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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
鳳凰座の転入星

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鳳凰座の転入星⑫

まーちゃんはアンバランスな身体とフラフラとした足取りで立ち上がり、目の前で自分を見下している妙妙を見上げる。


いつもの穏かに閉じられた両目が大きく見開かれ、時折見せる真っ赤に輝いていた瞳は濁り、小刻みに揺れ動く。

遠くから見ている私ですら分かるぐらいに彼女の顔には驚きと怒り、そして絶望が入り混じった表情が広がっていた。

いつも一緒に居る筈の私ですら別人のように見えた。


余裕のある妙妙とは正反対。

今回もまーちゃんが不利な状況になってしまった。


いつもと違うのは、まーちゃんに余裕が無くなっている事。

焦りと不安と混乱が混じった表情になっている。


でも、何でだろう。

互角だと思っていた相手が急速に力をつけ、その猛攻に圧倒されてしまったせいとはいえ、こんなにも力の差が出来たのには、何かあるような気がする。


それに、どうしてあんな表情をするのだろう?

昨日は椿緋女(つばきひめ)に体を全部食べられてしまっても、私を励ましてくれるぐらい落ち着いた顔をしていたのに。


妙妙との力の差に対して、まーちゃんは内面で葛藤している。

彼女の表情がそれを物語っている。


もしかして、今まではどんなに不利な状況になっても打開出来る確信があったからなのだろうか?

今回の状況ではそれが通用せず、未知の要素が彼女を襲っているのかもしれない。


「私はフラミンゴ座だった時の記憶を持っているわ!」


突然、妙妙は怒りに満ちた声で叫ぶと高く跳び上がり、クルリと宙返りして右脚を高く振り上げると、まーちゃんの頭上目掛け一気に踵を振り下ろした。


またしても隙の大きい攻撃。

やっぱり妙妙はまーちゃんを弄んでいる。


遠くから見守っている私は、妙妙の卑劣な行為に対して思わず奥歯をギリギリと食いしばってしまう程にムカムカとした苛立ちが胸に広がるのを感じた。


まーちゃんが両目を見開いた直後、身体は無数の紅い蝶々になり、踵落としの踵が当たろうとした寸前、紅い蝶々達は一斉に四方八方へと舞い上がる。

振り下ろされた踵は虚空を切り裂き、その横から辛うじて逃げ出した紅い蝶々が溢れ出し、無数の蝶々は妙妙を包み込むように取り囲む。


着地した妙妙は自分を囲うように飛び回る蝶々を不気味な笑みを浮かべながらギョロギョロと眺める。

その笑みは、紅い蝶々達を品定めしているかのように見える。


「貴女の身体が借り物だって事、知っているんだから!」


妙妙がまた訳の分からない事を叫んだ。


すると一瞬、妙妙の頭上に1匹だけ孤立して飛んでいた蝶の動きが止まった。

それを妙妙は見逃さなかった。


「だから貴女の弱点も知っているッ!!」


再び飛び上がると右回転からの蹴りを繰り出した。

1匹の蝶は妙妙の鋭い一撃を避け損ね、胸に靴先が命中する。


蹴りを喰らいクシャクシャに歪む蝶の羽は空中で乱れ、人間の輪郭が徐々に浮かび上がり、手足が欠けたまーちゃんの姿になった。


まーちゃんの体は妙妙の蹴りによって再びくの字の姿勢のまま後ろ向きに跳ね飛ばされた。

低くも遠くへ吹き飛ばされながら、真っ赤な液体が放物線を描くように飛び散り、ドス黒い雨へと変化して冷たい石畳を一直線に黒く塗り潰していく。


一瞬、まーちゃんと目が合った。


それは先程まで私に見せてくれた優しさや苦痛のような生き物の感情ではなく、無だった。

でもそれは、深い無の中に漂う失望が浮き出た冷たい視線だった。


え?

何でそんな顔を、わざわざ私に向けるの?

まーちゃんは、私に何か言いたい事があるの?


私は目を疑った。

まーちゃんが戦うって言うから、私は遠くから応援していたのに、そんな顔を向けられるとは思っていなかったから。


不意に、此処に連れて来られる前に私に見せたあの不快そうな顔まで思い出してしまい、頭からスーッと血の気が引くような感覚が襲って来てフラついてしまう。


ドゴォンッ!!


