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セラバモ 〜セバリゴノ・ドミノ〜  作者: ロソセ
ナメクジ座とヒル座の劣等星
3/59

ナメクジ座とヒル座の劣等星③

「え、それじゃ私もホットケーキと紅茶で!」

「お待たせしました。ホットケーキです。」


いつの間にか、メイドさんが私とまーちゃんの左隣に立ってる!


フォークとナイフを一本ずつ置き、テキパキ準備してる後ろには、銀色の丸い釣鐘型のクローシュが二つ載ったワゴンが。


「あれ? 私たち、まだ注文してな……」


チラッとメニュー表を見ると、いつの間にかホットケーキと紅茶の写真だけになってる!


ホットケーキ強制じゃん!


ちょっとガッカリしたけど、目の前に置かれた大きな銀の蓋がスッと開けられた瞬間、フワァッと香ばしいバニラの甘い湯気が顔に広がる。


うわ、鼻がヒクヒクしちゃう!


……まぁ、ホットケーキの気分になったし、結果オーライかな?


「うわぁっ!」


白い湯気の中から現れたのは、まるで輝くお月様!

横から見たら辞書みたいに分厚いホットケーキが、なんと三段重ね!

一番上には黄金色のシロップがキラキラ広がり、ところどころ溢れて下の段まで小さな滝みたいに流れ落ちてる。

シロップの湖には、四角いバターの船がゆったり溶けながら漂ってる。

まるで絵本から飛び出したみたいな、夢みたいなホットケーキ!


「さ、冷めないうちに食べよっか。」


相変わらず急かすまーちゃん。


「うん、いただきまーす!」


右手でナイフを握り、真ん中から手前へスッと下ろす。


しゅわっ!


思わず目が丸くなる。


ナイフが、泡を切るみたいにスーッと三段を一気に切っちゃった!


「これ、スフレパンケーキだ!」


「良かったね、ヒキちゃん。いつも食べたいって言ってたよね。」


興奮で目をキラキラさせる私に、まーちゃんは口角を上げて一緒に喜んでくれる。


まーちゃんは両手でお皿の端を持ち、左右にゆらゆら。

遅れて、分厚いホットケーキがぷるぷる揺れる。


しまった!


最初から知ってたら、私もぷるぷる楽しんだのに!


負けられないから、私もホットケーキを揺らす。

まーちゃんほどじゃないけど、ぷるぷる動くの、超楽しい!


切り込んだ溝に、溶けたバターとシロップがじゅわっと吸い込まれていく。


ぷるぷるを堪能したら、一口サイズに切ってパクッ。


「んふぅッ!」


びっくりして変な声が出ちゃった!


ふわっとした生地が、口の中でしゅわぁっと広がる!

噛むと、舌の上でバターの濃厚な塩気とシロップの甘さがドバァッと弾けて、鼻からバニラの甘い香りが抜ける。


「なにこれ!? めっちゃ美味しい!」


こんなホットケーキ、初めて!

早く食べきらなきゃ!


一口ごとに、ふわっとした雲みたいな生地がシロップとバターを吸って、だんだん重くなる。

でも、圧縮されて噛みごたえが増すと、生地の香ばしさやバターのミルキーな塩気、シロップの甘さがもっと濃く感じられて、これも最高!


「ヒキちゃん、食べるの早いね。」


私が半分食べちゃったのに対し、まーちゃんはまだ一口も食べてない。


興奮しすぎて、いつもよりハイペースかも。


「あれ? まーちゃん、嫌いだった?」


「ううん、そうじゃないけど……」


まーちゃんはチラッと、カウンターの二人に目を向ける。


まーちゃんと目が合ったらしい執事さんは、右手にカップとソーサー、左手でポットを高く持ち上げる。


ポットの口から飛び出した夕日色の紅茶が、湯気をまとって細い放物線を描く。

日の光にキラキラ輝きながら、まるで生き物みたいにティーカップへ次々と飛び込んでいく。

執事さんの長い腕のおかげで、キラキラの放物線がめっちゃ長くて、めっちゃ綺麗!


「おお~!」


思わず拍手しちゃう!


紅茶で満たされたカップをメイドさんに渡す執事さん。

その直後、


「紅茶、です。」

「んっ!?」


いつの間にかメイドさんが目の前に!


ソーサーとカップをテーブルに置く。

慌ててカップとテーブルの間を覗くけど、一滴もこぼれてない!


