ケルベルス座の上級星と水の星徒達⑨
選挙開始の宣言が砂浜に響き渡った瞬間、ズーンと重い振動が足元を揺らし、波の音が、まるで戦いの鼓動みたいに高鳴る。
ギュイーンッ!
アマネラッカが、真っ赤なエレキギターを掻き鳴らし、ステージの照明が赤と青の光をバチバチと明滅させる。
「さぁ、ショーの始まりだよ! まとめてぶっ潰してあげる!」
アマネラッカの声が、まるで雷鳴のように響く。
彼女のゴーグルがキラリと光り、縦長の目がウインク。
背中の赤い触手がザワザワと蠢き、ギターの弦を弾くたび、空気がビリビリと震える。
彼女がギターを一気に振り下ろすと次の瞬間、
ドオォン!
爆音が炸裂し、青い光をまとった突風が砂を巻き上げながらアタイたちに襲いかかる。
「うわっ!」
アタイは咄嗟に腕で顔を覆う。
小さな竜巻が砂をザリザリと叩きつけ、全身の毛がバサバサと暴れる。
「嬢ちゃん、しゃがめ!」
鱗魚助――波戸川の声が響く。
彼が紺色の布を翻し、両手を砂に叩きつける。
すると、ズズッと地面が盛り上がり、目の前に土壁がドーンッと立ち上がる。
土の匂いが鼻をつき、砂と混ざった湿った感触が頬に当たる。
青い電撃が土壁にバチバチと弾け、まるで雷が落ちたみたいに光が散る。
「へっ、土遁の術だぜ、これで防げる!」
鱗魚助が布越しでも分かる程にニヤリと笑う。
紺色の布が風に揺れ、黒い目を細める。
コイツ、こんなカッコイイ技持ってたのかよ!
お陰で助かったけど、…妃姫様を裏切った奴を信じる気はない。
アタイの尻尾が、ピクピクと警戒心で震える。
「フゥ〜ッ! しゅごいぞぉ〜!」
ジョーカー…カエルのパペットが、鱗魚助の土壁の上でピョンピョンと飛び跳ねる。
黒いビーズかボタンみたいな目が陽光にキラキラ光り、赤い口がパクパクとふざけた笑みを浮かべる。
「おれしゃま、さゃいきょーだじょ〜! だれもおれしゃまをとめられないぞ〜ぉ!」
調子に乗ったジョーカーが、土壁の上で両手を交互に挙げながらピョコピョコ跳ねる。
すると、ギュイーンッという音と共にアマネラッカの突風が再びゴオォッと吹き荒れ、ジョーカーの小さな体をガツンと直撃した。
「うわぁ〜!」
ジョーカーが、間抜けな声を上げながらクルクルと回転し、遠くの海の向こうへ吹き飛ばされる。
抹茶色の体が、青い水面を滑るように飛んで、ポチャンと遠くの小島に落ちる。
波がバシャッと跳ね、まるで海がジョーカーを飲み込んだみたいだ。
「アイツ、馬鹿だなぁ〜!」
鱗魚助が浜に打ち上げられ転がるジョーカーを眺めながら大声で呟く。
アタイは瞬時に判断する。
6対1のこの選挙、誰か一人が落選すりゃ終わる。
なら、1番弱そうなジョーカーを倒すのが手っ取り早い!
他の連中には敵いそうにないけど、カエルのパペットなんてピョンピョン跳ねるだけで戦えない!
アタイは砂を蹴って走り出す。
尻尾がバサッと揺れ、大きな耳が風を切る。
桜の鈴がチリンチリンと鳴り、まるでアタイの決意を煽るみたいだ。
だが、海の端に立つと、足がピタッと止まる。
しまった!
アタイ、泳げない!
目の前の海は、透明な水面から深い藍まで広がり、波がザザ〜ッと寄せては返す。
小島は遠く、ジョーカーの抹茶色の姿がチラチラと見えるだけ。
泳げないアタイには、行く手段がない!
