ケルベルス座の上級星と水の星徒達⑮
頭上を見上げると海面がザザ〜ッと渦巻き、アマネラッカの選挙会場である壁が赤と青の電光となってバチバチと明滅する。
彼女の攻撃はこの海底の隠れ家までは届かないないようだが、電気まで操れるから油断は出来ない。
それに、泳げるキコリンコとアマビヒコ、海をも切り拓いて歩く事が出来るカキコケラーがやって来る可能性もある。
決して安住の地とは呼べない。
鱗魚助が、指を折りながら状況を整理し始める。
「まず、俺たちは熱と電気を出す巨大な壁に囲まれてる。脱出するにはぶっ壊すか、飛び越えるしかねぇ。壁は壊せるかどうか分からねぇ。アマネラッカの能力が絡んでるから、ただの鉄板じゃねぇ可能性が高い。」
彼の黒い目が、頭上の海面をギラリと睨む。
太陽の光を集めているかのような鉄板の電光が、バチバチと海を照らし、脱獄を絶対に許さない檻の壁みたいだ。
「飛び越えるにしたって、アマネラッカの妨害を避けなきゃならねぇ。アイツのギターから放たれる風と電撃は半端じゃねぇぜ。」
恐らくアマネラッカの能力は音で空気を操る事。
ギターを鳴らすと風と電気が出ていたからそうだろう。
今まで見た感じだと前方への攻撃だけだが、どこまで空気を操れるかは未知数。
しかし威力は強力なのは確かだ。
彼女の選挙会場である巨大な板は太陽光を集めて熱を放出する装置といったところか。
単純だけど、あれでアタイ達は蒸し焼き状態になりかけた。
しかも電気らしき光を帯びていたから電気か何かエネルギーを放つ事も出来るのかもしれない。
「しかも、飛び越えた先には、キコリンコ、アマビヒコ、カキコケラーが待ち構えてる。アイツらの能力は大体想像つくが、詳しくは分からねぇ。」
キコリンコの爪のギラギラ、アマビヒコのカラフルな髪、カキコケラーのハサミのチョキチョキが頭にチラつき、思わず身震いした。
全身の毛が逆立ち、長い尻尾がピーンと伸びる。
カキコケラーのハサミは海を切り裂いていたが、金属で出来ていたキャットタワーは傷ひとつすら刻めなかった。
もしかしたら、水分が含まれている物を切る能力かもしれない。
彼がキャットタワーを切ろうとしたのが水分が含まれた木製だと思っていたから…、だとすれば説明がつく。
それでも彼のハサミに触れるのは非常に危険だ。
あの時、彼は巨大なキャットタワーを切り倒すかのような勢いでハサミを振り回していた。
それだけ切れ味抜群なのだろう。
キコリンコはあのゴテゴテに装飾された爪に何かある可能性が高いが、アマビヒコに関しては全く分からないまま。
二人共劣等星と名乗っていた以上、アマネラッカやカキコケラー以下だろうけど、油断は出来ない。
あの時、ヒソヒソ企んでたアイツらの不気味な笑い声が今でも耳の奥で響く。
「んで、嬢ちゃん。悪いが、戦闘能力はほぼゼロだろ? 便利な選挙会場も新しいのは出せねぇだろうし。」
確かに、アタイは長い爪はあるけど、何か大きなものを切り裂いたり致命傷を与えたりするのは困難だ。
こんな獣じみた姿なのに、怪力になったり物凄く走れるようになったりという戦闘向けに特化した感覚はない。
それと選挙会場。
星徒にもよるけど、アタイは鱗魚助の考察通り、1度に1回が限界だ。
どういう訳か分からないけれど、頭の中にキャットタワーの絵と、残り回数らしき「0」という数字が浮かんでくる。
「オイラも、触れた土や水、金属の形を一時的に変える能力はあるが、3人相手じゃ太刀打ちできねぇ。」
鱗魚助が、肩をすくめて続ける。
紺色の風呂敷が、砂の床にハラリと落ち、まるで彼の諦めを映す。
何だよ、そりゃ…。
アタイの胸の奥で、呆れという感情が広がる。
鱗魚助、あの3人に勝てねぇって分かってんのに、見ず知らずのアタイを助ける為に3人を敵に回したのか?
無鉄砲にも程があるってもんだ。
それに、アタイは助けて欲しいと頼んだ覚えもないのに。
あの絶体絶命な状況で助けてくれたのは有り難かったけどさぁ…。
詩由羅も美沙様もそうだけど、アタイ、そんなにも憐れに見えるのだろうか…?
お人好しとも呼べる相手の心の温かさと、自分自身に対する惨めさが渦巻き、アタイの心を支配する。
「それに、ジョーカーもただふざけているだけで、役に立たねぇしなぁ。」
鱗魚助がやれやれと溜め息混じりに呟き、ジョーカーをチラリと見る。
「なんてことをいうんだぁ〜!」
ジョーカーがぷんすかと怒って、抹茶色の体をプルプル震わせる。
赤い口をパクパクと素早く動かしながら文句を言う。
「おれしゃま、ヤミーのだいじなパペットだじょ〜! ふざけてにゃいじょ〜!」
と、小さな拳を振り上げながら砂の床をピョンピョン跳ねる。
「まぁ、そう怒るなって。」
鱗魚助が軽く笑って手を振るが、黒い目には焦りがチラつく。
桜の鈴がチリンと鳴り、まるでアタイの苛立ちを映す。
アタイは、ピンクの尻尾をピクピクと揺らし、透明な壁を見上げる。
海面の渦がゴオォッと唸り、巨大な壁から放たれる電光がバチバチと光る。
いつまでもここに隠れてるわけにもいかない。
でも、打開策がまるで浮かばねぇ。
この選挙、どうやって切り抜けるんだ!?
アタイは、ピンクの巻き毛を揺らし、メイド服が海水によってビショビショに張り付いたまま、透明な壁に反射して映る自分の姿を見つめる。
海面の光が、ピンクの体毛をキラキラと照らし、まるで桜の花びらが水面に舞い落ちたようだ。
桜の鈴が、チリンと小さく鳴り、まるで記憶の霧をそっと揺さぶる。
せっかく自分の選挙姿が分かったんだ。
何か、思い出せないだろうか…。
その瞬間、頭の奥で何かがチラつく。
それは誓いの鐘が鳴り響いた…、そう、それはとても大切な日の思い出だった。
暖かく澄んだ初夏の空気、商店街の喧騒、甘く芳しい焼豚の香り、そして――ミーシャ様の頼もしく優しい笑顔。