驚きとホッとした気持ちが入り混じる。


もう一度メイドさんを目で追おうとしたけど、気付いたらまーちゃんの前にも紅茶が置かれてる。


え、速すぎ! 何!?


まるで時間が止まったみたい。


メイドさんの動きの速さに、ただただ圧倒されて、心の中で「すげぇ……」って呟く。


「では、ごゆっくり。」


メイドさんは小さくお辞儀し、執事さんが皿を磨くカウンターへカサカサ戻っていく。


「……なんか、今日、すごいね?」


「そうね。」


言葉が見つからず「すごい」としか言えない私に、まーちゃんはゆっくり深く頷く。


「いつの間にか、選挙が始まってたみたい。」

「選挙!?」


聞きたくなかった言葉を、思わず復唱しちゃう。

同時に胸の奥がザワッと騒ぐ。


もしかして、って、カウンターの二人にチラッと目をやる。


細長くて青白いメイドさん。

泥みたいな肌の執事さん。


真っ黒な長い髪と、ギョロっとした紫の目。

このカフェの温かさに、めっちゃ似合わない。

お化け屋敷の方がピッタリかも。


でも、なんか……見覚えがある?

どこかで会ったような、でも思い出せない。


ギョロリ。

二人の紫の目と、私の茶色い目がバッチリ合った。


ヒィッ! こっち見てた! 見つめ合っちゃった! 怖っ!

知らないフリしなきゃ!

そ、そうだ、紅茶飲も!


慌てて、ソーサーの白いカップを両手で持ち上げる。


指先にじんわり伝わる温かさ。

薄い陶器の縁には、金色の繊細な曲線が輝いてて、シンプルなのに上品で、なんか特別な気分。


カップの中は、夕日に照らされた湖みたいに、濃くて明るい紅茶がゆらゆら揺れてる。

白い湯気がふわっと立ち上り、香ばしい中にオレンジのフルーティーな香りが混じる。


そっと唇を当て、ふんっと鼻で香りを吸い込む。

熱いから、ゆっくり、ちびちび飲む。


柔らかい口当たり。

紅茶の心地良い渋みに、オレンジの爽やかな甘みと酸味が調和して、口いっぱいに広がる。

喉を通り過ぎ、全身がじんわり温まる。


「ほぉ……紅茶も美味しいね。」


ドキドキしてた心臓が、ちょっと落ち着いた。


「ヒキちゃん、お塩ちょうだい。」


「え? お塩? はい。」


テーブルの隅に、最初からあったか謎な銀色の塩ボトルを手に取り、まーちゃんに渡す。


「ありがと。」


まーちゃんはボトルを受け取ると、蓋をパカッと開けて……


自分のホットケーキに、塩をドバドバぶちまけた!


「まーちゃん!?」


驚く私を無視して、まーちゃんは塩まみれのホットケーキをフォークでグチャグチャかき混ぜる。


シュワシュワと音を立てながら、ホットケーキがみるみる萎んでいく。


まーちゃん、時々変なことするけど、これはさすがにビックリ!


言葉も出ず、残念な形になっていくホットケーキを呆然と見つめるしかなかった。


「ヒキちゃん、私も手伝うから……」


グチャグチャの塩まみれホットケーキを口に運び、まーちゃんは目を閉じたまま、静かに微笑む。


「今回の選挙、大変だと思うけど、頑張ってね。」


「まーちゃん……」


私はフォークとナイフをお皿に置き、まーちゃんの後ろの窓の外、オレンジ色の空に目をやる。


夕暮れが近づく空は、陰りのない暖かなオレンジ一色。

何もない、ただただ広がる空。

そのシンプルな美しさが、なぜか現実から目を背けたい気持ちを呼び起こす。


私、選挙が嫌い。

毎日毎日、選挙から逃げてた。

まーちゃんと出会うまでは。


まーちゃんは、私が選挙に勝つことを願ってる。

その期待に応えなきゃ。


だから……


「大丈夫! 私、まーちゃんのために、選挙めっちゃ頑張るよ!」


まーちゃんに向かって、ブイサインをキメる!


まーちゃんは満足そうに、ゆっくり頷く。


「それなら良かった。楽しみにしてるね。」


いつの間にか、まーちゃんのホットケーキは消えて、お皿だけが残ってる。


窓の外、オレンジの空に赤い鳥居がシルエットになって浮かんでる。


その向こう、遠くで、キーコーン、カーコーンと、微かにチャイムの音が響く。


なんだか、胸のざわざわが大きくなってきた。


でも、まーちゃんの笑顔を見ると、頑張れる気がする。



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