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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
鳳凰座の転入星
30/51

鳳凰座の転入星③

パチンッ!


「暴力、反対。」


掠れた女の子の声と共に手を叩く音が聞こえた。


誰だろう?


さっきまで悪口を言っていた女の子達とは違う声の主が誰なのか気になるけど、まだ怖くて顔を上げられない。

代わりに耳を澄ませる事に集中する。


「何だよテメェ、邪魔するなよ!!」


殴りかかろうとした男の子が再び怒鳴り声をあげる。

叩かれた手が痛かったのか、しゅりしゅりと手を擦る音がする。


「イジメ、絶対に、許さない。」


掠れた声の女の子は彼の怒号に臆さず、淡々と反論する。

静かながらも、とてつもない威圧感が伝わって来る。


「じゃあテメェを選挙で葬ってやるよ!」


「止めなさい、アンタみたいなレットウセイが敵う相手じゃないわ。」


選挙を持ちかける男の子に空かさず止めに入ったのは、目付きの悪い女の子のヌメヌメした声だった。


「同じユウトウセイの私でも厳しい相手デスわ。」


「全員で選挙をすれば勝てますが、正当な理由がなければ後が面倒ですね。」


止めに入った彼女の声に続いて、内巻きボブヘアの女の子の高い声と灰色髪の暗い顔の男の子の低い声が加勢する。


3人共、金髪の彼を止めるその声からは必死さや優しさは感じられず、ただ面倒事に巻き込まれたくなさそうな呆れ声だった。


「チッ、今回も見逃してやるよ。」


金髪の男の子が怒りのこもった舌打ちをした。

わざと大きく舌打ちしたからか、周囲に響き渡る。

その後、乱暴な靴音がどんどんと私から距離を置きながら遠ざかっていく。


「そ、そうですねっ!」


茶色い三つ編みの女の子の甲高い声と高い靴音がその場面に加わり、後へ続くように遠退いていく。


「悔しいですが、懸命な判断デスわ。」


「我々は他にやる事があるのでね、失礼するよ。」


ボブヘアの女の子と灰色の髪の男の子も、しみじみと語りながらゆっくりと私から離れていく。


入れ替わるかのように、ひとりの靴音が近付く。


「それじゃあ掃除だけど、後はひとりでやって頂戴。」


ヌメヌメした低い女の子の声が私に振り掛かる。


その直後、廊下の床と私の靴だけだった視界にモップの木の柄が飛び込み、カタンと音を立てて倒れる。


そして近付いていた靴音も、私から離れていく。


暫くして靴音が聞こえなくなると、クラスメイト達の怖い視線が消えたような気がした。


恐る恐る顔を上げると、さっきまで悪口を言っていた生徒達が居なくなっていた。


た、助かった…!


その安堵の気持ちと共に、まだ胸に残る恐怖で心臓がドキドキと激しく鼓動しているのが分かる。

けれども、これまでの緊張が少しずつ解けていくのを感じる。

さっきまで生きた心地がしなかったけど、やっと安心感が心に広がって温かくなっていく。


「桜丘さん、大丈夫?」


後ろから掠れた女の子の声がして振り返る。


長袖の制服でも分かるぐらい痩せ気味で猫背ではあるけどスラリと長い手足、紅いビーズのようなまん丸な玉で二つ結びにして胸元に垂らした明るい茶色の長い髪、瞳が白く濁りかけている灰色の目。


