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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
鳳凰座の転入星
32/51

鳳凰座の転入星⑤

キーン、コーン、カーン、コーン


8時半を告げるチャイムが響き渡る。

いつもならば慌てて走っている事が多かったけれど、今日はゆとりが出来たお陰で新鮮で鮮明に感じられ、私の耳に心地良く響いていく。


心の中に喜びの炎が広がっていくのを感じる。

いつも急かすように鳴っている朝のチャイムなのに、今の私の体内リズムと調和し、特別な1日の始まりを予感させてくれるのだ。


それでも、長い廊下を大きくて重いゴミ箱を抱えて歩いていると、その重さが腕を締め付け、少ない筈の筋肉がプルプルと震えていく。

ゴミ箱の角が手の平に食い込む感触も、段々痛く感じるようになってきた。


校舎裏の中庭には玄関裏から直接行ける。


でも、今は心無しか重みがますます増しているゴミ箱を抱えているせいで、その道のりが遠く感じる。

昨晩帰宅した時は軽やかに駆け抜ける事が出来たこの廊下が、ずっとずっと長いように思える。


私は玄関広場を歩く。

その玄関はまるで冷凍庫の中みたいに冷たく、1歩足を踏み入れると吹き抜けの冷たい風が廊下に流れ込んでは私の肌を撫で、ゾワッとした感触が広がる。


通学の時は少し走ったばかりで汗が出て快適な程の寒さだったけど、大きくて重たいゴミ箱を抱えて歩いていると、ただただ寒くて辛い。


玄関広場に入ってすぐに裏口の扉を見つける。

ちょうど表玄関の向かい側で開き放されているその硝子の扉が、私に向けて招き入れているようだった。


腕はそろそろ限界で自然に下がり、ゴミ箱の手前側の角を床に引きずりながら玄関裏の扉をくぐり抜ける。


中庭に入る前に大きなゴミ箱を一旦置いて、その場で身体を左右に揺らしながら両手をプラプラと振る。


勢いに任せてひとりで運び出したけど、やっぱり持ちにくいし重いなぁ。


ひとりで重いゴミ箱を運び出すなんて、思っていたよりも大変な作業だった。

両腕はビリビリと痺れて少し感覚が鈍くなり、手の平から指先にかけて微妙な疲労感が漂っているのが分かる。


「はぁ〜っ、寒ぅい。」


息を吐くと白かった。

口から飛び出した白いモヤモヤが冷たい風に乗って空中でクルリクルリと踊り、次第にフワァと消えていく様子が目に焼き付く。


あまりの寒さに段々とやる気の炎がみるみる内に小さくなっていくような気がする。


こんなにも雲ひとつすら無く明るく、水色に澄み渡った空がゆらゆらと波打って陽の光がキラキラと輝いて良い天気なのに、こんなにも寒いなんて…。


「ヒぃキちゃん!」


ふと、聞き慣れた女の子の声が耳に飛び込んできた。


私は反射的に声のする方へ視線を向ける。


裏口から1番近くに生えている木の陰からそっと顔を出したのは、すらりとした長身、腰まで真っ直ぐでツヤツヤな真っ黒な髪、閉じられたまぶたから長くてツヤツヤな漆黒のまつげ、おでこに縦線の大きな傷が無ければ完璧ペキの助な美少女!


私の大親友、幻子(まぼろし)ちゃん、略して「まーちゃん」!


お口の端を上げて微笑むまーちゃんは、朝の光に照らされて輝いていた。

冷たい微風になびく髪と明るい笑顔が、まるで太陽の光を浴びた水面のようにキラキラしていて、彼女自身が自然そのものと一体化しているように見えた。


「まーちゃん!」


返事の代わりに、まーちゃんの名前を呼んだ。

自分でも笑顔が自然と溢れ出るのを感じながら、私達は歩み寄り合った。


「ゴミを捨てに行くの?」


まーちゃんは両目を閉じたままだけど口角を上げて微笑みながら首を小さく傾げた。


「そうだよ、でもちょっと重くて大変!」


私は肩を垂れ下げて疲れた仕草をして正直に答えた。


言葉で直接頼まなくても、まーちゃんの事だからきっと分かってくれる筈、そう期待していた。


「私も手伝うわ。」


私の期待通り、まーちゃんは私の気持ちを察して閉じた目蓋を細めて手を差し伸べてくれた。


「本当に!?ウレピーマンっ!!」


分かっていたけど快く引き受けてくれるまーちゃんに嬉しくなって、思わずピョンピョン飛び跳ねちゃった!


私達は置いてけぼりにしていたゴミ箱に戻ると、向かい合った状態で大きなゴミ箱の角をしっかりと握り締めた。


「いくよ、いっせぇえのぉせッ!」


息を合わせた声掛けと共に私とまーちゃんの心拍が1つになった瞬間、大きなゴミ箱が地面から浮き上がる。


「中庭の奥に焼却炉があって、そこにゴミ捨て場があるんだ!」


「それじゃあ、そのまま真っ直ぐに行きましょ。」


青い空の下、私達は横歩きで中庭を突き進む。

左側へとカニ歩きするのは慣れないけど、ひとりで運ぶよりはずっと楽チンだ!


