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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
鳳凰座の転入星

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鳳凰座の転入星⑱

「クックドゥルドゥ〜♪」


鼻歌に近い軽快な声に私は目を覚ました。


まだ頭の中がハッキリしないせいで、目の前は真っ白のままだった。

でも、ただの真っ白ではなく、霧のように霞んだ視界の向こうには、ぼんやりとした光が揺らめいていて、不思議と恐怖心は無かった。


「お疲れちゃ〜ん♪」


軽快な声の主、幻子の長くサラサラした長い髪と細長いシルエットが私の視界に現れた。


その瞬間、霧が晴れるようにボンヤリしていた意識が少しずつハッキリとしていく。


直ぐ傍まで近寄って来た彼女は両手を伸ばして私の背中に手を回し、優しく抱き起こしてくれた。

その手は細くて暖かい、夢の中とは思えない程に。


幻子の暖かい腕の中で、自分が守られているという感覚が広がった。

私の心は少しずつ安らぎを感じ、今は安全である事を確信した。


「さっきの大きな目…、大きな人は一体?」


恐怖が和らいだと同時に、意識を失う前に見た巨大な目の事が頭をよぎり、幻子に訊いてみた。


雲の隙間から私達を覗き込んでいた、あの白い巨人の冷たく無感情でありながら、私の魂を見透かしていたかのような目は、今でもハッキリと鮮明に思い浮かぶ。


あの瞬間、全身が凍りつくような恐怖が私を襲った事を思い出し、再びその寒気が背筋を走る。


あの巨人、そもそも人なのかどうかすら分からない。

もしかしたら目だけの生き物かロボットかもしれない。


どちらにしても、星空を全て覆い隠した選挙会場の中で私に向けられたあの眼差しは、ただただ巨大で、圧倒的な力を感じさせた。


アレは一体何だったのだろう?


でも確かな事は、アレが竜巻を作り出し、妙妙ちゃんを連れ去った。

夢の世界とはいえ、妙妙ちゃんが竜巻に飲み込まれたあの瞬間、彼女がどれだけ恐ろしい思いをしたかを想像すると、胸が締めつけられるようだった。


「あぁ、アレねぇ…、一時の嵐っていうやつかな!」


私の問いに幻子は迷わず軽い調子で答えてくれた。


「嵐…?」


私は思わず聞き返した。


幻子は何故か笑みを浮かべ、軽やかな口調で説明を続ける。


「選挙会場では海や雨といった自然が擬人化するの♡」


「擬人化…?」


私は呆然としながらも、なんとか彼女の言葉を理解しようとした。

彼女の言葉は、まるで違う世界の話をしているかのようで、私には到底理解出来なかった。


「さっきのは、竜巻が擬人化して現れたの、ホラ、台風の目っていうやつ?それよ。」


それよって、どれよ?


そう聞き返したかったけど、まだ心の何処かで恐怖が残ってて余裕が無いせいか、声には出せなかった。


幻子は話を続ける。


「そもそも選挙会場は私達星徒達それぞれが持つ夢の世界で、選挙になると立候補した星徒達の選挙会場に行き来出来るの。」


私は今までの選挙会場を思い出した。

雪や椿に囲まれた場所はともかく、見た事すら無い赤い柱の庭。

あれらは椿緋女や妙妙ちゃん達、今まで襲って来た子達の選挙会場、彼女達の夢の世界だという事になる。


「で、お互いの選挙会場が繋がった状態で選挙が長引くと稀に空間が歪んだり、さっきの嵐みたいに強制的に退場させられたりするサドンデスが発生しちゃうのよ。」


「そ、そうなんだぁ…。」


私は半分納得し、半分困惑した。

幻子の説明は理にかなっているようでありながら、同時にますます混乱を招いた。


私は困惑した。

私の夢の世界が、私の想像以上に壮大で複雑だという事に。

そして、まるで他の誰かが創り出したゲームの世界だという事に。


そもそも夢っていうのは、今までの記憶を整理する事である筈。

自分の夢だから夢の世界のお話に参加していたけれど、何故数カ月ずっと選挙という名の争いをしたり、見た事無い風景を見たり、難しい話をされたりするのだろう?


自分で卑下するのは良くないけど、私の脳でこんなに細かい夢なんて何度も見られるのだろうか?