胸の奥で、焦りと苛立ちがぐちゃぐちゃに混ざる。
その時、背後から不気味な気配。
「クックック、泳いで逃げても無駄ですよぉ〜!」
カキコケラーの声が、まるで蛇の舌のように耳に這う。
振り返ると、彼の銀色のハサミが陽光にギラリと光り、ウネウネした紫色の髪が風に揺れる。
隣では、キコリンコが宝石だらけの長い爪を振り上げ、虎柄のジャケットがガサガサと揺れる。
「待って!あのカエルを落選させたら帰る事が出来るんだよ!?」
アタイは慌てて攻撃の手を止めようと訴える。
「何しれっと親父ギャグかましてんの、ウケる。」
アマビヒコが嘲笑する。
「<ʖˋレヽゃカゞれ!」
キコリンコの爪が、まるで刃物のようにアタイに襲いかかる!
ハサミと爪が、迫る。
逃げなきゃ!
でも、泳げないし、足が砂に沈むし、どうしよう!
「嬢ちゃん、掴まれ!」
突然、鱗魚助が叫ぶ。
次の瞬間、アタイの体がフワッと浮く。
彼の腕がアタイをガッシリとお姫様抱っこし、紺色の布が風にバサバサと翻る。
「な、何!?」
「行くぜ!」
鱗魚助がニヤリと笑い、海に向かって走り出すと、
「えっ?」
そのまま、海の上を走る。
彼の足が水面をバシャバシャと蹴り、まるで雨上がりに見かける水溜まりの中に入るかのように軽やかに走る。
波が跳ね、塩水が頬にピシャッと当たる。
海の冷たさがつま先を濡らし、磯の香りが鼻をつく。
「アンタ、こんな技まで!?」
アタイは驚きながら、鱗魚助の顔をチラリと見る。
「オイラは忍者だからな!」
黒い目がキラッと光り、まるで楽しんでるみたいだ。
流石忍者、頼りになる。
だが、妃姫様を裏切ったアイツを信じていいのか?
胸の奥で、警戒心がチクチクと刺さる。
そんなアタイをよそに鱗魚助が笑い、海の上をさらに加速する。
水面をバシャバシャ蹴り、小島がグングン近づく。
「アッヒャヒャヒャッ!逃げても無駄ですよぉ〜!」
カキコケラーの狂った笑い声が不気味に響く。
彼は白衣のポケットから何かを取り出した。
金色の裁ちバサミ。
「手芸同好会会長として、この海で新たな作品を創り出して差し上げましょう!」
という訳のわからない事を叫びながら金色のハサミを振り上げ、海に突き立てる。
すると、ズバッと水面が真っ二つに裂ける。
海が左右に分かれ、水の壁がゴオォッと唸り、泡と塩気が空に舞い、道が開く。
「な、なんだコイツ!?」
アタイの目が飛び出そうになる。
海を切り拓くって、どんな能力だよ!?
ていうか、手芸部ってなんだっけ!?
そして彼は裂けた海の底を、ヒョロヒョロの体で走って追いかける。
振り回しているハサミがチョキチョキと鳴り、まるでアタイの首を狙うように鋭い。
その横では、キコリンコとアマビヒコが海の中を泳いでくる。
キコリンコの小麦色の肌が水面でキラキラ光り、宝石だらけの爪が波を切り裂く。
まるでサメの背びれみたいに、彼女のハイビスカスの髪飾りが水面を突き進む。
アマビヒコは、虹色の髪とスカートが水中で揺らめき、まるで熱帯魚の群れのように鮮やかだ。
彼女たちの目が、獲物を追う獣のようギラギラと光る。
「やべぇ、追い付かれる!」
鱗魚助も十分速いが、彼女達の泳ぎはそれ以上で、あっという間に追い付かれてしまった。
「<ʖˋぇ!」
キコリンコが水面から飛び出し、長い爪を振り上げる。
爪が陽光にギラギラと輝き、まるで刃物の嵐だ。
アマビヒコも水から跳ね上がり、虹色のスカートがバシャッと水飛沫を上げる。
彼女が両腕を振り、まるで水流を操るように波がアタイたちに迫る。
アタイの尻尾がピクピクと震え、大きな耳がピンと立つ。
逃げなきゃ!
でも、海の上じゃ足場がねぇ!
鱗魚助の腕の中で、アタイの心臓がドクドクと暴れる。