まーちゃんが紅の大きくて太い柱の真ん中に激突して、大きな音が響き渡った。


ぶつかった場所からパキパキとヒビが入り、バラバラと崩れ落ちるような音を立ててボッキリと折れた。

まーちゃんと一緒に折れた上側の柱が倒れ込み、砂埃が立ち込めると同時に紅い提灯が激しく揺れ、ヒラヒラと花びらのような火の粉が舞い散った。


「まーちゃんッ!?」


私は居ても立っても居られなくなり、慌てて駆け寄る。


遠くから見ていただけでは気が付かなかったけど、いつの間にか石畳には亀裂が入っていたり割れていたりして走りにくく、殆ど爪先立ちでスキップするように走っていく。


そして、まだ宙を漂っている砂埃も仁王立ちで様子を伺っている妙妙の事も気にせず通り過ぎ、倒れた柱に近付いて隙間を覗き込んだ。


倒れた柱の下敷きにはならなかったから倒れている人がまーちゃんだというは分かるけど、身体のあちこちに欠けたような傷があり、血飛沫が散りばめられている。

欠けた手足や顔の方向はグチャグチャ、紅い目の焦点も合ってなくて、まるで壊れて放り投げられた球体関節人形のようだった。


「まーちゃん、大丈夫?」


大丈夫じゃないのは分かっているけど、つい訊いてしまう。

髪は乱れているけれども顔の損傷が比較的に少ないから、いつものように直ぐに治って起き上がってくれるんじゃないかなと思ってしまう。


私は更に近付き、しゃがみ込みながら右手を伸ばし、右手の人差し指でまーちゃんの肩をそっと撫でた。


すると、彼女の身体は微かな紅い光を放ちながら薄くなっていく。


まーちゃんの身体が半透明になると紅い粒子の光が小さな蝶々になって羽ばたき、夜空の紅い提灯の海へと消えて行く。

折れた柱からも細かな紅い破片が舞い散り、光る蝶々の中に溶け込んでいく。


まーちゃんの身体はみるみる内に透明になり、最終的には大きな1匹の紅い蝶となって儚く舞い上がった。


私はしゃがんだまま顔を上げて目で追った。


大地は砕け、庭が壊され、親友が倒れて消えた無惨な戦場から解き放たれた蝶は高く飛んで空に溶け込むと、光と影で織りなす幻想的な銀河に変わり、点々とした紅い粒子と紅い提灯の灯りが悲壮な地を柔らかく照らし出していく。


手を伸ばせば届きそうな不思議な感覚に陥り、私はしゃがみ込んだまま、この天地という対照的な風景にただただ見入っていた。


小さい頃に買って貰った宝石を思い出す。

何度も眺めたそれは、キラキラと銀色に煌めく深く透き通った夜空と乱反射で輝く真紅の星々を閉じ込めた未知の力を秘めた神秘的な宝石だった。

その点々とした深紅の輝きは、まるで魔法をかけられ生まれたかのように見えたのを覚えている。


そう、魔法みたいに消え去ったまーちゃんの魂の光が、この美しくも哀しい夜空に一層深みを与えてくれた。


「自分の身体をちゃんと理解していない、それが彼女の敗因ね!」


遠くから妙妙の声が聞こえてくる。

彼女は私がまーちゃんを失って悲しんでいるのだと思ってワザと大きな声で意地悪な事を言っている。


でも私は、心の奥底でまーちゃんが復活する事を信じている。

その信念が私に勇気を与えてくれるから、妙妙の言葉に屈する事は無い。


私はゆっくりと立ち上がり、声がする方へ振り向いた。


ひび割れた石畳には激しい戦いの痕跡が刻まれ、揺れ動く紅い提灯の光が波紋のように石畳に映し出されている。

その亀裂の中心で足跡を残さぬよう左脚だけをくの字に掲げ、両手を広げて優雅に構える少女がいた。


彼女の情熱的に紅く長い髪は風になびき、暖かな提灯の色に染めれて暖色で構成された小さな虹を生み出し、まるで暁の空へ羽ばたこうとする翼のように輝いている。


1羽の赤いフラミンゴの少女は、この選挙会場の中で独特で華やかな美を紡ぎ、彼女の周りには微かな輝きが舞い上がり、景色も彼女に従って彼女の色へと移り変わっていくかのように見えてきた。

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