でも、今はいくら悩んでも仕方が無い事なのかもしれない。

だって、夢の世界なのだから。


ジュゥウッ!


突然、何かが焼ける音と共に、甘くて香ばしい香りが部屋中に漂った。


思わず、私は深く息を吸い込み、その香りに包まれた。

少し焦げた香りと、程よく焼き上がった肉のジューシーさを予感させる。


お肉が焼けて脂がパチパチと弾ける良い匂いが鼻孔をくすぐり、胃袋が音を立てて反応した。


「あっ、忘れてた!」


幻子の声が突然、緊張を解くように響いた。

彼女は慌てて立ち上がり、私の側から素早く離れていった。


すると白く広がる空間の一部が、小幅で走り出す彼女の長い黒髪の動きに合わせてウネウネと動いているように感じられた。


もしかしたら実は夢の中では無くて現実なのでは…、と少し疑いもしたが、空間が歪に見えるので、やっぱり私はまだ夢の中を旅しているのだと確信した。


私は少し遅れてゆっくりと立ち上がった。

安全と言われても、幻子から離れる事が怖かったから。


まだ少しフラフラするものの次第に安定するようになり、幻子の後ろ姿を目で追いながら、周囲の光景に目をやる。


真っ白な空間が広がる中、ポツンと小さなキッチンが視界に入ってきた。

まるで、そこに静かに潜んでいた何かが再び息を吹き返し、急に具現化したような不思議な感覚だった。


シンプルで一軒家にあるような大きさのキッチンと、背より高い白く縦長い冷蔵庫、流しとガスコンロが備えられたキッチンのカウンター先には4人掛け用のテーブルと椅子が置いてあった。


幻子は燃え盛るフライパンが置いてあるコンロ前に立って摘みを捻って火力を弱めた後、手早く赤いキルトのミトンをはめている。

彼女の仕草は一見すると普通の家庭の一幕のような親しみやすさが漂うが、この空間ではどこか現実味を欠いている。


歩み寄る私に幻子はミトンをはめた手でテーブル席を指差し、座るよう催促する。


テーブルは長方形の優しいクリーム色の木で出来ており、各椅子の前には赤色のランチョンマットが敷かれていた。


「ささっ、座って♪」


私がためらっている事に気づいたのか、幻子は優しく微笑みながら軽やかに、やや強引に促してきた。


「えっ、でも…、ここから早く逃げた方が…。」


言葉にするだけで、胸の中にある不安がますます大きくなっていく。

巨人の影、あの恐ろしい存在が、再び現れるのではないかという恐怖が拭いきれない。


しかし、幻子は一瞬も動じる様子を見せなかった。


「嵐は去ったから、大丈夫♡」


彼女の更なる軽やかな声に、私はほんの少し安堵の吐息が漏れる。

だからといって心の奥底に潜む不安は消えなかった。

この安全そうな場所でも何が起こってもおかしくない、そんな緊張感が残り続ける。


それでも私は彼女の言葉に従い、キッチンの一角にある椅子に静かに腰を下ろした。

椅子は少し堅め木で、赤と白のチェック柄のキルトのクッションが敷いてあり、固くなった私の体を優しく受け止めてくれる。


そして、私の隣の席にはカエルのぬいぐるみが顔を出していた。

可愛らしくデフォルメ化された柳色の身体に黄色いお腹、まん丸な黒い目とスイカの種みたいな鼻の穴に、大きな半月状のお口。

小さく平たい手があるのに脚が無く、よく見たら手を入れて遊ぶパペット人形だった。


「可愛いでしょ?」


幻子が満足そうに微笑みながらそう言った。

私はその問いかけに対し軽く頷いた。


「うん、嬉しそうな顔をしてる。」


大きく開いてる口を開けているそのカエルはまるで料理が来るのを楽しみに待っているかのようだった。

まん丸な黒い目がキラキラと輝き、今にも話し出しそうな雰囲気だった。


ちょっとマヌケ…、呑気そうなカエルの表情を見ていると、どこかホッとし、気持ちが軽くなるのを感じた。


「だって、ジョーカーだもの。」


「ジョーカーって、この子の名前?」


物騒な名前に驚いたけど、不思議と余計に可愛いと思ってしまう。

これが所謂、ギャップ萌えというやつなのかもしれない。


カエルのジョーカーは、そんな私の心の内を見透かすかのように、静かに微笑んでいるようだった。

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