ケルベルス座の上級星と水の星徒達⑧
「そういえば、今日転生してきた転入星は何処に行ったのよ?」
カラフル女の声が、穏やかな波の音を切り裂く。
アタイの心臓がドクンと跳ねる。
え、あの子もいたのか?
今朝、校門で出会った許子のことを思い出す。
あの甘ったるい声、ピンクの眼鏡、丸っこいシルエット…。
ヒョロ男が言ってた「6人」って、まさかアイツも含まれてる?
そんな奴等と一緒にいたなんて、気づかなかったよ。
砂浜の白さが、まるでアタイの油断を嘲るように眩しい。
「おれしゃま、ココにいるじょ〜!」
ふざけた高い声が足元から響き、アタイはギョッとして見下ろす。
皆の視線も一斉に集まる。
そこには、抹茶色のカエルのパペット人形が、ふらふらと立っていた。
手で操る腹話術用の人形のはずなのに、足もないのにピョコピョコと動いてる。
大きな赤い口がパクパクと開き、黒いビーズの目が陽光をキラリと反射する。
まるで生き物みたいに、砂の上を小さな波紋を残しながら揺れる。
「ナょレニ⊃レ!于∋ーカゝゎレヽレヽ♡」
「チョーウケるんですけど!」
虎柄のハイビスカス女とカラフル女が、キャッキャと笑い合う。
彼女たちの声が、波のザザ〜ッという音と混ざり、まるで海が嘲笑に加担してるみたいだ。
「これで全員ですね、さっさと始めましょうか。」
ヒョロ男が、冷たく言い放つ。
赤い目が、アタイを値踏みするようにギラつく。
ハサミがチョキチョキと空を切り、まるでアタイの首を狙うように不気味だ。
「オーケィ、おーけい! 盛り上がっていくヨォ〜!!」
ステージ中央のギター女が、エレキギターをギュイーンと派手に掻き鳴らす。
赤い弦が震え、低い振動が砂浜をズーンと揺らす。
ゴーグルに映る縦長の目がウインクし、少女漫画みたいな可愛らしさが、逆に背筋をゾクッとさせる。
ステージの赤と青の照明が、波のように明滅し、海の光と共鳴する。
誰もカエルのパペットを不思議がらない。
そりゃそうか。
妃姫様が言ってたっけ――体の一部が魚や動物になったり、鉄合金のロボットみたいになったりする星徒がいるって。
カエルのパペットに変身する奴がいたって、おかしくない。
選挙じゃ、こんな異常が日常だ。
「安心しな嬢ちゃん、俺が守ってやるよ。」
波戸川が、ニヤリと笑って右手を差し出す。
紺色の布に包まれた手が、砂埃で薄く汚れてる。
「裏切り者の手は借りないよ!」
アタイは波戸川の手をバシッと振り払う。
首輪の鈴がチリンと鳴り、怒りが胸で煮え滾る。
妃姫様をプールに沈めたあの裏切りを、忘れられるわけねぇ!
「裏切り者? 何の話だ?」
波戸川は黒い目をパチクリさせ、首を傾げる。
紺色の布が風に揺れ、まるで彼の無垢さを装ってるみたいだ。
周りは全員敵だ。
油断したら終わり!
こうなったらヤケだ!
突然、目の前に白く淡く光る文字が浮かぶ。
『選挙に立候補しますか?』
文字は、まるで海の波に揺れるように揺らめき、陽光に透けてキラキラと光る。
アタイの心臓がドクドクと鳴り、首輪の重さがズシンと響く。
覚悟を決めて、アタイは頷いた。
どうせ逃げられねぇ。
なら、アタイにできることをやるまでだ。
白い光が、まるで霧のようにアタイを包み込む。
前々から、選挙には気が進まなかった。
けど、アタイがどんな姿に変身するのか、ちょっとだけ気になってた。
美紗様みたいな高貴な姿か?
それとも、妃姫様みたいな三つ編みの聖女か?
色々想像する間もなく、白い光がスッと消える。
そして、変身したアタイは…
「あれ?」
全身、真っ黒のままだった。
髪も、肌も、服も、全部がゴミ屋敷の煤と血で汚れた黒。
違うのは、まるで毛皮を纏ったように体が分厚くなり、羽衣をまとったように全身が軽くなった感覚。
首輪の鈴は、大きな桜の形に変わり、泥がベッタリと付着してる。
桜の花を模した大きな鈴が、陽光に鈍く光り、まるでアタイの汚れた過去を映すようだ。
全身真っ黒のままって…!?
汚い姿で変身すると、汚いままになるなんて!
ショックだよ!
胸の奥で、みじめさがチクチクと刺さる。
砂浜の白さが、アタイの黒ずんだ姿を一層際立たせる。
「おっ、全身一色だなんてお揃いだな!」
波戸川が、ヘラヘラと笑う。
紺色の布が風に揺れ、まるでアタイをからかうようにヒラヒラする。
「アンタ、本気でそう思ってるなら引っ掻くよ!」
アタイは波戸川を怒鳴る。
すると、ブワッと全身の毛が逆立つ。
物凄い毛量に、自分でもビックリだ。
背中から腰より下にかけて、太くて長い毛が…まさか、尻尾!?