彼女は無表情だけどジッと私を見つめてはフクロウみたいに小首を右側へと傾げていた。


ちょっと変わった見た目をしているけど、独特な掠れ声からして私を助けてくれた女の子だと分かった。


「うん。」


心配している彼女を安心させる為、私は直ぐに頷いた。


すると、女の子は灰色の目を足元へとずらす。

そこには白い糸の束をブラシにしたモップが横たわっていた。


そうだった、今からひとりで保健室を掃除しないといけないんだった。


私は再び顔を上げて左側にある保健室を見つめる。


昨晩は花火大会があったせいか、廊下から見えるだけでも酷く汚れていた。

保健室の床や白いベッドには花火の残骸や焦げた塵、観客達が屋台から買って食べて捨てたゴミや食べ残しがあちこちに散らかっている。

なんと天井にまで黒いススや赤いケチャップが沢山付着していた。


昨日は花火に夢中になっていたから、こんな事になっていたなんて思ってもみなかった。


あの時の私は生徒会長に帰るよう言われてその通りにしたけど、ゴミも片づけずそのまま帰ったんだっけ。

だから皆、怒っていたのかなぁ?


「ひとり、は大変、私も、手伝うから。」


私が保健室を見たまま固まっていたのか、女の子がそっと声をかけてくれた。


優しい彼女の言葉に驚いた。

他の皆は私を睨んで悪口を言っていたのに。

だけど、胸がほわっと温かくなるのを感じ、私は彼女の善意に甘えて微笑む。


「うん…、ありがとう。」


私と猫背の女の子は、保健室の片付けを始めた。

白い糸の束のモップと水の入ったブリキのバケツを手に取り、私達は黙々と作業に取り組んだ。


大小様々なプラスチックの容器、色とりどりのドリンクの缶、ケチャップやソースまみれで元が分からない食べ残し、花火の燃えカス等といった散乱しているゴミを拾って、隅に置いてある大きな青い長方形のポリバケツに投げ入れる。


大きなゴミがある程度なくなった床を濡らしたモップで擦って汚れを拭き取っていく。

モップが汚れてしまったらバケツの水に浸し上下に振って洗い、再び床を拭いていく。


とても大変な作業だけど、ひとりではない。

そばには私の味方をしてくれる女の子がいる。

作業がますます軽やかに進んでいくのを感じる。


これといった会話は無いけど、一緒に作業する事でその大変さも楽しさに変わっていく。

それだけで私は嬉しい。


窓から差し込む柔らかな陽光が、白くなった床を輝かせる。

まだ所々濡れているから、キラキラしている。


ようやく床全体が綺麗になったところで、女の子が作業の手を止めて口を開く。


「イジメ、嫌、だよね。」


その言葉に私も時が止まったかのようにピタリと固まる。


彼女が言うイジメとは、思い出したくない、直ぐにでも忘れてしまいたかった地獄、つい先程までの事だろうか。


「うん。」


私は素直に頷いた。


彼女の視線がどこか遠くを見つめるようになった。

その白く濁った瞳には、傷ついた過去の影が揺れているように見えた。


「イジメ、駄目、絶対。」


彼女の口から出たその言葉に私は思わず眉をひそめる。


それを言うのは簡単だ。

皆、イジメがいけないのは分かっている筈。

当たり前の事だから。


当たり前の事なのに、皆、私に意地悪をする。

皆、見て見ぬフリをする。

皆、イジメに加担する。


時々、駄目だって言ってくれる強い人もいる。

でも、その場限りで、後の事は知らんぷり。


そして、皆は隙を狙っては襲って来る。

さっきまでのように。


だけど、先程私を殴ろうとした男の子を止めた時といい、強く放たれる彼女の言葉の背後には何処か暗い面が隠されている。


もしかして、この子も皆から意地悪をされているのかな?


「うん。」


そう考えたら、なんだか可哀想で同情しちゃう。

そんな気持ちで頷いた。


「そう…。」


彼女の口元から漏れた一言が、空気を重くするような感覚を生み出した。


そして、会話がそこで終了した。


あれ?


長い沈黙。


その静寂は、言葉以上に重くて気まずかった。


どうしよう、せっかく打ち解けてきた筈なのに!

何か、話さなくちゃ!

でも…


沈黙が続く中、私は迷っていた。

怒らせたり悲しませないお話を、今の彼女に何を話して良いのか分からなかった。


迷いは次第に焦りへと変わっていく。


こういう時、まーちゃんが居てくれれば…!

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