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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ケルベルス座の上級星と水の星徒達

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ケルベルス座の上級星と水の星徒達 ⑤

「まぁ!? 汚いですわね!!」


遠くから、甲高い女の声が響き、アタイは思わず身構える。

首輪の鈴がチリンと鳴り、冷たい空気が背筋を刺す。


プールを挟んだ向かい側の入口から、複数の足音がザクザクと砂を踏みしめる音が近づいてくる。


「コイツ、ウチの彼ピをヤッたなんてマヂ最悪ぅ〜!」


「ま∪″(キもレヽωτ″ぇ、Uωτ″<ωね!?」


「本当に特待星って厄介よねぇ。」


刺々しい女たちの声が、毒を塗った刃のように空気を切り裂く。


2人、3人…いや、もっとだ。

6人から8人ぐらいはいるか?

声の数と足音の乱雑さが、集団の大きさを物語る。


それにしても、特待星?

まさか…妃姫様!?


アタイの胸が、ズキンと締め付けられる。


「うぅ、あ〜ッ!!」


聞き慣れた悲鳴が響き、アタイの心臓がドクンと跳ねる。


やっぱり、妃姫様だ!


思わずプールの飛び込み台まで駆け寄り、コンクリートの角の隙間からそっと覗き込む。

冷たいコンクリートが膝に食い込み、濁ったプールの水がチャプチャプと不気味に揺れる。


25メートルのプールの先、反対側の入口から現れたのは、複数の男女の集団。


皆同じである筈の制服は着崩したりカーディガンを腰に巻いたり各々自由でバラバラだが、彼らの目は皆揃って飢えた獣のようにギラギラと光り、口元には嘲笑が浮かぶ。


その群れの中心に、妃姫様がいた。


彼女の三つ編みは乱れ、髪を引っ張る女たちの手で無理やり引きずられている。

苦痛に顔を歪め、涙と汗で濡れた頬が、濁った陽光に鈍く光る。


いつも家で楽しそうに学校の話をしていた妃姫様が、こんな目に…!


アタイは頭を抱え、爪が頭皮に食い込む。


家での彼女の笑顔は、嘘だったのか?

もしかして、アタイを安心させる為に?


胸の奥で、怒りと無力感がぐちゃぐちゃに混ざり合う。


「なんでぇい、騒がしいと思ったらよぉ?」


ボイラー室から波戸川が現れ、集団を見て眉をひそめる。

彼の手にはまだ薪の欠片が握られ、シャツの袖には灰が付いている。

扉の隙間から薪の燃える匂いが微かにに漂ってくる。


「ぁ、波戸川、了冫勺も⊃イ〃ノシ乂ゑ?」


目の周りや頬を濃いピンクに塗ったケバケバしいメイクの女が、枯れた柳のような髪を揺らしながら波戸川に声をかけ、誘っている。

真っピンクな口紅が、まるで血を塗ったように不気味に光る。


波戸川は一瞬、驚いた顔をする。


だが、すぐにニヤリと笑い、


「おぉとも! 混ぜてくれ!」


威勢よく拳を振り上げ、集団に飛び込む。


その軽快な動きに、アタイの心がズシンと沈む。


アタイ境遇に憐れんでた奴が、迷う事なくあんな連中に加担するなんて!