耳元を触ると、耳がなくなってる。
代わりに、頭の左右から団扇みたいな薄くて大きな耳らしきものが生えてる。
ピクピクと動くその感触に、背筋がゾクッとする。
え、アタイ、服を着た二足歩行の獣になってる!?
「あ〜! おめめが金色にひかってる〜!」
カエルのパペット――許子が、ピョンピョンと飛び跳ねながらアタイを指差す。
彼女の赤い口がパクパクと動き、ビーズの目が陽光にキラリと光る。
一体、なんの動物だ?
耳が大きいから、猫…だよな?
「ネズミ女かぁ、それとカエル…。オイラは忍者だから相性は良いな!」
「ネズミじゃないよ!!」
また失礼なことを言う波戸川に、アタイは吠える。
絶対にネズミは嫌だ!
ていうか、なんで波戸川と許子がアタイの仲間になってんだよ!?
胸の奥で、怒りと混乱がぐちゃぐちゃに混ざる。
「それじゃあ! 選挙開始宣言、始めるよ〜!」
アマネラッカが、ギターをギュイーンと鳴らしながら叫ぶ。
ステージの照明が、赤と青の光を波のように明滅させ、海の波音と共鳴する。
そうだ、選挙を始めるには、名乗り出て開始宣言をしなきゃいけない。
選挙のルールだ。
なぜか分からないけど、頭の奥で囁く声が「やれ」と命令する。
皆も、本能的に従ってるみたいだ。
「才⊃ゼ±″σれっ`⊂ぅせレヽ、≠⊃リ冫⊃・才⊃ジ!!」
キコリンコと名乗ったハイビスカス女が、舌なめずりしながら両手で裏ピースサイン。
宝石だらけの長い爪が、陽光にギラギラと輝く。
あの爪、絶対に武器だ。
「ウチは、タツノオトシゴ座の劣等星、アマビヒコ・カイバ!」
カラフル女のアマビヒコが、色とりどりの髪とスカートを揺らし、両腕で胸を挟んだまま前屈になるセクシーポーズをとる。
タツノオトシゴとはかけ離れた見た目だし、能力も未知数だ。
「蟹座の優等星、Drカキコケラー。」
ヒョロ男のカキコケラーが、銀色のハサミをチョキチョキと鳴らす。
蟹のイメージとは程遠いが、ハサミが武器なのは分かりやすい。
「そして! ボーカルはこのアタシ!! 蠍座の優等星、アマネラッカ・スヰート!!」
アマネラッカが、ギターをギュイーンと鳴らし、派手に宣言。
触手がザワザワと蠢き、ゴーグルの目がウインク。
ギターの音が、まるで戦いの合図のように砂浜を震わせる。
「オイラは魚座の優等星、伊甲賀鱗魚助!」
波戸川改め伊甲賀が、仁王立ちで名乗り上げる。
紺色の布が風にバサバサと揺れ、まるで旗みたいだ。
いっちょ前にカッコイイ名前つけやがって!
次はアタイの番だ。
「アタイはミャ…」
ふと、頭に浮かんだのは「ミャミア」って名前。
猫っぽい、身に覚えのない名前だ。
何だこれ?
アタイはそんな名前じゃない!
頭の奥で、もう一つの名前が光る。
ミーシャ様から与えられた、アタイの本当の名前。
「アタイはモモカァレン・サクラオカ!」
叫ぶと、胸の奥で何か熱いものが灯る。
砂浜の風が、まるでその名前に応えるようにアタイを包む。
桜の形の鈴が、チリンと鳴り、泥に汚れた花びらが陽光に輝く。
「おれしゃまも! おれしゃまもする〜!」
カエルのパペットが、ピョンピョン跳ねながら叫ぶ。
赤い口がパクパクと動き、砂に小さな波紋を作る。
「早く名乗りなさいよ!」
アマビヒコが野次を飛ばし、2色の長い髪と虹色のスカートがヒラヒラと揺れる。
「はいっ! おれしゃまぁ、おとめじゃのてんにゅうしえ〜、ジョーカーしゃまだ!」
ジョーカーと名乗るカエルのパペットが、指のない右手を挙げ、大きな口をパクッと開ける。
それにしても今朝の許子が、こんなふざけた姿に…。
複雑な気分だな。
アマネラッカが、真っ赤なネイルを施した人差し指を空に突き上げる。
「全員名乗ったところで、せぇ〜のっ!」
「「星徒界選挙に立候補します!」」
男女入り混じった声が、波の音と一緒に砂浜に響き渡る。
ステージの照明が一斉に光り、海面がキラキラと反射する。
総勢7名。
アタイにとって、恐らく初めての選挙が始まった。
首輪の桜の鈴が、チリンと鳴り、まるでゲンソウチョウのルールがアタイを縛るように、胸の奥でズキンと響く。




