ケルベルス座の上級星と水の星徒達⑬
キャットボックスの外に出た瞬間、凄まじい熱気がアタイを飲み込む。
まるで火の中に放り込まれたみたいに、肌がチリチリと焼ける。
「何なの、アレ!?」
目の前の光景にア然とした。
それは巨大なダムとも呼べる壁だった。
キャットタワーの周りには黒い金属板が、まるで巨大な海苔を天日で干しているかのように幾重にも広がっていた。
空へと傾けられたその板は、乾きを待つ海の恵みのように静かに陽を受け、塔を中心に規則正しく並び、無機質で整然とした風景を描いている。
次第に太陽の光を集めている板の表面が、赤と青の電光でバチバチと明滅し、海の水面が熱でユラユラと揺らめき、磯の匂いが焦げた空気と混ざる。
「アタシのライブから抜け出すなんて、マナー違反よ!」
アマネラッカの声が、雷鳴のように響き渡る。
巨大な壁の上に設置された円型のライブステージで、彼女が真っ赤なエレキギターをギュイーンと掻き鳴らす。
ゴーグルが陽光にギラリと光り、背中の赤い触手がザワザワと蠢く。
彼女のギターの音で巨大な板がガシャガシャと動き、キャットタワーに向かって光熱を放つ。
キャットタワーのピンクの毛がチリチリと焦げ始め、
爪とぎロープがジャラジャラと震える。
頂上の猫の顔が、まるで苦しむように黄金の目をギラつかせる。
キャットタワーが、謎の板の熱でジリジリと焼ける。
板の近くに設置されたプラットフォームが、ムワッと熱気を帯び、まるで溶けたアイスクリームみたいにドロドロになる。
汗が背中をダラダラと流れ落ち、喉が渇く。
「くそっ、こりゃヤバいぜ!」
鱗魚助が叫びながら身体をなるべく低い姿勢にして周りの状況を伺う。
少し離れた海の上、切り拓かれた海の壁の道に、キコリンコとアマビヒコ、カキコケラーがたむろしてるのが見える。
「ンッフッフッフ…、彼女、エグい事しますねぇ。」
カキコケラーの金色のハサミが、チョキチョキと不気味に鳴り、紫色の髪がウネウネと蠢く。
「マ于″宀ヶゑωτ″すレナ`⊂″!」
キコリンコがアタイの視線に気が付いたのか、真ん中に銀色の丸い飾りがついた舌を出しながら裏ピースして挑発する。
宝石で飾られた長い爪が陽光にギラギラと光り、真っ赤なハイビスカスの髪飾りがガサガサと揺れる。
「焼肉になる前に早く降りてくれば良くね?ウチらが活け造りにしてやんよ!」
キコリンコとアマビヒコは笑いながらヒソヒソと不穏な囁きを交わし、何かヤバい企みを企ててる気配を醸し出している。
鱗魚助が腰に巻いてた紺色の布をサッと取り出す。
熱風がバサバサと吹き荒れる中、それを風呂敷みたいにバサッと広げ、アタイの体にクルリと巻きつける。
布の冷たい感触が、ジリジリ焼けた肌を包み、桜の鈴がチリンと鳴る。
「これで火傷しねえぜ!」
鱗魚助の声が、熱波の唸りの中で響く。
風呂敷の紺色が、まるで夜の海のようにアタイを守る。
布の冷たい感触が、ジリジリ焼けた肌を落ち着かせる。
自分だって熱くて仕方が無いだろうに、どうして…。
妃姫様を裏切った奴の温もりが、風呂敷越しにチクチクと刺さる。
「嬢ちゃん、ジョーカー! 海に飛び込め!」
鱗魚助が叫ぶ。
黒い目が海の方をキラリと見据える。
「えっ、泳げねぇって言っただろ!?」
アタイは叫び返す。
大きな耳がピクピクと震える。
この熱から逃れる為には空を飛ぶか海に潜らないといけないのは分かっている。
多分、鱗魚助は空を飛んだり、アマネラッカが創った壁までの距離を跳び移ったりする技を持っていないのだろう。
でも、アタイは泳げないし、水の中で長く息を止める事も出来ない。
何か、他に方法は無いのだろうか…?