涼しくて柔らかな風がそっと髪を撫で、心地良い日差しが私達の背中を温かく照らしてくれる。


緑豊かな木々がサラサラと揺れ、白い石畳にかかっている砂がヒュルヒュルと舞ってはパラパラと音を立て、花壇から生えた黄色い草はシャカシャカと踊り、空からザザァと波が穏やかに流れ動いていく。


それはまるで、自然の呼吸が音楽となって中庭に響き渡る。

今日の一日が始まる前の序章のようだった。

何か特別な事が起こりそうなワクワク感が、その曲に込められていた。


そして、その楽しいメロディが私を包み込んでいく。


「ふんふんふ、ふぅ〜ん♪」


気が付いたら思わず鼻歌を奏でていた。

喉を鳴らし鼻から響かせていく内に不思議と気持ちも高揚していく。


何だか歌いたくなっちゃうな!


その衝動は抑えられず、口ずさもうと口を開く。


ドンッ!


「ワッ!?」


突然、何かがゴミ箱に激しくぶつかった。

その衝撃で私の右脇腹にゴミ箱の側面が当たり、私は歌ではなく驚きの声を上げ、バランスを崩して後ろへよろめいてしまった。


幸いにも反射的に右足で踏ん張って転ぶのを防いだお陰で、ゴミ箱の中身を溢さずに済んだ。


あ〜、危なかったぁ!!


必死に体制を立て直しながら呼吸を整えるけど、まだ胸がドキドキする。

もし、ひっくり返してしまったら大変だった。


「ヒキちゃん、大丈夫?」


驚きと同時に眉を下げて心配そうな表情を浮かべながらまーちゃんが尋ねてきた。


「あ、ごめんね…、気分が乗っててつい…。」


慣れない横歩きの中、音楽に夢中になってて集中力が散漫になっていた事について素直に謝った。


「そう、ヒキちゃんが無事なら良かった。」


怒るどころか心からホッとするまーちゃん。

私も分かっていたけど嫌われずに済んでホッとした。


もう大丈夫だとまーちゃんに目配せをしてから再びゴミ箱を持ち上げて歩き出す。


「それにしてもヒキちゃん、今日は嬉しそうね。」


まーちゃんが微笑みながら私について呟く。


そういえば、学校でまーちゃんと会う時の私って、いつも落ち込んでいたり泣いていたりしていたかも…。


でも、今日はいつもと違った。


「そうそう聞いて!お友達が出来たんだよ!」


私は胸を張って今朝の事を話した。


「お友達?」


彼女は不思議そうに眉をひそめた。


「そうだよ、詩由羅ちゃんっていう可愛い女の子だよッ!」


私はその名前を口にすると心が弾んだ。

胸の中で高鳴る鼓動を抑えきれず、ワクワクが止まらない。

詩由羅ちゃんとの出会いは、まるで奇跡のようだったから。


「女の子か…。」


まーちゃんは歩く足は止めずに少し考え込むように呟いた。

桜色の唇をグネグネと歪ませたその表情には、彼女の内面の複雑な感情が滲み出ているように見えた。


「まーちゃん、どうしたの?」


「ヒキちゃん、男の子は苦手だもんね…。」


まーちゃんの声は、私に対して少し不安と少し寂しさが交錯するように聞こえた。


その言葉に、私は思わず苦笑いを浮かべた。


確かに、ただでさえ女の子とコミュニケーションが苦手な私にとって、男の子は挨拶する事すら難しい。


それに、昨日の朝と今朝、男の子に殴られそうになった。

男の子のグーパンチは、とても痛いから嫌い。


……あれ?

私、いつ、男の子に殴られたんだろう…?


「でも良かった、ヒキちゃんにお友達が出来て。」


まーちゃんはそう呟くと、笑顔がほころんだ。

その笑顔はいつもよりも温かく、陽だまりの中で咲く桜の花のようだった。

不意に温かい風が優しく吹き、無数の桜の花びらがヒラヒラとそよ風に舞い落ち、まるで祝福の光が笑顔に輝きを添えていた。


あまりの美しさに私もつられて微笑んだ。


ま、いっか。


彼女の笑顔を見ていると悩みなんて要らない。

嫌な事は忘れた方が良いのだから。


「今度、まーちゃんにも会わせてあげるね!」


私は胸を張って宣言した。

気が早いかもしれないけど、大親友のまーちゃんと新しい友達の詩由羅ちゃんと3人で素敵で楽しい時間を共有したくなっていた。


「楽しみにしてる。」


まーちゃんの明るい声が心地良く響く。

その声には未来への期待と幸福が宿っているように感じられた。

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