「クフフ…今日は保留になったそうなので、明日の糧にしましょう。我々の食糧まで食い荒らしてるならさぞかし美味でしょう。」


ヒョロ長くてウネウネした灰色の髪の男子星徒が、舌なめずりしながら右手にハサミを掲げる。

ハサミが空をチョキチョキと切り裂く音が、まるで全てを切り裂くかの如く響く。

彼の目はまるで死んだ魚のように濁っているが、口元には歪んだ笑みが浮かぶ。


「にしてもぉ、聖女様は何でこんな疫病神を生かしてるんだろうね〜?マジイミフ!」


黒いカーディガンを腰に巻き、ウェーブのかかった長い茶髪に赤白黄色といったカラフルなヘアピンを散りばめた女子星徒が、口を尖らせる。


「そんなの決まってるでしょ〜う? 自分の都合の良いように利用するためよぉ。本当に蛙の子は蛙とはこのことねぇ。」


長い黒髪を左肩にかけた女子星徒が、腕を組みながら鋭い目つきで妃姫様を見下ろす。


少し老けて見えるぐらい地味な外見とは裏腹に、彼女の声はねっとりと重く、集団の空気を支配する大胆不敵な雰囲気を漂わせる。

アタイの直感だけど、この女が主犯格に違いない。


「あら、聖女様にはお母様かお父様がいらっしゃいますの?」


焦げ茶色の内巻きボブヘアの女子星徒がリーダーらしき女星徒に問いかける。

まるで椎茸の断面図のような髪が柔らかく揺れ、やや垂れた目は穏やかで優雅だが、口元には嘲るような笑みが浮かぶ。


「あら豪渡(ごうと)、貴女そんなことも覚えてないの?」


リーダーらしき子が視線だけを椎茸の髪の子に向け、冷たく見下す。


「覚えてないのと言われましても、あれは叉武(さたけ)さんと天音(あまね)さんの夢の中のお話でしょう?」


豪渡と呼ばれた女星徒は右手を頬に当て、左手で右肘を添え、腰と首を振り子のように揺らす。

小馬鹿にした笑みが、遠くからでもハッキリわかる。

彼女の仕草は、まるで舞台の上で演じる役者のように大仰だ。


「僕も知らないですね。それに、当の本人である聖女様が知らないのですから。」


灰色の髪の男子星徒が、ハサミをくるくると回しながら鼻で笑う。

彼から放たれるすすり笑いは、錆びた鉄を擦るように耳障りだ。


「前々から思ってましたけど、天音さん、夢の中でしかない出来事を前世の記憶と勘違いなさってるのでは?」


「見かけによらず、メルヘンチックですねぇ〜。」


「ハァ? 何よ貴方達、私に喧嘩でも売ってるつもりぃ?」


小馬鹿にし続ける二人に痺れを切らしたのか、天音という女星徒が眉を吊り上げ、ヌメっと声を荒げる。


「ねぇねぇ、そんな話はどうでもいいしぃ、さっさと始末しちゃおうよ!」


ヘアピンの女子星徒が待ち切れないと言わんばかりに大声を上げ、妃姫様の背中をドンと押し倒す。

彼女のカラフルなピンが、陽光にチラチラと光って目がチカチカする。


「わっ!?」


妃姫様は前のめりに倒れ、咄嗟に両手をついてプールの角に頭をぶつけるのを避ける。


だが、膝を強打したらしく、うずくまって小さく呻く。

膝から滲む血が波打つ飛沫でプールの水面へと流れ、紅い波紋が拡がる。


「だよな、しぶてぇゴキブリは二度と転生できねぇよう、徹底的にヤるしかねぇ!」


波戸川が妃姫様の背後に回り、前髪をガシッと掴む。

そして、強引に彼女の顔を濁ったプールに押し込む。


水面がバシャッと跳ね、妃姫様の両手がジタバタと抵抗する。


「コイツ、選挙でもないのに無駄に力があるじゃねぇか!」


細身ではあるもののしっかりとした体躯である波戸川が慌てて両手で押し込もうとする。

それでも妃姫様はプールに浸かるまいとばかりに必死に顔を上げ、泣き叫ぶ。


「だぁずげでぇ、ぶぁあたぁん!!」


彼女の声はまるで水をかぶったようにグチャグチャだが、助けを求めているのは明らかだった。

涙と水で濡れた顔がそれを物語っている。


「了勺シ`⊂カゝゎっτ!」


派手なメイクの女子星徒がルーズソックスに包まれた足を振り上げ、妃姫様の頭をガツンと踏みつける。


水面が再びバシャッと跳ね、妃姫様が濁った水の中でもがき始める。

濡れた三つ編みが濁ったプールの水面で黒く揺れ、彼女の泣き叫ぶゴボゴボと水しぶきのバシャバシャが混ざって耳に突き刺さる。


その様子を眺めている集団の嘲笑が、冷たいコンクリートのプールサイドに反響する。


アタイは絶句した。

目の前の悲惨な光景に、胸が締め付けられる。


なのに、一瞬、ほんの一瞬だけ、「ざまあみろ」なんて思っちまった。

妃姫様がアタイを猫扱いし、鎖付きの首輪を嵌め、ドス黒い血が滴る生肉を食わせてきた日々が頭をよぎったからだ。


あの生臭い肉の感触、鉄の味、ゴミ屋敷の腐臭の中で眠り、歩く度に響く首輪の鈴の音、妃姫様の無邪気な笑い声――それらが、まるで毒のように心に染み込んでくる。


いけない!

そんなこと思っちゃダメだ!


アタイは自分を叱りつける。


冷たい風が頬を刺す。

濁ったプールの水面が、陽光を鈍く反射し、まるでアタイの心の揺れを映し出すようだ。


妃姫様はアタイのご主人様だ。

死にかけのアタイに手を差し伸べた美紗様の面影を、どこかに宿してる筈の御方だ。


なのに、何故こんな…、憎しみみたいなものが胸に湧く?


その直後、強烈な罪悪感と使命感と違和感が波のように押し寄せる。

罪悪感は、まるで胸をナイフで抉るような鋭い痛み。

使命感は、妃姫様を守らなきゃという熱い衝動。


だが、この違和感は…?

まるで他人から言い聞かせられるような、頭の奥で囁く声。

誰かの記憶か、転生の残響か、アタイじゃない何かがアタイを縛ってるような、ゾッとする感覚。


何だ、この感情は?


首の周りで首輪が締まり、黒革の感触がヒリヒリと皮膚に食い込む。

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