だが、巨大な壁から放たれる熱が、まるでアタイの毛を焼き尽くす勢いで迫る。
桜の鈴が、チリンチリンと鳴り、まるで決断を急かす。
「うひゃ〜、おれしゃま、泳げるじょ〜!」
ジョーカーが、抹茶色の体をピョンピョン弾ませ、キャットボックスの入り口から海へ向かってピョンと跳ぶ。
「しょれっ!」
だが、ソーラパネルから熱風がゴオォッと吹き荒れ、赤と青の電撃がバチバチと襲いかかる。
軽いジョーカーの体が、クルクルと回転しながら吹き飛ばされ、「ひゃあ〜!」と叫びつつ、アタイの腕にガシッとしがみつく。
ビーズの目がキラキラと揺れ、赤い口がパクパクと慌てる。
「あぶなかったぞ〜ぉ!」
アタイはジョーカーをギュッと抱え、風呂敷の中で毛むくじゃらの腕を締める。
アタイも、覚悟を決めないと…。
熱風が風呂敷の端をバサバサと焦がし、僅かに放たれていた電撃がビリビリと肌を刺す。
桜の鈴が、チリンチリンと激しく鳴り、まるで危機を叫ぶ。
「嬢ちゃん、行くぜ!」
鱗魚助がアタイをガッシリとお姫様抱っこし、キャットボックスの縁を蹴る。
そのまま、海へ向かって落ちていく。
空中で熱風がドオォンと襲い、まるで溶岩の息吹が頬を焼き焦がす。
巨大な壁から放たれた赤と青の電撃が、バチバチと空気を切り裂き、アタイの毛をブワッと逆立たせる。
桜の鈴が、チリンチリンと激しく鳴り、まるで危機を叫ぶ。
このままじゃ、海に辿り着く前に焼け死んじまう!
その時、キャットタワーがゴゴゴッと揺れ、頂上の巨大な鈴がドオォンと崩れ落ちる。
黄金の鈴が海面にバシャッと叩きつけられ、巨大な水しぶきが熱風と電撃を弾き返す。
「あんっ!調律が狂うじゃない!!」
金属板の光が一瞬揺らぎ、アマネラッカのギターの音がギュイーンと歪む。
「ナイスだ、嬢ちゃんの塔!」
鱗魚助がニヤリと笑い、海面にバシャッと着地する。
風呂敷が塩水でビショビショに濡れ、アタイの全身が冷たく重くなる。
磯の香りが鼻をつき、波がザザ〜ッと寄せる。
キャットタワーの崩落音が、ゴゴゴッと遠くで響き、巨大な鈴のジャラジャラが海面を震わせる。
「海面に立ってもアタシのステージからは逃れられないよ!」
赤と青の電光がバチバチと空を切り裂き、アマネラッカのギターから放たれるギュイーンッて音が耳を刺す。
熱風が、風呂敷越しにジリジリと肌を焼く。
「そうはさせねぇよ!」
鱗魚助が、アタイをガッシリとお姫様抱っこしたまま、右手を海面に叩きつける。
「忍法、水遁の術!」
すると、手の平からゴオォッと轟音が響く。
泡がブクブクと弾け、塩水の冷たい霧が顔にピシャピシャと当たる。
海水が渦を巻き、まるで巨大な獣が口を開けたように、ズズズッと海底へ続くトンネルが開く。
渦の壁は、青と緑の水流がグワングワンと螺旋を描き、まるで生き物の喉みたいにうねる。
トンネルの奥は、深海の暗闇がドロリと溶け合い、かすかに光る魚の鱗のような輝きがチラチラと揺れる。
「嬢ちゃん、ジョーカー、潜るぞ!」
鱗魚助の声が、渦の唸りの中で響く。
黒い目がトンネルの暗闇の先を見据える。
「うひゃ〜、おれしゃま、もぐるじょ〜!」
ジョーカーが風呂敷にガシッとしがみついたまま、楽しそうに抹茶色の体を左右に揺らす。
真っ黒なビーズの目が渦の光にキラリと反射し、赤い口がパクパクと笑う。
「泳げねぇって言っただろ!?」
アタイは叫ぶが、鱗魚助がニヤリと笑う。
「オイラに任せな!」
彼のブーツが海面をガッシリと蹴り、アタイを抱えたまま落とし穴のようなトンネルの中へと飛び込む。




