウインナーの中へ送り込むと、ボコボコと激しい音を立てる。
ぬいぐるみの内部で海水と空気がゴオオオオッと渦を巻き、布越しに骨まで響く轟音が突き抜ける。
赤い脚がビリビリと震え、膨れ上がった胴体は鼓動を刻む心臓みたいにドクンッ、ドクンッと脈打つ。
「行くぜぇ!」
鱗魚助の叫びと同時に、下方から水竜のような水圧がドバァッと噴き上がった。
その瞬間、タコウインナーは海底を蹴り飛ばすみたいにドドドドッと跳躍、巨大ぬいぐるみがドドドドッと海上に向かって飛び上がる。
プシュババババッッ!!!
真っ赤な物体が海底の闇を突き破り、海面を覆う厚い水層を一気に突き抜ける。水柱が何十メートルも立ち上がり、日差しを浴びた飛沫が虹色の弧を描いてキラキラッと弾け散る。
耳をつんざく破裂音と共に、周囲の波が白い閃光に怯えて一斉に散った。
頬を斬る潮風、焼けつく太陽の光――。
一瞬、視界は白と金に染まり、アタイの髪とピンクの尻尾がブワッと逆立つ。
「うひゃ〜! しゅごいじょ〜!たかいじょ〜!」
ジョーカーが赤い口をパクパクさせ奇声を上げながらも、必死にアタイの肩を掴んでいる。
巨大なタコのウインナーロケットは下から水を吐き続けながらゴゴゴッと真っ直ぐ空に突き上がり、壁を越えようと勢いを増す。
頭上にはアマネラッカの姿――弾丸の猛攻に気を取られていた彼女がギターを構えたままギラリと目を剥いていた。
「何よコレ!? 有り得ないッ!!」
怒鳴り声が電光と混ざって響く。
だがタコロケットは止まらない。
巨大タコロケットは噴射を止めず更に加速し、泡と水飛沫が尾を引き、まるで赤い流星が空を切り裂くように壁のスレスレを越えようとする。
「ウワッ!?ちょっと!!」
目の前に立つアマネラッカがロケットを避けようとギターをブンブン振り回しながら甲高い悲鳴を上げる。
足元では赤と青の電光がバチバチッと火花を散らし、彼女の触手のような赤髪が熱風にバサバサッと乱れる。
ゴゴゴゴッと音を立てながら迫り来る巨大なタコのウインナーに圧倒され、ヒールの高い彼女の靴が壁の表面をズルズルッと後ろ後ろへと退る。
「や、やめなさいって!」
彼女の叫びが、ギターの不協和音と混ざる。
次の瞬間、踵を踏み外した彼女の体がグラリと傾き、触手のような赤い髪がバサバサッと宙を舞い、壁の上から姿を消す。
「きゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
高い壁の上から真っ逆さまに落下しながら金切り声に近い彼女の悲鳴が響き渡る。
その叫び声が遠くなった直後、バシャアアアンッと爆発的な飛沫音を立てる。
アマネラッカのギターがギュインッと弱々しく鳴り、その音も海にズブズブッと沈む。
彼女の白く巨大な扇のような被り物が波にフワリと広がり、まるで散った花びらのように消える。
アタイ達を苦しみ続けていた障害が消えたと同時に、アタイ達を乗せたタコのロケットは壁を越えた。
第一関門は突破した!
心の中で安堵したその時――、水を吐き尽くしたタコロケットがわずかに揺らぎ、浮遊感とともに推進力を失った。
刹那、アタイ達も落下に巻き込まれた。
「くっ、もう限界だ!」
鱗魚助が叫びながらズルズルと這うように近付き、アタイとジョーカーをグッと抱き寄せる。
強靭な腕に挟まれ、息が止まりそうになる。
ピンクの尻尾が無意識に彼の腰に巻き付いた。
「跳ぶぞ!」
海面に激突する前に鱗魚助がドンッとタコウインナーロケットを蹴り、捨て去るように跳躍した。
ドシャアァンッ!
巨大なタコウインナーは、壁を飛び越えるという役目を終え力尽き、そのまま海へドボオオオンッと落下した。
巨大な飛沫が爆ぜ、ザバザバザバッと空高く上がり、弧を描く水のカーテンが陽光を受け、七色の光が一瞬だけ空と海を繋いだ。
そして、その衝撃は巨大な津波となり、物凄い速さで海面で陸を作ってたむろしていたカキコケラー、アマビヒコ、キコリンコに襲い掛かり、ドバドバドバッと巻き込んでいく。
「何よコレ!?」「くそっ、こんなバカな!」「ゅナニ″ωUナニ!」と、彼等の叫び声が波に飲み込まれる。
カキコケラーのハサミがチョキチョキッと空を切り、アマビヒコの手漕ぎがバシャバシャッと無駄に散る。
キコリンコの爪が、ギラギラッと光りながら海の底に沈む。
アタイたちは鱗魚助の腕の中でふわりと着水した。
ビショビショの髪をかき上げ、桜の鈴を震わせながら息をつく。
何とか壁を飛び越える事ができた。
しかも、無傷で。
心臓が、まだ跳ねている。
生きてる――それがただの事実なのに、こんなにも重い。
耳の奥で鼓動が波と重なり、世界そのものが生きているみたいに響く。
「ぎゃは〜! あぶなかったじょ〜!」
ジョーカーがアタイの頭の上へよじ登ると空に向かって口をパクパクさせて笑う。
派手に深く沈んで行ったタコウインナーが、ブクブクブクッと力強く浮かび上がる。
赤いぬいぐるみの丸い目が、キラキラッと海面の光を反射し、口の縫い目がパクパクッと収縮を繰り返して笑ってるみたいだ。
海面に佇むアタイ達は、肩で息をしながらも確かな達成感に満たされていた。
「ハハッ、やったぜ!」
アタイを抱きかかえたまま海面立っている鱗魚助も、冷めない驚きと興奮で笑う。
そして、彼は肩を支えている肩の腕を解き、ずぶ濡れの手を差し出す。
アタイは迷わずその掌に自分の手を叩きつける。
バチンッ!!
乾いた音が、水平線まで響き渡った。
力強いハイタッチで体中の水滴が飛び散り、桜の鈴がチリンチリンと高く鳴る。潮風がその音を拾って、勝利の鐘のように遠くまで運ぶ。
「やったぜぇ〜!」
ジョーカーが抹茶色の体をピョンピョンッと跳ね、ビーズの目が太陽の反射でキラキラッと輝く。
その輝きはまるで、遠く離れた親友が祝福の拍手を送っているかのようだった。




